Special Report

大国間競争時代のアジアが開かれた経済安全保障政策を維持するために

ARMSTRONG, Shiro
客員研究員

大国間の戦略的競争、新型コロナウイルス感染症の拡大、保護主義の高まり、新技術への挑戦によって、国際社会は不確実性の渦中にある。世界の二大経済貿易大国である米国と中国が、既存のルールを濫用し、新しいルールで補完できていないことが、多国間経済システムを脅威にさらしている。

アジア諸国は、最大の貿易・経済パートナーである中国と安全保障を支える米国の間で行き詰まっており、政策上の選択肢は狭まっている。多国間の協力がなければ、各国は国際貿易や投資などを制限する内向きの経済安全保障政策に傾いてしまうだろう。経済厚生を縮小させるような国際経済政策は、各国の弱体化と安全保障の劣化をもたらす。

例えば、ASEANプラスの枠組みのように、地域的・世界的な協調体制とボトムアップ方式の経済ルール作りをすれば、戦略的な政策空間を維持することができるだろう。ASEANの多極的なルール、開放性、安定性といった地域秩序を広げられれば、東アジア、アジア太平洋、インド太平洋地域において、国家安全保障に寄与する経済統合の維持につながる。

中国は、オーストラリアとリトアニアに対して露骨な「経済的強制措置」(economic coercion) を行使したが、過去の韓国や日本などの国に対して行われていた事例と比較しても、中国はより積極的に経済的な影響力を行使している。

米国は、関税の引上げやその行使をちらつかせることで、日本、中国、欧州連合(EU)に米国に有利な貿易協定を締結するよう圧力をかけ、中国とEUを自由貿易から管理貿易協定に押しやった。その他の国は、米国の関税を回避するべく、以前は非合法とされていた輸出自主規制に合意した。

米国がWTOの紛争処理にあたる上級委員の再任を拒否したことで、WTOの紛争解決処理能力は麻痺状態に陥っている。こうしたトランプ前大統領のアメリカ・ファーストの貿易政策は、バイデン大統領にも引き継がれている。

米中が確立されたルールをあからさまに濫用している中、開かれた市場や多国間システムにおける自国の利益を守るために各国は何ができるのか。また、大国が政治的な気まぐれでもたらす強制的な貿易措置から、どうやって自国を守ればよいのだろうか。

中国も米国も、WTOやより広義の多国間経済システムから完全に離脱したわけではない。両国は一部の既存ルールや設定に不満を持っており、例えば、WTOの紛争解決システムに関する米国の批判はまったく根拠がないわけではない。また、中国のIMF議決権については、IMFにおける中国の重要性を反映していない。さらに米中は、現在存在していない新たなルール形成についても競争している。

多極化した世界秩序への移行には多国間システムの改革が必要であり、それを実現できるのは集団的な指導力だけである。米中二カ国に多国間システムの調整を任せることになれば、システムを阻害する危険性がある。米中間の第1段階の合意では、米中が自由貿易から管理貿易へと移行し、貿易割当量を満たすために貿易の転換が行われた。大国は、自分たちの行動が小国に与える影響を考慮することはほとんどないし、それは相手が同盟国であっても変わらない。

貿易システムにおける強制力のある国際ルールや信頼できる規範は、経済力や政治力の分散に寄与し、小国がリスクを管理する上で不可欠な要素である。そして、WTOの下での貿易法の適用は、国際貿易におけるナショナルリスクを軽減する上で国際的に主要な手段となっている。

多国間の協力が困難になっている今だからこそ、APECやG20のようなフォーラムは、これまで以上に重要な意味を持つ。こうしたフォーラムを通じた互恵的な協力により、共通利益を追求することができる。気候変動抑制の取組はその明確な一例であり、デジタルやサイバーのような新しい分野のルールで合意できれば、経済交流もそうした事例になり得るだろう。

オーストラリアの大麦、石炭など商品輸出業者は、中国市場から突然締め出されても、国際市場がオープンな競争市場であったため、他の市場を見つけることができた。多国間貿易システムは、このような政策ショックへのバッファーとなるし、競争的な市場は、経済・政治目的による経済的手段の利用を困難にし、標的とされた国のコストを削減する。

仮に代わりとなる市場やサプライヤーが見つかったとしても、貿易制限措置にはかなりのコストが伴う。ルールや規範は、市場への干渉を制限し、貿易制限に伴うコストの回避に役立つ。

オープンな国際市場があれば、貿易に対する恣意的な制限措置を罰することができる。地政学的な目的や独占的なレントシーキングの目的で、市場における支配的な立場を利用し、市場に介入することには限界があるが、これを示す2つの例がある。供給が非弾力的な場合、つまりすぐに代替品や新規サプライヤーが市場に参入することが難しい場合、市場への介入は、短期的にみると政治的に魅力的かもしれないが、中長期的には市場の不確実性を高め、市場の力を低下させる。

中国が世界のレアアース供給の97%を独占しており、日本がその大口取引先であった2010年に、中国は日本へのレアアース輸出を制限した。その結果、中国は信頼できるサプライヤーとしての信用を失った。クリティカルミネラル(重要鉱物)はハイテク製造業にとって不可欠である。日本は2012年までに、レアアース輸入における中国への依存度を60%以下に、2015年までには約半分に減らした。2015年、日本、米国、EUは中国をWTOに提訴し、中国は裁定を受け入れた。市場はWTOに先んじて反応していたが、ルールベースのシステムに対する中国の立場は明らかであった。

2019年、日本は半導体、メモリーチップ、有機ELディスプレイに必要な重要ハイテク材料3品目に関して、韓国に対する輸出規制強化し、これが政治問題化した。日本は、これらのハイテク材料の世界市場への主要供給国で、韓国はその最大の輸入国であった。日本の措置は不確実性を招き、韓国は日本への依存度を下げる政策を積極的に取ったため、一部の日本企業は欧州から韓国に輸出したり、生産拠点を韓国にシフトさせたりした。

市場への介入を制限するルールが信頼されていれば、仮に少数の主要サプライヤーに依存していてもリスク込みでの低価格を享受できる。しかし、市場支配力があっても、供給が非弾力的な産業では、不確実性をもたらす国際市場への介入は、供給サイドの反応をもたらす。

市場介入に対する報復措置は、経済的打撃をさらに大きくするだろう。むしろ、「経済的強制措置」に直面したときには、オープンな競争市場の制約を理解しつつ、確立された貿易ルールに他国とともに訴える、あるいはルールがない場合はルールを作ることが最良の防御策となる。

経済統合は、経済的・政治的な変動や地政学的な制約に対する安定装置となり得る。ルールによってオープンな市場を維持し、各国経済が世界経済に統合されることに信頼を持てるようになる。

東アジアでは、2022年1月1日に発効した地域的な包括的経済連携(RCEP)協定によって経済協力が進んでいる。RCEPは、多くの知識人やオバマ元米国大統領も言っているように、中国主導ではなく、ASEAN主導である。東南アジア諸国とその地域共同体であるASEANは、アジア・太平洋地域の大国と取引する際のバッファーとなっており、RCEPは経済統合を安全保障の源泉とする戦略の中心的な役割を果たしている。

大国を市場とルールの中に取り込むことで、大国の行動を制限し、方向付けをすることができる。大国が確立されたルールに従うという信頼が失われたとき、開かれた多国間貿易システムが強化されれば、制裁や介入の効果を低下させることができる。現在、11カ国の環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)(オーストラリアと日本は加盟、米国は脱退)への中国の参加についての交渉が予定されており、これは中国との関係を制限しない米国の東アジア経済戦略を促すものである。

中国の経済的台頭に対抗するために米国が主導してきたCPTPPに対する中国の加盟は、中国をより多くのルールと国際市場に取り込む機会となるだろう。中国のCPTPPへの加盟には、原加盟国11カ国すべてが新規加盟国の加盟条件に同意する必要があり、例えば、国有企業に対する規律など高い基準を中国に課すことで、中国に市場志向型の改革を定着させることができる。

一方、米国が構想中のインド太平洋での新たな経済枠組み(IPRF)では、米国と志を同じくする国(like-minded countries)に参加が限定されてしまうと、中国の多国間協定への関与を方向付ける好機を逸してしまう可能性が高い。

多国間の貿易・経済システムは、第2次世界大戦後に設立されて以来、最も弱体化している状態である。ブレトン・ウッズ体制は、狭義、あるいは近視眼的な地政学上の利益の目的で経済的手段を使用することを制限し、1930年代の二の舞を防ぎ、保護主義に対する最終手段となるように作られた。

WTOにおける多国間のルール作りが困難であるということは、すなわち、複数国や地域でルール作りに関する取り決めを行う必要があるということである。大規模な二国間による協定の進展は限定的であり、当然ながら多国間的な意味での進展は期待できない。グローバルシステムの弱体化を回避するためには、ボトムアップ方式による多国間のルール作りが、戦略的かつ多国間原則を主導として行われるべきである。日本が立ち上げたG20大阪トラックにおけるDFFT(信頼性のある自由なデータ流通)は、地域的なデジタル協定を多国間システムに展開させるイノベーションの1つだといえる。

世界がコロナ禍から回復し、主要国がルールを無視した経済的な措置を露骨に取るようになると、保護主義のリスクが高まることから、米中以外の各国は協力して、米中をより多くのルールと市場に取り込んでいく必要があるだろう。

アームストロング氏は、RIETI客員研究員、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院・東アジア経済研究所所長、East Asia Forumエディターなどを兼任。

本コラムの原文(英語:2022年2月7日掲載)を読む

2022年2月10日掲載