新春特別コラム:2019年の日本経済を読む

改正出入国管理法の成立からわれわれが考えるべきこと

河村 徳士
リサーチアソシエイト

改正出入国管理法と人手不足の課題

先日、改正出入国管理法が国会で成立し、外国人労働者の受け入れを拡大する条件が整い始めた。本国への技能伝授を意図した技能実習制度が、事実上、日本企業にとって外国人労働者を活用できる都合のよい制度となっていたようであり、この点の改善を図りながら人材確保を進めることを目的とした改正といえるだろう(注1)。

新在留資格「特定技能」のうち、「相当程度の知識または経験を要する技能」を持つ外国人に与えられる「1号」が、農業、漁業、飲食料品製造業、外食産業、介護、ビル・クリーニング業、素材加工業、産業機械製造業、電気・電子情報関連産業、建設、造船・船用工業、自動車整備業、航空業、宿泊業の14業種への就業が想定され在留期間は通算5年であって、「2号」が、高度な試験に合格した人に与えられ在留資格は1~3年ごとに更新ができ更新回数に制限はない。賃金も日本人と同等以上にするよう企業に義務付けることが重視されている。

日本経済が直面し始めた人手不足については、2016年12月の調査によれば、次のようであった。有効回答企業2,046社のうち、正社員と非正社員を含めた従業員全体が不足していると回答した企業は43.1%に及んでいた(注2)。不足感の強い業種は、過不足指数という数値で比較すれば、全業種の従業員全体を対象とした値が25.6だったのに対して、「運輸業、郵便業」が41.4、「宿泊業、飲食サービス業」が40.8、「情報通信業」が39.4と高かった(注3)。改正法が想定している14業種のうち、「建設業」が28.0、「医療、福祉」が27.6であり、平均を上回っていた。有効求人倍率が2015年度平均で1.23倍と24年ぶりの高水準になったことを併せて考えれば(注4)、人手不足を懸念する企業や業種が増えたことが指摘できるであろう。

ただし、労働市場のミスマッチも指摘されている。同じように人手不足が課題となっていたバブル経済期の完全失業率が2%であったのに対して、2017年には低下傾向にあるとはいえ2.8%であって、ハローワークの職業別有効求人数と有効求職者数の差を見れば、介護や飲食関連職で有効求人数が大幅に超過となる一方で、一般事務職は反対の事態が生じているという(注5)。なおかつ非正規雇用労働者の割合は、2004年の31.4%に対して2017年が37.3%であって、この間、増回傾向が続いている(注6)。非正規雇用労働者の年齢別構成を見れば、近年は、65歳以上の割合が増え、25~44歳の割合が減少し、また不本意非正規の割合は非正規雇用労働者のうち14.3%で前年比1.3%の下げ幅を見ているとはいえ、正規以外の労働力が多くを占めている状況に変わりはない。そのうえ正規職員との賃金格差は30歳代以上において大きく広がっていく事態は改善が見られていない(注7)。

人手不足が政策課題だと見なされている状況下で、賃金の引き上げがなかなか実現しない多くの非正規雇用労働者を日本経済は抱えているのである。

考えるべき課題

改正法にはすでに様々な懸念が表明されている。そのうち、外国人労働者の活用を政策的に促進することは、低い賃金の労働力利用を増やすことにつながるのではないかという指摘がある(注8)。もし、このことが当てはまるとすると、現状の日本がかかえる雇用と生活設計の課題が先送りされることも懸念される。

現代の企業は雇用の場を提供する社会的な役割も担っていると考えられる。この役割が発揮されることによって、人々は、労働力を提供し生きる意味を味わう機会が得られると同時に、所得の実現を介して私的な楽しみを充実させる可能性も高めることができる。企業がそうした役割を十分に果たすことができるような活動を展開できなくなって久しい年月が過ぎ、失われた30年と呼ばれそうな時代状況にわれわれは直面しているのではないかとも思われる。人間の生み出した市場経済が、われわれにとって制御不能になるような不安定性を克服できない限り、なんらかの人為的な調整は避けられないはずである。しかし、バブル経済の崩壊、産業構成の変化など様々な影響が加わりながら1990年代後半以降、所得の頭打ちあるいは減少を意識せざるを得ない中間層が多く生まれ、なおかつ政治の不手際もあったためか再分配のための政策手段が効果的だったケースは乏しかったように思われる(注9)。

企業が提供する雇用条件は、賃金や労働時間など様々な局面で格差を生み出し、人々に共通するような人生の基盤を掘り崩した可能性が考慮できるし、それを補う分配政策も十分なものではなかった(注10)。数十年にわたって続いたとも想定されるこのような状況に向き合った人々を放置したまま、外国人労働者の導入によって仮に雇用条件や社会保障のあり方の改善が進まないとすれば、もしかしたら、様々な社会問題が是正されることなく残存し続けてしまうのではないだろうか(注11)。さらにいえば、外国人労働者も同様な状況に直面する懸念も想起される。

人が生きていく上で共通な条件を見定めることは容易なことではないが、外国人労働者の受け入れをきっかけとしながら、他者を思いやる気持ちを抱き創造力を膨らませることが大切になるのかもしれない。競争原理の強化や自己責任論が声高に叫ばれ、次第に格差社会と呼ばれるような事態に日本社会が直面したのだとすれば、もう一度、かつてアダム・スミスが論じたことを思い出してみることも意義があるだろう。

すなわち、利己的な動機に基づいた自由な経済活動が国民経済を発展させるだろう、これに対して各自がわがままに利己的な利潤を追求したら社会的な連帯は失われるという批判があるかもしれない、しかし、人間には第三者の目が備わっているから同感に基づいた行為を選択することができ逸脱した行いばかりをとり続けるものではないだろう(注12)。この点を敷衍すれば、同感に基づいた人々の配慮が、他者の人生が難局に直面する節目節目において発揮されることが、相互に自由を認めあう近代社会の要素を持続させるうえで重要になってくるであろう。

外国人労働者の受け入れが進み、ますます第三者の目を失わないためにも、人が生きていくうえで欠かせない共通基盤を提供できるような普遍的とでも呼べる価値に意味を与えていく努力が、われわれに引き続き問われているのかもしれない。

脚注
  1. ^ さしあたり、以下、「改正入管法特集」『日本経済新聞』2018年12月11日。
  2. ^ 以下、独立行政法人労働政策研究・研修機構『「人材(人手)不足の現状等に関する調査」(企業調査)結果及び「働き方のあり方等に関する調査」(労働者調査)結果』、2016年12月、3頁。
  3. ^ 過不足指数は、①(「大いに不足」とした企業割合×1)、②(「やや不足」とした企業割合×0.5)、③(「適当」とした企業割合×0)、④(「やや過剰」とした企業割合×(-0.5))、⑤(「過剰」とした企業割合×(-1))の合計値である。同上書、44頁。
  4. ^ 同上書、1頁。
  5. ^ 上島大和・村上太志「人手不足間の高まりについて」『マンスリートピックス(最近の経済指標の背景解説)』内閣府、2018年3月2日。
  6. ^ 以下、厚生労働省『「非正規雇用」の現状と課題』。2017年調査と思われる。https://www.mhlw.go.jp/content/000179034.pdf。これは、下記のサイト内に掲載されている。
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/part_haken/index.html
  7. ^ 断定的なことは言えないが、賃金格差を伴う非正規労働者の割合が30%台を占める一方で業種によっては求人数が超過している現象は、単なる人手不足という事態だけではなく、もしかしたら雇用条件があまりに改善しないがために募集に応じることができない可能性も考慮できるのではないだろうか。
  8. ^ 例えば、「実習生失踪「低賃金で」67%」『日本経済新聞』2018年11月18日、「「選ばれる国」へ制度設計」『日本経済新聞』2018年12月8日など。そのため政府が賃金への配慮を求めたと考えられるが、仮に低い賃金の労働力が利用され続けると、日本銀行を動員しながら進めたデフレ脱却政策との整合性が問われかねない。持続的な物価上昇を賃金の引き上げに基づきながら実現する方向性が阻害されてしまうおそれが考慮できるからである。
  9. ^ 産業構成のサービス化に基づいた経済成長率の鈍化については、武田晴人『脱・成長神話』朝日新書、2014年。また、1990年代後半あたりから痛税感が高まり無駄を省く抵抗が顕在化したことを指摘したものとして、井手英策『日本財政 転換の指針』岩波新書、2013年など。
  10. ^ 日本人が日本社会の一員であることよりも分断を認めざるを得ない状況に追い込まれていることを指摘したものとして、井手英策・松沢裕作編『分断社会・日本―なぜ私たちは引き裂かれるのか―』岩波ブックレット、2016年。また、近年、近世末期から近代初期にかけて形成された通俗道徳という価値観でもって現代の生きづらさを説明する試みがなされている。がんばれば成功する、しかしそのことは必然ではなく失敗者も多く生み出してきた、失敗者はがんばりが足りなかったとみなされ道徳的にも敗者となってしまう、こうした通俗道徳は資本主義社会の理屈と親和的であるというのである。松沢裕作『生きづらい明治社会―不安と競争の時代―』岩波ジュニア新書、2018年。少なくとも自己責任に基づいた自助努力が人生を好転させる重要な要素であることは、現代の日本人にも広く共有されているように見受けられる。
  11. ^ たとえば、宮本太郎『生活保障―排除しない社会へ―』岩波新書、2009年。もっとも、同書は、問題をあぶりだしただけではなく、雇用と社会保障を結び付けてライフチャンスを広げる生活保障の方法を検討したものでもあった。
  12. ^ アダム・スミス著(水田洋訳)『道徳感情論』上下、岩波文庫、2003年。

2018年12月28日掲載

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