新春特別コラム:2022年の日本経済を読む~この国の新しいかたち

「新しい資本主義」にみられる今後の経済政策と課題

河村 徳士
リサーチアソシエイト

岸田文雄首相の所信表明演説における経済政策

2021年12月6日、召集された国会にて岸田文雄首相は所信表明演説を発表した。経済関係の内容に注目すれば、新型コロナ対策に関わる内容を除くと、「新しい資本主義」を概念とする経済政策の宣言が目立っていた。

すなわち、「未来社会を切り拓く「新しい資本主義」」という項目では、1980年代以降、世界の主流となった新自由主義によって市場の役割が重視された結果、格差や貧困の拡大、自然環境に対する負荷の増大を招いたとし、成長も分配も実現する新しい資本主義を目指すとされた(注1)。新自由主義と決別した成長と分配を重視する方向性が示唆されたと言える。このうち前者の成長については「新しい資本主義の下での成長」と称し、①イノベーション、②デジタル田園都市国家構想、③気候変動問題、④経済安全保障の4点にわたって対策が説明された。すなわち、①は科学技術によるイノベーションを推進し付加価値出力を引き上げるために、スタートアップ企業への追加的な支援や大学改革を行うとし、②は新しい資本主義の主役を地方と位置付け、人口減少、高齢化、産業空洞化といった課題をデジタル化によって解決するとして、海底ケーブルの日本周回、デジタル関係サービスの充実、デジタル庁強化、マイナンバー活用の高度化などが具体策として提示された。③は2050年カーボンニュートラル達成などを目標とした対策であり、④はサプライチェーン強化や半導体国内立地推進などが内容であった。

また後者の分配については、「新しい資本主義の下での分配」として、「人への分配は「コスト」ではなく、未来への「投資」」と位置付け、看護・介護・保育・幼児教育の分野を先行的な対象とした給与の引き上げを行い、民間企業の賃上げを促進する税制の見直しを進め、成長戦略に結び付くような学び直しや職業訓練に力を入れ、さらに「男女が希望通り働ける社会づくり」、「社会保障による負担増の抑制」のための対策をも検討するというものであった。

しかし、こうした方向性は、強弱の違いはあるものの、11月8日に発表された新しい資本主義に向けた緊急提言、11月19日に公表された過去最大の55.7兆円に及んだ財政支出計画などで提示されており、所信表明演説に先行して内容は国民の知るところであって(注2)、その時点ですでに批判がなされていた。例えば、歳出規模は大きいものの成長戦略が乏しいこと、成長戦略に目新しさを認めにくいこと、新しい資本主義の内容が明示的ではないことなどであった(注3)。

情報通信技術の客観的な分析と分配方法の構築をどのように考えるのか

本稿ではもう少し別の角度から岸田政権の経済政策を検討し、今後の日本経済を考える課題に迫ってみたい。新しい資本主義が、市場経済重視の新自由主義とは異なる方向性を模索するものであり、ICT産業やデジタル産業および環境に関する産業を支援して経済成長を促し、なおかつ分配を重視するものであるととらえられるとすれば、次の諸点が重要な課題になるのではないだろうか。

第一に、ICT産業、デジタル産業などと呼ばれている情報通信技術を応用した産業をいかにとらえるのかということである。バブル経済崩壊以降、日本経済は、25年ないし30年に及ぶ経済成長率の低下と近代社会では経験に乏しい継続的な物価上昇率の低さに直面した。しかし、こうした変化に乏しい数値の動きとは対照的に、情報通信技術はさまざまなアイデアを生み出し発展し続けた。情報の電子化が多くの分野で進み、通信技術の向上を介した送受信、あるいは処理技術の高度化を背景とした分析などが可能となった。われわれは、もはや通話やメールにとどまらず動画を簡単に送受信できるし、検索サイトから多くの情報にアクセス可能である。そのうえ処理技術に長けた企業は、われわれの属性に応じて必要と判断される情報を、何らかの通信手段を活用して好むと好まざるとを問わず届けており、時にわれわれ以上にわれわれのことを理解してしまうのではないかという感覚に陥るほどである。

このような技術発展に応じた企業行動、社会活動、生活変化などをいかなる指標でとらえるのかが問われているのではないかと考えられる。無料で検索サイトを運営する企業などが、蓄積したデータを高度に処理し広告営業に活用することは、広告産業の生産性上昇にもしかしたら寄与するのかもしれないが、情報通信や情報処理技術の高度化に伴う多種多様なサービスの向上や新たな産業の創出は、これまでの経済成長あるいは物価動向といった指標で十分把握できるのかどうか問い直す姿勢も大切であろう。すなわち、繰り返しであるが、約30年間、変化に乏しい数値がある一方で、情報通信技術の発展を把握する指標に乏しいことを視野に入れ、こうした産業をいかに客観的に分析できるのか知見を育む必要があると考えられる(注4)。

第二に、経済成長率に左右されない分配の仕組みを構築することも大切ではないだろうか。失業を克服するために完全雇用を実現する手段として政策課題の俎上に載った経済成長は、いつしか目的と化した(注5)。経済成長を実現することによってわれわれが何を実現したいのか問われることは乏しくなって久しく、一方で2000年代以降、格差社会と呼ばれるような社会問題が継続した。成長軌道に回復しない限り格差解消を先延ばしさせるのではなく、低成長時代においても格差を社会問題化させないような分配の仕組みを模索することが大切な視点なのではないかと考えられる。

脚注
  1. ^ 以下、「首相所信表明演説の全文」『日本経済新聞社』、2021年12月7日。
  2. ^ 「「新しい資本主義実現会議」の緊急提言の全文―賃上げ税制を抜本強化、電池・半導体の供給網強く」『日経速報ニュースアーカイブ』、2021年11月8日、「経済対策見えぬ「賢い支出」」『日本経済新聞』、2021年11月20日。
  3. ^ 「政府、30兆円超対策ありき」『日本経済新聞社』、2021年11月9日、「新しい資本主義を問う 岩井克人」、『日本経済新聞社』、2021年11月16日、「経済対策見えぬ「賢い支出」」『日本経済新聞社』、2021年11月20日のほか、「例和3年第14回経済財政諮問会議議事要旨」、2021年11月19日における議事録など、https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2021/1119/gijiyoushi.pdf
  4. ^ こうした問題意識は簡単に指摘したことがある。河村徳士「産業構成のサービス化とわれわれの課題」『独立行政法人経済産業研究所 新春特別コラム2020年の日本経済を読むweb版』、2020年1月17日。また、矢野誠編『第4次産業革命と日本経済―経済社会の変化と持続的成長―』東京大学出版会、2020年は、AIの活用をはじめとする技術革新を第4次産業革命と位置付けその社会的意義を検討した貴重な成果であるが、こうした産業の発展を何らかの方法で概念化して把握する―例えば数値で指標化する―方向性については必ずしも明示的ではない。
  5. ^ 池田勇人内閣が繰り出した1960年の所得倍増計画は、当時、完全雇用を達成しつつあったにもかかわらず、福祉国家の方向性を提示し生活の質を向上させる政治課題を設定する機会をとらえることができず、経済成長の目的化を促していった。武田晴人『「国民所得倍増計画」を読み解く』日本経済評論社、2014年。

2021年12月22日掲載

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