新春特別コラム:2017年の日本経済を読む

第4次産業革命は日本を挙げて取り組む総力戦

岩本 晃一
上席研究員

私は、産業界に向けて、「第4次産業革命」分野への投資をするよう、さまざまな機会を捉えて強調している。

1 日本経済の構造問題

日本経済は、「長期停滞病」を発症している。そのため、日本経済を治療する前に、その原因、すなわち何が構造問題か、を突き止める必要がある。なぜなら、腹痛の患者に風邪の薬を与えても意味がないからである。

図表1:日本の実質GDP成長率と潜在成長率(暦歴, %)
図表1:日本の実質GDP成長率と潜在成長率(暦歴,%)
出所)森川正之, 経済産業研究所, サービス立国論, RIETI BBLセミナー, 2016年5月11日

(図表1)からわかるように、需要が短期的にどのように振れようと、長期的には潜在成長率のトレンドに沿ってGDPは低下している。私は、旧アベノミクスは、経済学の教科書通りになっただけと考えている。すなわち、財政金融政策で通貨量を増やしたため、景気の華が咲いたが、潜在成長率が低下しつづけているため、マネーの流通が沈静化するに従って、GDPは潜在成長率に向かって収斂するのである。

だが、ここが問題なのである。本来は、需要を刺激すると、増えた需要に応じて供給も増える。なぜなら、企業は増えた需要に対応し、自社の商品を買ってもらおうと増産したり、新製品を開発して売り出したりする。だからこそ、これまで、どこの国でも、経済成長を促すため、財政金融政策を用いて需要を喚起して、供給力を増やし、経済成長を実現しようとしてきた。すなわち、今の日本経済の構造問題は、この現象が起きないことである。

2 潜在成長率のグラフから見えること

図表2:日銀の推計による直近の日本の潜在成長率
図表2:日銀の推計による直近の日本の潜在成長率
出典)日本銀行総裁黒田東彦、2014年6月23日、経済同友会会員懇談会における講演

日本の潜在成長率を要因分解した(図表2)を見てわかることは、1)生産年齢人口が減少に転じた1995年頃から、労働投入寄与度はマイナスになっている。日本において人口減少・少子高齢化が続く限りは、労働投入寄与度マイナスは継続するであろう。2)投資寄与度が、2009年頃以降、ほとんどゼロになっている。投資が増えていないのである。さらに、日本の特徴を際立たせるために、米国・ドイツと比較してみると(図表3)のようになる(推計方法を一致させて、日本の潜在成長率も推計しているため、図表2とは必ずしも一致しない)。

図表3:日米独の潜在成長率の要因分解の比較
図表3:日米独の潜在成長率の要因分解の比較
出典)通商白書2016

通商白書2016では、ドイツの特徴を以下のように分析している。

"ドイツの動きを見ると、我が国と同様に少子化が進展していることを背景に、労働投入のプラス寄与は1990年代後半以降大きく縮小している。しかしながら、ドイツの場合は、資本投入の寄与が2000年代後半に入ってもプラス寄与を維持していること、労働投入が引き続きプラス寄与となっていることを背景に、足下2000年代後半の潜在成長率は我が国を大きく上回っている。このように、人口減少下の国では、労働投入の経済成長への寄与は低下せざるを得なくなる。その結果、経済成長を維持するためには、残された資本投入とTFPに頼らざるを得ない。"

すなわち、一言でいえば、日本は、「もっと投資を、もっとイノベーションを」である。逆にいえば、投資の仕方さえ間違わなければ、人口減少・少子高齢化の下であっても経済成長することは十分に可能なのである。

3 なぜ日本の経営者は、投資をしないのだろうか

一頃でいえば、「デフレ下でのデフレマインドによる経営」が染みついたからであろう。投資をしない経営者の言い分は、常に「お金がない、投資する分野がない」であった。デフレが長期間続くと、将来、有望な成長分野が見えなくなる。そのため、経営者は、リスクをとってまで投資しなくなってしまったのだろう。1人の経営者だけ、また1社だけで見れば、それが経済合理的な選択かもしれないが、その現象が日本全体で起きると、デフレを更に招く、という「デフレスパイラル」「合成の誤謬」「マイナスのスパイラル」などと呼ばれる現象が起きる。

4 ではどうすればいいか

私は、いまこそ、「失われた20年」ぶりに訪れた絶好のチャンスであると思っている。これまで、日本企業の経営者は、「投資の資金もない、投資分野も見当たらない」、と投資をしない言い訳をいくつも並べていた。だが、輸出大企業には、今や、旧アベノミクス第一、第二の矢で得られた内部留保という巨額の投資資金がある。それは、企業努力というよりもむしろ、アベノミクス政策の恩恵で手に入れた資金である。今、そこに、投資に回す資金があるのだ。私はその一部でも投資してくれればいいと思っている(図表4)。

しかも第4次産業革命という絶好の投資分野がある。経営者は、もはや投資しない言い訳は出来ないのである。これまで、旧アベノミクスの第一、第二の矢で、政府は既に巨額の投資を行った。さあ、次は民間企業の番だ。しかも産業界全体で一斉に同時に。切羽詰まって投資するのでは、投資が活かされない。むしろ第4次産業革命の半歩先を行く投資でないと世界との競争に勝てない。

図表4:形状利益と設備投資
図表4:形状利益と設備投資
出典)経済財政白書2015

5 電機産業の轍を踏むな

インターネット元年(1995年)から現在までを私は「世界IT戦争第一幕」と呼んでいる。その戦いは、日本企業の完敗といえるだろう。地方では工場が閉鎖され、多くの失業者が発生した。自動車に次ぐ第二の基幹産業の敗戦は、日本にとって痛手が大きかった(図表5)。

今、始まった第4次産業革命を、私は「世界IT戦争第二幕」と呼んでいる。日本は、この戦いに勝ち抜かなければならない。そうでないと、電機産業と同じ現象が他の産業でも起きる。地方での工場閉鎖がもっと大規模に起きる。これまでの電機産業の地方での工場閉鎖は、まだほんの序曲に過ぎない。それと同じ事が、もっと広範に、かつ大規模に起きるのだ。地方の中小企業も安泰とはしていられない。もし、親企業が第4次産業革命の戦いで負ければ、その下請けである地方の中小企業も仕事が無くなってしまう。第4次産業革命は、日本全体を挙げた総力戦なのだ。

図表5:製造業GDPの推移
図表5:製造業GDPの推移
出典)内閣府「国民経済計算」

第4次産業革命は、日本にとって決してバラ色ではない。日本以外の国にとっても大きく飛躍するチャンスでもある。世界中が、第4次産業革命という劇的変化のなかで勝ち残ろうと、必死で智慧を絞って投資競争している。外国が、第4次産業革命の波に乗って大きく羽ばたこうとしているなかで、日本は、危機感と覚悟を持って第4次産業革命に取り組まないと、グローバル競争から脱落してしまう可能性がある。

文献

2017年1月6日掲載

この著者の記事