サプライチェーンの断絶とマクロ経済:東日本大震災からの教訓

齊藤 有希子
上席研究員(特任)

楡井 誠
ファカルティフェロー

はじめに

未曾有の東日本大震災から10年を経て、人々は多くの教訓を得た。経済学者もまた然りである。経済学者の間では、マクロの経済変動がミクロな個別ショックの波及によって引き起こされるという考え方が提唱されてきていたが、東日本大震災はその実例を知らしめることになった。東日本大震災は東北地方の一部の地域に大きな被害をもたらしたが、被災地である東北4県(青森県、岩手県、宮城県、福島県)のGDPは日本全体の5%程度であるにも関わらず、日本全体の生産活動は大きな落ち込みを経験することとなった。

このことは、個別の事例として、被災地以外の地域において、直接被災していない企業が、その仕入先や販売先が被災し、サプライチェーンが断絶することにより、想定外の生産調整を迫られることとなったことと整合的である。例えば、自動車の車載用半導体工場の被災により、国内のみならず、世界の自動車メーカーが操業調整や新モデル投入遅延を余儀なくされた。

一般に市場メカニズムは、需要や供給のショックに機敏に反応し、必要な生産調整を速やかに実現すると考えられる。ところが生産プロセスの中には、代替しにくい中間投入財や長期的関係を要する企業間取引も多い。サプライチェーンが深化・複雑化・国際化するにつれて、遠い国での出来事も企業に影響するリスクが増えてきている。そもそも、サプライチェーン上で取引される中間財の総額は、GDPに匹敵する規模を持つので、サプライチェーン上を伝って拡散するショックがマクロに影響する可能性は十分に考えられる。このような、サプライチェーン断絶がマクロ経済へ及ぼす影響について、定量的エビデンスを初めて与えたのが著者らの近刊論文[1]である。

サプライチェーンの分断と生産活動

われわれの論文では、まず、被災企業と直接・間接に取引関係のある企業の売上がどの程度影響を受けたのかについて、被災企業からのネットワーク距離との関係を推定した(注1)。ここで、被災企業と直接取引のある企業のネットワーク距離は1とし、直接取引先(ネットワーク距離が1の企業)の取引先企業のネットワーク距離は2として、川上企業(仕入先)と川下企業(販売先)それぞれについて定義した。比較対象の企業はネットワーク距離が5以上の企業である。分析の結果、震災後の企業の売上には、距離1の仕入先では3.1%、距離1の販売先では3.8%の負の影響があった。この負の影響は、間接に取引関係のある企業にも観測され、被災企業からのネットワーク上の距離に対して単調に減衰していくことが統計的に有意に確認された。

ここで重要なことは、ネットワークでつながる企業は、ネットワーク距離が上がるほど急激に増加することである[3]。そのため、間接的に取引のある企業にショックが波及することは、多くの企業が間接的に被害を受けていることを意味している。ここに、ミクロのショックがネットワークを通じてマクロへ転化する可能性が示唆される。しかしながら、マクロへの効果を推定するためには、確認すべき重要な点が残されている。それは、他の企業への代替の可能性である。

マクロ経済への影響の定量的評価

震災被害がサプライチェーンを通じてマクロ経済に及ぼした影響を定量的に評価するためには、サプライチェーン上を伝播したショックのうち、どの程度が他の企業や他の生産要素によって代替され吸収されたのかを推定する必要がある。ショックの波及の大きさには、取引先が被災した場合、他の取引先にどの程度代替できるかということが重要であることが個別の事例でも確認されている。また、供給制約が価格上昇を引き起こして売上減少を相殺する効果もある。これらの効果を推定に取り込むため、中間財の間での代替(または補完)や、中間合成財と労働および資本の間で代替(または補完)が可能な生産関数を用いて、一般均衡モデルを構築した。さらに、中間財の代替において、実際の日本の企業間の取引ネットワークを組み込んでいることがモデルの大きな特徴である。この理論モデルと震災前後の企業の売上データを用いて、平均的な代替弾力性(パラメーター)を推計した。

分析の結果、本源的生産要素(資本と労働)と中間合成財の代替弾力性は0.6(標準誤差0.06)、および中間財の間の弾力性は1.18(標準誤差0.03)という推定値を得た。モデルにおいても、これらの数値のもとでは個別企業のショックがサプライチェーンの川上・川下双方に負に伝わり、その影響はネットワーク距離に応じて減衰していくことが示された。

推計値は、異なる中間財の代替がある程度可能である(1.18>1)と共に、労働と中間財は補完的(0.6<1)であることを示している。つまり、中間財の減少を労働で代替することはできず、むしろ労働投入も減って生産がさらに減少することを意味する。このような代替性の構造が、サプライチェーン上の双方向波及をもたらすのである(注2)。これら推計値と企業間の取引ネットワークデータを用いて本論文では、サプライチェーン断絶によって日本経済全体が被った損失額を、GDPの0.47%と推計した。

東日本大震災の経験を将来へ生かす

われわれは、東日本大震災の事例を用いて、個別企業のショックがサプライチェーンを通じて、どのようにマクロ経済に影響を与えるのかを明らかにし、学術的貢献を得ることができた。そして、これらの成果から、さまざまな政策的な示唆を得ることが可能である。

まず、本研究で構築した理論モデルを用いて、仮想現実を評価することが可能となる。われわれの論文では、将来起こり得る東海大地震によるマクロ経済への影響(GDPの落ち込み)を評価した。現在コロナ禍においても、サプライチェーンの問題が顕在化してきているが、将来起こり得るさまざまな災害などのショックに対して、予測することが可能となる。

また、東日本大震災の後、多くの企業は取引先を分散し、リスクを分散することの必要性を認識した。事業継続計画(BCP)を作成する企業の数は増えており、内閣府でも自然災害に対して頑強な企業間のネットワーク構築のための施策がとられてきた。ここのような対策の効果の評価においても、われわれの構築した理論モデルを用いて、個々の企業がリスク分散を試みた現在の企業間のネットワークにおいて、ショックの波及の観点から、対策前と対策後を比較して、どの程度効果的であったのかを評価できるようになる。

さらに、効果的な政策支援の対象を選定するのにも役立つと考えられる。どのような企業をサポートすると経済全体への被害の大きさを効果的に減少させることが可能であるのか、例えば、ネットワークの中心にいる企業に対して、どの程度重点的にサポートすべきであるのか、といった政策的な議論が可能となるであろう。

脚注
  1. ^ 震災の一次的被害は東北地方の一部の地域に限定されたが、二次的影響は電力供給、放射能汚染、復興事業など多数の要因を通じて日本経済全体に複雑に及んだ。そのためサプライチェーン断絶の影響を測定するには、サプライチェーンにより被害を受けた企業(被災企業と直接・間接に取引関係のある企業)と比較対象企業の設定が重要になる。本論文では、企業の持つ属性をコントロールした上で、分析対象企業を東北地方を除く地域の企業とする場合や電力供給制約の小さかった西日本に限定した場合など、頑健性チェックを行い、サプライチェーンの影響を識別した。また、被災企業の定義においても、政府により被災地と認定された行政地域による定義に加えて、津波浸水地域に限定した定義においても、頑健チェックを行った。
  2. ^ まず、被災企業の供給能力低下は、その直接顧客が調達先を他に求めてしまうため、コブ・ダグラスの場合のような価格上昇をもたらさない。その結果、被災企業の川上企業は販路を失い、売上を減らすほかない。また、被災企業の川下企業は、一定程度は代替サプライヤーを見つけることができるものの、自身の顧客もまた他サプライヤーに代替してしまうため、売上を減らすことになる。これらの代替性推定値は、近年盛んになりつつあるサプライチェーン上の代替弾力性についての実証研究とも整合的である[2]。
参考文献
  • [1] Carvalho, V.M., Nirei, M., Saito, Y.U., Tahbaz-Salehi, A., "Supply Chain Disruptions: Evidence from the Great East Japan Earthquake," Quarterly Journal of Economics, 2021, forthcoming.
  • [2] Oberfield, E. and Raval, D., "Micro Data and Macro Technology," Econometrica, forthcoming.
  • [3] Saito, Y.U., "Geographical Spread of Interfirm Transaction Networks and the Great East Japan Earthquake," in The Economics of Interfirm Networks, Springer Publishing, 2015

2021年3月9日掲載

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