新春特別コラム:2022年の日本経済を読む~この国の新しいかたち

ユニコーンの創造を

竹森 俊平
上席研究員(特任)

前2政権に引き続き、岸田政権もスタートアップ企業の促進を成長戦略に掲げている。新技術に特化したスタートアップは新しいアイデアを社会に導入するのには有益だが、経済社会のモデルをひっくり返すほどの大変革のためには、スタートアップが巨大化する必要がある。イーロン・マスクがCEOになってから時価総額100兆円を超えたテスラなどが参考になる。

その点、時価総額10億ドル以上のユニコーンが極端に少ない日本は大きく見劣りする。日本のユニコーン社数は、11月の「新しい資本主義実現会議」の資料に提出された数字が4社。より直近では5社、さらには11社という調査結果も出ているが、それでも世界のユニコーン社数917社、そのうち470社を占める米国や、169社を占める中国に比べてあまりに少ない状況に変わりはない。ベンチャー・エンタープライズ・センターの調べでは、日本のスタートアップへの昨年の投資額は1,500億円、この数字が16兆円を超える米国の何と100分の1だ。

Ⅰ 未上場株式市場

スタートアップへの投資の低さの原因が未上場株式市場の未発達にあるという点は、田所創RIETIコンサルティング・フェローが優れた研究で指摘されている(注1)。

金融庁の友人に尋ねたところ、企業データが不十分で、信用が確立していない企業への株式投資では、詐欺事件が起こる可能性が高いので、純資産額3億円以上のプロ並み投資家(特定投資家)でなければ投資が許可されない規制がある。それを緩和する提言を今年金融庁はしているが、詐欺事件が依然懸念されるため、十分な実効性がある規制緩和ができるかは依然不確実ということだった。ただ特定投資家対象の投資以外にも、50万円以下のクラウドファンデングや少人数私募による未上場投資は認められている。 恐らく私募の促進が今後鍵になるのではないか。

Ⅱ SPAC―空箱投資

ともかく昨年のアメリカのスタートアップへの投資は、17兆円に届くばかりのすさまじい規模だった。その大きな原動力が特別買収目的会社(SPAC:Special Purpose Acquisition Company)だった。2021年前半にアメリカで行われたIPOの6割以上が、SPACによるものというデータもある。新しい資本主義実現会議の緊急提言でもSPAC制度の検討が盛り込まれている。 私見では、この制度を日本に導入する場合には制度設計の修正が少なからず必要になる。

SPACの仕組みをおさらいすると、これには1. IPO段階、2. 合併段階の2段階がある。

1. IPO段階では3つのプレイヤーが集合する。

①スポンサー(株式の2割をほぼ無償で所有する)+②引き受け会社(手数料収入5.5%を受け取る)+ ③一般投資家(10ドルと一律に設定された価格で株式+ワラントを受け取る)

次にIPOを行ったSPACは、2年以内にターゲットの未上場企業を見つけ、それと合併しなければならない。

2. 合併交渉段階では(a),(b),(c)のことが起こる。

(a)一般投資家は「返金」を要求できる。(b)私募投資家(PIPE:Private Investment in public equity)が参加し、優遇条件で株を買う。(c)これまでの一般投資家から株を買うなどした一般投資家が加わる。

スタンフォード大学のMichael Klausner教授たちが10年間のデータを検討した結論は、この仕組みは、IPO段階で参加する「①スポンサー」、「②引き受け会社」、「③―a 返金を要求する一般投資家」、があまりにも莫大な利益を受けるため、その付けが「③―b 返金を要求しない投資家」に回り、彼らが損をするということである。返金を要求しなかった一般投資家の10年間の最頻値収益率はマイナス88%というのが研究結果だ。投資を続けた場合、10$投資して、得られる資産価値はわずか1.2ドルということだ(注2)。

他方、私募投資家の参加が多いSPACの成績はより良好という結果も出ている。恐らく合併交渉段階で参加し、優遇条件で株式を引き受ける際、彼らはターゲット企業の情報(内部情報も含め)を十分に知らされるので賢明な選択がなされるのだろう。

日本にこの制度を導入する際は、(1)IPO段階での参加者、特にスポンサーの報酬を抑えること、(2)引受手数料を一般投資家の返金要求額と反比例させること、(3)ターゲット企業の情報開示度を高めること、に加えて、(4)私募投資家の参加を促進する方法を考えるべきだろう。

Ⅲ ビオンテックの場合

世界をコロナ危機から救ったのは、メッセンジャーRNA(mRNA)を活用した歴史上例がないワクチンだったが、これを開発した独ビオンテック(2008年設立)、米モデルナ(2010年設立)はいずれもスタートアップ。設立以来、市販できる商品を持たなかった2社が、なぜ重要な研究開発を続けられたかをわれわれは参考にするべきだ。

ビオンテック、モデルナ両社とも、当初はmRNA技術をがん治療に適用する目標を立てていた。開発に時間のかかる作業で、両社とも、設立からコロナワクチンの緊急承認が得られた20年暮れまで、承認を受け、販売可能となった製品を生んでいない。それでも開発に必要な研究費が途絶えなかったのは資本市場の力だ。

フランクフルター・アルゲマイネによるとビオンテックの資金繰りはこうだった。販売収入がない中で研究費だけがかさみ、19年暮れまでに同社の累積損失額は3億ユーロに拡大した。だがこれをカバーし、さらに研究を加速できるだけの資本を同社は取り込んだ。主要な実績は、経営していたジェネリック薬品製造会社を売却し大富豪になったストリュングマン兄弟が、ビオンテック創業者の知見、人格にほれ込み、1.5億ユーロの投資をしたこと。創業者たちが作ったもうひとつの企業、ガニメドを日本のアステラス製薬に4.2億ユーロで売却したこと。19年には欧州での私募と、ナスダック市場への上場とで4億ユーロ以上の資金を得たことなど。これはすべてコロナワクチンで同社が有名になる以前の話。売り物を持たない同社の技術力を見込んでリスク資本が集まった(注3)。

ビオンテックCEOのウグル・サヒン氏は、20年1月に医学雑誌で中国・武漢でのコロナ感染のことを知ると、同社のすべての研究開発努力をワクチンに向けることを提言した。成果は迅速で、同年4月にはドイツ国内での臨床実験が開始され、11月8日には米国での治験成績でワクチンが95%の有効性を持つと判明、12月9月には英国で90歳の女性が最初の接種者となる。

開発の決断から接種までわずか11か月というスピードは、ワクチン史上の最速記録。RNAへの踏み込みと言い、ワクチン開発への転換と言い、まさにCEOの一声で動くスタートアップの強みだ。もしワクチン開発が大手に委ねられていたら、いまだにわれわれはコロナ禍の闇をさまよっていただろう。だが、スタートアップを飛躍させるには知見と判断力を備えた目利きの投資家も不可欠だ。この2枚が揃って資本主義の力が発揮される。これが日本でも可能になるような資本市場改革を、われわれは目指すべきではないか。

2021年12月27日掲載

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