少子化対策や女性活躍促進政策にも効果検証の視点を

近藤 絢子
ファカルティフェロー

2010年代末以降、合計特殊出生率(一人の女性が一生のうちに産む子供の数)が再び下がり始め、少子化への危機感が増している。また、人口の減少に伴い、既婚女性を含む働き盛りの現役世代の労働力の効率的な活用の重要性がますます増してきている。こうした問題は決して新しいものではなく、過去数十年にわたり子育てと仕事の両立支援や、子育て世帯への支援など、さまざまな政策が議論され実施されてきた。しかしそうした政策の効果について十分な検証はなされてきていなかったのではないだろうか。

RIETIのプロジェクト「子育て世代や子供をめぐる諸制度や外的環境要因の影響評価」は、子育て期にある現役世代の家族形成や労働市場におけるパフォーマンスおよび、子供の世代の人的資本形成に着目して、より良い政策立案の基盤となるエビデンスの提供を目指して研究を行ってきた。

保育園拡充は母親の年収も出生率も上げる

Fukai and Kondo (2025)は、第一子出産前後の母親の収入変化を住民税課税記録のデータから計測した。第一子出産後に母親の就業率や年収が大きく下がることは、Child PenaltyあるいはMotherhood Penaltyと呼ばれ、世界中の国で観測されてきたが、日本も例外ではない。データが日本全国からのランダムサンプルではない点に留意する必要はあるが、母親の給与収入は、出産の直後には出産の2年前に比べて80%も下がり、出産の4年後でも平均すると出産前の50%の水準にとどまっている。出産4年後時点での就業率の低下は20%ポイントにとどまっていることから、就業していても年収が下がっている人が多くいることが示唆される。ただし、4歳までに約半数が2人目を産むので、再び育児休業を取ることで無収入の期間が生じる影響を加味する必要があり、より長期のデータによる検証が必要な点は留意が必要だ。

さらに、出産前の収入別に出産後の収入分布をみていくと、出産前の収入が比較的低かった母親は多くが出産後は税制上の扶養の範囲内に年収を抑える一方で、出産前の年収が高かった母親は、出産後数年で出産前と同水準に回復する層と、非常に低い水準にとどまる層に二極化する傾向があった。出産前と同水準に回復する層はおそらく、育児休業を挟んで正社員としての仕事を継続したものと考えられる。

育児休業終了後に正社員に復帰するためには、保育園の利用が不可欠である。この保育園の整備が出生率に与える影響を検証したのがFukai and Toriyabe (2025)である。人口動態調査の出生票、国勢調査と社会福祉施設など調査を市町村レベルで接合し、保育園の定員数の増加が出生率に与える影響を推計した。その結果、保育園の定員が100%増加(つまり倍増)すると年間出生率が9%増加するという結果であった。特定の年齢層に効果が偏ることはなく、低体重児や早産の割合には影響がみられなかった。1990年から2020年にかけて保育園の定員は70%増加しており、合計特殊出生率に換算して0.097引き上げる効果があったと推計される。この30年間の間に合計特殊出生率が0.2下がっていることを考えると、少子化の緩和に保育園定員の拡大は無視できない効果があったといえる。

先入観にとらわれずに少子化の原因を探る必要

とはいえ長期的に見て出生率は下がり続けているのは事実であり、しかも近年再び加速している。その背景にある要因について、さまざまな議論や研究がなされているが、明快な答えは出ていない。

1990年代にバブル景気が崩壊してから、若者の雇用の不安定化が少子化を加速したという見方が広まっている。この通説に疑問を投げかけたのがKondo (2024)だ。1980年前後に生まれた世代は、2000年代初頭の、最も就職状況が悪かった時期に学校を卒業し、その後長期にわたって上の世代よりも雇用が不安定で収入が低い状態が続いた。しかし、その世代が35歳ないし40歳までに生んだ子供の数は、すぐ上の世代よりもわずかながら多いことを、人口動態調査と国勢調査を用いて指摘した。

この世代で、出生率が下げ止まっていた理由として指摘されるのは、保育園の整備や育休の拡充などの子育て支援や労働環境の改善、社会規範の変化によって、より多くの女性が出産後も働き続けることが可能になったことだ。こうした変化の恩恵をより多く受けるのは、出産前に正社員の職に就いていた女性であり、実際に学歴別に出生率の傾向を調べると、主に大卒女性の出生率が増加し、高卒女性の出生率は低下していた。出生率と女性の働いた場合に得られるであろう潜在所得との相関が負から正へ変化するのは、欧米でも観測されてきた変化であり、仕事と家庭の二者択一から、仕事と家庭の両立へと社会規範が変化してきたことが背景にある。

しかし、子育て支援の拡充は続き、社会規範も同じ方向に変化し続けているにもかかわらず、近年また出生率は下がってきている。これに対して金銭的支援を含むさまざまな施策が打ち出されてきているが、必ずしもエビデンスに基づく提案が行われているとはいいがたい。これからも、データに基づく客観的な分析によって少子化対策や女性活躍促進政策の効果を検証し、政策立案につなげていくことがわれわれ研究者の責務であろう。

2025年4月11日掲載

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