新春特別コラム:2017年の日本経済を読む

反グローバリズム時代の到来~組織間のネットワークから考える~

齊藤 有希子
上席研究員

反グローバリズムと学術研究の動向

2016年を振り返ると、反グローバリズムに関する多くの議論がなされてきた。格差拡大や失業問題の元凶として、貿易自由化によるグローバル化の進展、移民問題が標的となり、英国のEU離脱、米国の大統領選などに見られるように、民意が保護主義へとシフトしていったように見える。一方、国全体としては、グローバル化による多くの恩恵を受けている。学術的にも、グローバル化のメリットは理論的および実証的に示されており、それに基づき、日本においても、対内直接投資の促進政策、TPPなどの自由貿易協定の締結に向けた調整が行われてきている。

経済産業研究所では、エビデンスに基づいた政策提言のための学術研究が行われており、国際貿易プログラムおよび地域経済プログラムにおいて、グローバル化のもたらす影響が研究されてきている。2015年3月に開催された経済産業省との共催シンポジウム 「対内直接投資の効果と促進―経済成長に向けて」では、対内直接投資による優れた技術や新たなノウハウの伝播、イノベーション創造や技術集積の高付加価値化の促進が議論された。また、2016年3月に地域経済プログラムにおいて、「企業間ネットワーク研究の最前線 -地理的な障壁を超える『つながり力』-」が開催され、グローバル化も含めた地理的な障壁の低減の効果について、企業間ネットワークの観点から議論した。

学術研究の動向としては、貿易理論や新貿易理論において、比較優位に基づく産業間貿易や規模の経済と多様性嗜好に基づく産業内貿易のメカニズムが示され、新々貿易理論では、企業の異質性も考慮した貿易モデルが構築され、企業の新陳代謝、生産性の上昇、格差拡大のメカニズムが示された。これらのモデルでは、貿易の障壁が減るほど、より効率的な資源配分となり、経済全体としては、経済厚生が向上する。このような貿易のメリットを享受し、格差拡大に対しては、再配分機能により対応すべきであるということが、多くの学者に支持されてきた。再配分をいかにすべきかという非常に重要な論点もあるが、ここでは、前述のシンポジウムで議論された貿易のメリットに関する、もう1つの視点を紹介したい。

組織間ネットワークからの視点

新々貿易理論では、企業ごとの生産性の違いを考慮し、より現実に近い理論となっているが、企業間の相互作用は考慮されていない。しかし、企業活動は複雑に絡み合った組織間ネットワークの上に成り立っており、これらの関係が途絶えれば、生産活動は出来なくなる。現在では、生産ネットワークはグローバルに広がっており、一部の地域のショックが全世界に伝播することが確認されている。このようなグローバルなネットワークのリスクの存在は、裏を返せば、企業は平常時には、多くのメリットを享受していることを意味している。

当たり前のことだが、企業間の取引には、必ず相手が存在する。グローバル化が進むことにより、取引相手の選択肢が増え、より良い相手と取引することが可能となる。Bernard, Moxnes and Saito (2015)では、地理的な障壁が下がり、企業間のネットワーク構築コストが下がることにより、企業のパフォーマンスが上がることが確認されている。また、企業のパフォーマンスの変化は取引ネットワークを通じて波及していくこと、ショックの増幅機能を持つことが示されている(Carvalho, Nirei, Saito and Tahbaz-Salehi (2016) )。すなわち、貿易のメリットは直接貿易を行う企業だけにあるのではなく、その取引先にまで間接的に影響が及ぶことが分かる。直接貿易を行う企業は少数であるが、間接貿易に関わる企業の数は非常に多く、気が付かないうちに多くの企業が貿易のメリットを受けているのである。下の図は、それぞれ、直接輸出、卸売業経由の間接輸出、製造業経由の間接輸出を行う製造業の企業数の割合と従業員数の割合(注1)を示しており、多くの企業が貿易に関わっていることが分かる。

図1:製造業の企業数の割合
図1:製造業の企業数の割合
図2:製造業の従業員数の割合
図2:製造業の従業員数の割合

グローバル化のメリットは、生産ネットワークにとどまらない。知識生産活動においても、組織間ネットワークは非常に重要なのである。Schumpeterの一連の研究が指摘するように、異なる知識の結合は、大きなイノベーションを引き起こす重要な要素である。たとえば、シリコンバレーでは、多くの地域から人々が集まり、異なる知識が結合して、高い生産性を上げていることは良く知られているが、実証的にも、Ottaviano and Giovanni (2006)では、米国の地域の生産性を計測し、地域の多様性との間に正の相関があること、Østergaard, Timmermans and Kristinsson (2011)では、多様性の高い企業ほど生産性が高いことが確認されている。Saito and Yamauchi (2015)では、さらに詳細な発明者レベルの分析を行い、発明者の異動が組織の生産性と強い関係があることを示した。発明者の間の異なる知識は、時間がたつにつれて、共有の知識となるため、異なる知識の融合を確保すべく仕組みが重要なのである。

日本では、労働者の流動性が低く、異動により異なる知識が融合する確率は、米国などに比べて非常に低いと考えられるが、特許データに見る組織間の共同研究比率は、どの国よりも群を抜いて高い(図3)。オープンイノベーションの重要性が指摘されるずっと前から、日本では、国内において、異なる知識が融合する仕組みが出来ていたといえるであろう。我々の最近の研究では、このようなネットワークに加わる企業ほど、より良い特許を生み出していることが確認されている。しかし、グローバルな共同研究ネットワークを分析してみると、日本は国内で密なネットワークを持つ一方、海外とのつながりが非常に限られていることも確認されており、知識生産の生産性の足かせとなっている可能性もある。反グローバル化の議論が進む中、ネットワークの観点からも、より良いグローバル化のあり方を考えることが重要であろう。

図3:国別共同研究比率
図3:国別共同研究比率
[ 図を拡大 ]
脚注
  1. ^ 東京商工リサーチのデータを用いた分析である。間接輸出企業とは、直接輸出する企業に販売する企業であり、「卸売業経由の間接輸出」は直接輸出する卸売業企業に販売する企業、「製造業経由の間接輸出」は直接輸出する製造業企業に販売する企業と定義する。また、「直接輸出」は「卸売業経由の間接輸出」「製造業経由の間接輸出」に含まれず、「卸売業経由の間接輸出」は「製造業経由の間接輸出」に含まれないように定義した。「直接輸出」「卸売業経由の間接輸出」「製造業経由の間接輸出」の和が、直接または間接的に貿易に関わる企業の割合である。
文献
  • A.B. Bernard and A. Moxnes and Y.U. Saito (2015), "Production Networks, Geography and Firm Performance," NBER Working Paper No. 21082
  • V.M. Carvalho, M. Nirei, Y.U. Saito and A. Tahbaz-Salehi (2016), "Supply Chain Disruptions: Evidence from the Great East Japan Earthquake," CEPR Discussion Paper No.11711
  • C. Østergaard, B. Timmermans and K. Kristinsson (2011), "Does a different view create something new? The effect of employee diversity on innovation," Research Policy, vol.40, pp.500-509
  • G.I.P. Ottaviano and P. Giovanni (2006), "The economic value of cultural diversity: evidence from US cities," Journal of Economic Geography, vol. 6(1), pp. 9-44
  • Y.U. Saito and I. Yamauchi (2015), "Inventors' Mobility and Organizations' Productivity: Evidence from Japanese rare name inventors," RIETI Discussion Paper Series, 15-E-128

2016年12月28日掲載

この著者の記事