新春特別コラム:2014年の日本経済を読む

どうしたら人はもっと幸せになれるか?

関沢 洋一
上席研究員

幸せになることは多くの人々の願いである。加えて、幸せであることには望ましい副産物があることが明らかになっている。例を挙げると、幸福度の高い人々は、成功しやすい(注1)、健康的で長生きである(注2)、年をとっても身体機能が衰えにくい(注3)。成功→幸福、健康→幸福といった通常想定される因果関係ではなく、その反対の因果関係があるということである。もちろん、多くの人々が成功したり健康的であったりすることは国全体にとっても望ましいことだ。

良いことを毎日3つ書くと幸せになれるか?

それでは、どうしたら人はもっと幸せになれるだろうか? 多くの人々は、もっとお金があれば幸せだとか、もっと出世すれば幸せだとか、自分が幸せになれる条件を心の中に抱いているかもしれない。外的な環境が変化すれば幸せになれるというアプローチである。

これに対して、外的な環境が変わらなくても、自分のメンタリティが変わることによって人はもっと幸せになれるのではないかというアプローチがある。代表的なのは、ポジティブ心理学という心理学の新しい分野で、自分の強みや世の中の良い面に意識を向けさせるさまざまなエクササイズを行うことによって、外的な環境が変わらなくても幸福度を高められるという仮説の下、いろいろな研究が行われている(注4)。

ポジティブ心理学の中で特に有名なエクササイズとして、3つの良いことを書くエクササイズ(Three Good Things Exercise)がある。ポジティブ心理学の創始者の1人であるセリグマンらの研究では、研究協力者に、毎晩、夜寝る前に、その日に起きた良い出来事を3つ挙げるとともに、なぜそれが起きたのかを書いてもらい、これを1週間続けてもらった。そうすると、このエクササイズを行った人々は、幸福度が高まった上に抑うつ度(うつっぽさ)が減少し、その効果は半年後も持続した(注5)。

RIETIでは、私がリーダーを務めるプロジェクトにおいて、3つの良いことを書くエクササイズが本当に効果的なのかどうかを検証した。1000名の人々に参加してもらって、500名には週に2回以上良いことを3つ書いてもらい(TGT群)、残りの500名には過去の思い出を3つ書いてもらい(統制群)、これを1カ月続けてもらった(注6)。

結果は、TGT群において、幸福度などのポジティブ感情がエクササイズ終了後(開始から1カ月後)に強まったが、更に1カ月後には元の水準に近いところまで戻ってしまった(詳細はノンテクニカルサマリーに掲載)。抑うつ度については、エクササイズの前後で統計学的に有意な変化はなかった。

つまり、3つの良いことを書くエクササイズはポジティブ感情を高める効果が一時的にあったものの、長続きせず、また、うつっぽさを和らげる効果はなかった。セリグマンらの研究では、夜寝る前に1週間毎日良いことを書くことになっていて、我々の研究では寝る前に限定せず週2回、1カ月間書くことになっているので、厳密な比較はできないが、3つの良いことのエクササイズは言われているほど効果がなかったことになる。

幸福度を高める取り組みの更なる効果検証に向けて

今回の研究は残念な結果になったが、今後につながる貴重な知見も得られた。そのうちの1つは、抑うつ度(うつっぽさ)への取り組みが幸福度の高まりにもつながりそうだという点だ。抑うつ度を示す指標とポジティブ感情を示す指標の間には負の相関関係(相関係数はr = -0.64)があり、抑うつ度を減らす取り組みが幸福度の向上にもつながることが示唆された(注7)。ポジティブ心理学のアプローチは、ポジティブなものに目を向けることによって、ネガティブなものを減らしていこうという面があるが、反対に、ネガティブなものを減らそうとすることによって、ポジティブなものが強まっていくということかもしれない。

ネガティブなものを減らしていくアプローチは、実は研究そのものは相当進んでいて、うつ病や不安障害の治療法として、認知行動療法、対人関係療法、アクセプタンス・アンド・コミットメント療法、マインドフルネスストレス軽減法など、いろいろなものが登場している。ただ、心の病気の人々を想定してプログラムが作られている場合が多く、プチうつのように多くの人々が頻繁に陥りやすい状態に対応できるプログラムは意外と少ない。加えて、こうしたプログラムの多くは英語でできているので、翻訳が進まないと日本人の多くが取り組めないのが実情である。それでも、代替療法的なものも含めて、日本にもいろいろなものが入ってきているが、期待の持てそうなプログラムの効果検証(通常はランダム化比較試験と呼ばれる手法で検証される)があまり行われていない。

2014年には、プチうつを解消して幸福度を高めるユーザーフレンドリーな手法について、精神科医や臨床心理士など専門家の力を借りて、RIETIで本格的な効果検証をしたいと思っている。インターネットを使った認知行動療法、本を読むだけでプチうつを減らす取り組み、代替療法的なもの(効果があったという体験談は多数報告されているものの、まだ医学的エビデンスが検証されていないもの)について、ランダム化比較試験によって、将来的に国や地方自治体が推奨するだけのポテンシャルがあるかどうかを検証したいと思っている。

2015年、あるいは、2016年になってしまうかもしれないが、私が書いた新春コラムがお年玉コラムになるように取り組んでいきたい。

2013年12月27日
脚注
  1. ^ Lyubomirsky, S., King, L., & Diener E. (2005). "The benefits of frequent positive affect: does happiness lead to success?" Psychological Bulletin, 131, 803-55; De Neve, J., & Oswald, A.J. (2012). "Estimating the influence of life satisfaction and positive affect on later income using sibling fixed effects," PNAS, 109, 19953-19958.
  2. ^ Diener, E., & Chan, M.Y. (2011). "Happy people live longer: Subjective well-being contributes to health and longevity," Applied Psychology: Health and Well-Being, 3, 1-43.
  3. ^ Hirosaki, M., Ishimoto, Y., Kasahara, Y., Konno, A., Kimura, Y., Fukutomi, E., Chen, W., Nakatsuka, M., Fujisawa, M., Sakamoto, R., Ishine, M., Okumiya, K., Otsuka, K., Wada, T., & Matsubayashi, K. (2013). "Positive affect as a predictor of lower risk of functional decline in community-dwelling elderly in Japan," Geriatrics & Gerontology International, 13, 1051-8.
  4. ^ Seligman, M. E. P. (2002). Authentic Happiness: Using the New Positive Psychology to Realize Your Potential for Lasting Fulfillment. The Free Press.
  5. ^ Seligman, M. E. P., Steen, T. A., Park, N., & Peterson, C. (2005). "Positive psychology progress: Empirical validation of interventions," American Psychologist, 60, 410-421.
  6. ^ 関沢洋一・吉武尚美. (2013). 良いことを毎日3つ書くと幸せになれるか? RIETIディスカッション・ペーパー:13-J-073.
  7. ^ 関沢洋一・吉武尚美・後藤康雄. (2013). 心理指標と消費者マインドはどのように関係しているか? RIETIディスカッション・ペーパー:13-J-074.

2013年12月27日掲載

この著者の記事