ロシアがウクライナに侵攻したことにより、新型コロナウイルス感染症のパンデミックからの復興に向けた協力のアジェンダはより困難なものとなっている。さらにG20のプロセスも完全に頓挫する恐れがある。インドネシアは2022年10月末に、世界経済の最重要国の首脳たちを迎える20ヵ国・地域首脳会議(G20サミット)をバリ島で開催する予定であるが、このG20サミットにロシアのウラジミール・プーチン大統領を招待すれば、先進7ヵ国(G7)がボイコットする可能性がある。また、G20の加盟国はロシア問題に取り組んでいるため、サミットだけでなくアジェンダや作業プログラムも頓挫する恐れがある。
それにもかかわらず、国際社会は迅速に連携して経済制裁を行い、侵略戦争に対して大規模な共同戦線を張ることができることを示した。紛争によって悲劇と世界経済への影響がもたらされたにもかかわらず、このことはまた、安全保障という、経済的相互依存の一つの側面を浮き彫りにした。
対ロシアで連携した経済・金融制裁は、ロシア経済に莫大な損失をもたらしているようである。それが紛争終結の一助となるかどうかは他の要因にもよるが、制裁は、ロシアによる軍事侵攻の代償の一部をロシア国内に負わせているといえる。経済制裁と貿易措置は、悪い行動を抑制し、国際社会が軍事侵攻に反撃する上で非常に力強い非軍事的手段ともなり得る。しかし、こうした共同行動は、各国が経済活動を維持する上で互いを必要し、高度な経済的相互依存関係があって初めて効果を発揮する。中国は世界経済により融合的であり、ロシアとは距離を置いているようである。
相互依存的かつ開かれた経済システムを維持することは、平和を保障する強力な武器である。そのために不可欠なのは、より強力な世界貿易機関(WTO)を中心に据えた有効な多国間貿易体制である。ウクライナ危機は、世界経済を支える足場を強化するきっかけとなり得る。
世界の貿易体制の中核としてのWTO
しかし、世界の貿易体制の中心であるWTOは危機に瀕している。この20年間、WTOは国際貿易におけるルールの更新や新しい市場の開拓にことごとく失敗してきた。近年の地域的な包括的経済連携(RCEP)や環太平洋パートナーシップ(TPP)協定は、WTO加盟国にとって前進となったが、WTOの目的は、二国間の自由貿易協定によって少しずつ損なわれてきている。2019年末以降、WTOの紛争解決機関は米国の拒否権発動によって上級委員ポストが空席になり、市場開放を維持するためのルールを施行することができなくなった。多国間貿易体制を復活させるには、WTO改革を打ち出す必要がある。
相互依存的かつ開かれた経済システムの維持は、コロナ禍からの経済回復においても必要条件でもある。アジア経済、世界経済の繁栄に不可欠な開かれた国際市場なくしては、いかなる経済回復も短命で終わるだろう。G20 は、WTO のような国際機関の改革において、最も強力な経済力を持つ各国からの支援を結集させることができる唯一のグループである。ポストコロナの世界経済の回復を支え、新たな経済的課題に立ち向かうには、WTOを中心としたより強固な貿易体制が必要である。
インドネシアは、G20が協調的な成果を導き出すことに集中し、経済が回復基調に向かうよう、その方法を模索せねばならない。長く達成不可能な「願い事リスト(wish-list)」を検討することではなく、何点かの戦略的成果に焦点を絞ることが課題である。WTO改革の確実な進展は、インドネシアがG20において指導力を発揮したことを示す歴史的なレガシーとなるであろう。
インドネシアは、WTO改革の明確な戦略的方向性を打ち出すことのできる数少ない道徳的権威を持つ国である。2019年の大阪G20サミットで、インドネシアはWTO改革の包括的な計画を明示し、前進させた。この構想は歓迎を持って他のG20諸国からも支持を集め、2020年の「WTOの未来に関するリヤド・イニシアティブ」にもつながった。しかし、それは遅々として進展していない。
G20によるWTO改革への支持
今こそインドネシアは、「WTO改革のためのG20の共通枠組み」について戦略ペーパーを提示し、WTO改革を主導すべきである。インドネシアは、WTOに加盟している途上国33ヵ国のグループであるG33の議長国でもあり、地政学的に不安定な状況のなかでも、問題解決の主役となっている各国間の橋渡しをすることができる。保護主義の台頭、大国による戦略的競争、コロナ禍による不況という状況にあっても、インドネシアは、世界最大の地域貿易協定であるRCEPの締結を成功に導いた。
ドーハ・ラウンドの消滅を見ても明らかなように、締結に必要なすべての事項で加盟国が全会一致する、ウルグアイ・ラウンドのような大規模な多国間協定の時代は終焉したようだ。ボトムアップのルール作りや協調的な単独行動の世界にあって、必要なのは多国間原則に基づく指導力と行動である。
世界の貿易体制は、政治的ブロックを中心に新しいルールが作られ、分断される危険性がある。デジタル経済のような新しい分野では多国間ルールが必要であり、地域協定はその目標を達成するのに有効であろう。
貿易自由化、貿易政策の監視、貿易紛争解決というWTOの3大機能を回復するための戦略が必要とされている。途上国の地位や補助金といった機微な問題もあるが、透明性や新たな貿易措置の通知といった、あまり異論のない成果がでやすい分野もある。G20がWTO改革の方向性と範囲を定める意思を示すことは、物事を前進させるのに役立つだろう。
WTO改革で達成された広範囲に及ぶ作業は、G20の共通枠組みとその実施局面において参考になるだろう。G20は交渉の場ではないが、WTO等における進展に必要な政治的意思を動かすことができる。
WTO改革を支持する国の1つとして、インドネシアは、欧州、中国、シンガポール、オーストラリア、その他WTO加盟国20ヶ国とともに、WTOの紛争解決機関の機能を模倣した制度である「WTO紛争解決了解(DSU)第25条に基づく暫定的な多国間上訴制度(MPIA: Multi-party Interim Appeal Arbitration Arrangement)」に参加すべきである。WTOの紛争解決制度を機能させる方策を見つけることは最優先事項である。しかし、その間の具体的で信頼性の高い措置として、インドネシアは、G20サミットに先立ちMPIAへの参加準備を表明し、地域内の諸国をはじめ各国にも追随を呼びかけることができるだろう。そうすることで、WTO改革を支持すると同時に、貿易政策におけるインドネシアのリーダーとしての信任が高まるだろう。
インドネシアには世界経済を正しい軌道に乗せる機会と責任がある。長年にわたって貿易政策を阻害してきたインド、そしてブラジルを次回とその次のG20議長国として行動計画に取り込み、インドを東アジアのサプライチェーンに近づける一助となれるだろう。インドネシアは 2023 年に ASEAN の議長国となる。今年(2022年)、 RCEP が発効したこともあり、地域においてG20 の成果を実行に移す機運を高めることができるだろう。
有効な貿易機関を中核とする、より強固な多国間貿易制度は、すでに高まりを見せる地政学的緊張の激化を抑止し、さらに力強く回復するための必要条件となる。インドネシアのジョコ・ウィドド大統領にとってG20サミットは、インドネシアが牽引し模範を示して指導力を発揮できる戦略的優先事項に焦点を当てる重要な機会となるだろう。