事前審査なしの現金給付を - ただし、所得連動課税条件付きに

Shiro ARMSTRONG
ヴィジティングスカラー

小林 慶一郎
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

政府の緊急経済対策で家計に対する30万円の現金給付を実施することが決まった。新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のために、外出の自粛や店舗の休業が進む中、収入が激減したり途絶したりして生活の危機に直面する家計が増えている。こうした家計を支えるために、1世帯30万円という前例のない大きな金額で現金給付が行われることは評価したいが、問題はスピードである。給付制度の開始時期(5月と言われている)が遅いだけではなく、受給候補者が、申請をしてから実際に現金を受給するまでの手続きと審査に非常に時間がかかる点も問題である。なぜなら、受給資格は新型コロナ感染症の影響で収入が半減したこと、半減した所得が住民税非課税の水準の2倍以下になっていること、など細かい条件があり、現金を給付する前に、それらの条件が満たされているかどうかを事前に審査する必要があるからである。また、すでに各所で議論されているように、コロナとの闘いが年単位で続くと予想されている中で、30万円を1回給付するだけでは、収入を失った家計の生活再建は難しいだろう。

1. 所得連動課税条件付き現金給付の提案

生活維持に必要な資金を、事前手続きを細かくせずに迅速に支給し、事後的に公正性を実現できるような制度を提案したい。それはオーストラリアのHECS(the Higher Education Contribution Scheme)と呼ばれる所得連動型学生ローンの仕組み(のちにHELP [Higher Education Loan Program]と改称)と同様である。ローンというと必ず返済するというイメージで受け取られるが、所得連動型ローンは、事後の所得が低い人は返済せず給付を受け取ったままになり、事後の所得が高い人は返済するので、給付とローンの中間形態である。事後的に「生活困難な人だけに必要な現金を給付する」という公正性も保たれる。

本稿での提案は、「所得連動課税条件付きの現金給付」と呼ぼう。自己申告だけで、生活困難に陥った人に毎月生活資金として15万円ずつ1年間、総額180万円の現金を給付する(もし1000万人が給付を受けるとすると、18兆円の支出になるが、財源は赤字国債の発行で調達する)。事前の審査はなく、受給申請者は、自分の名前とマイナンバーカードを自己申告するだけで、無審査無担保で給付を受けられるようにする。そして、3年後の2024年4月から所得税に上乗せして追加課税するかたちで、給付金を実質的に回収することとする。現金給付をマイナンバーと連動させることで、追加課税は容易に実施できるはずである。一定の所得以下の人には追加課税はゼロとし、それ以上の所得のある人には追加課税の税率を累進的に上げる。税率を適切に設定することにより、給付した現金を20年程度で回収できるように設計できる(次節で紹介するオーストラリアの所得連動型学生ローンの場合は、平均8年程度で回収されている)。現金給付するとその分の国債発行(18兆円程度)は政府のバランスシートの負債として計上されるが、同額の上乗せ税収見込み額が政府のバランスシートに資産として計上される(注1)。

上乗せ課税は、被用者の場合は、源泉徴収として徴収すれば簡単である。現金給付を受ける時点でマイナンバーカードを保有していない人には、給付申請と同時にカードを支給する。

2. オーストラリアの所得連動型学生ローン

政府が現金を給付して、のちに所得に連動した額を回収する制度は、オーストラリアで1980年代に所得連動型学生ローン制度(HECS, 後のHELP)として発明された。同様の制度は英国やニュージーランドなどでも取り入れられ、大学の学費や学生の生活費をカバーする制度として普及している。HECSの返済率は、所得に応じて次の表のように決められている。

HECSの返済率
所得(豪ドル) 返済率
$45,881以下 ゼロ
45,881-52,973 1%
52,974-56,151 2%
56,152-59,521 2.5%
134,573 以上 10%
(source: https://www.ato.gov.au/Rates/HELP,-TSL-and-SFSS-repayment-thresholds-and-rates/

所得連動型のローンという考え方は、従来の税制の考え方とは大きく異なるため、導入したすべての国で税務当局や財務省は当初導入に強く反対した。しかし、いったん導入されると、その後の政権交代などを経ても、ほぼ例外なくこの制度は維持されている(タイでは例外的に制度導入の1年後にクーデターで廃止されている)。

3. 結語

新型コロナウイルス感染症の危機に対応して、家計や企業への支援の手段として所得連動型ローンを使うことはオーストラリア政府内の議論で検討されている(まだ実現はしていない)。ハーバード大学教授グレゴリー・マンキュー(Mankiw, 2020)も事前の審査のいらない支援スキームとして同様の考え方を米国について提唱している。また、かねてより、コロンビア大学教授ジョセフ・スティグリッツをはじめとする多くの経済学者が所得連動型ローンについて論じている(Armstrong, 2020; Botteril, et al, 2020; Chapman, Higgins, and Stiglitz, 2014)。

所得連動型ローンまたは「所得連動課税条件付きの現金給付」という方法は、

  • 給付の手続きの簡便性と迅速性
  • 返済額が所得に連動することで給付の公正性が確保されること
  • 財政の負担の少なさ、すなわち、国民負担の少なさ
  • 景気変動に対する自動安定化の効果(オートマティックスタビライザー)

など、いくつもの利点がある。特に給付の簡便性と迅速性は、生活の崩壊に瀕した家計への支援方法としては絶対に欠かせない条件である。日本の感染症危機に対する経済対策が、こうした手法を取り入れて、いっそう効果的なものとなることを強く期待したい。

脚注
  1. ^ 事後的に所得が多くなった人は、現金給付で受け取った金額よりもかなり多く上乗せ課税され、所得の低い人は上乗せ課税されないことになる。現金給付を受けた人は、生涯、所得税に上乗せ課税されることになるが、給付した現金に利子相当額を加えた額を国に一括納付すれば、その後は追加課税を免除されるようにしておく。
参考文献

2020年4月14日掲載

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