規範的思考が地域を変える!

中村 良平
ファカルティフェロー

今年は、5年間の地方版総合戦略の最終年度となっています。多くの自治体は、重要業績評価指標(KPI)で定めた達成度のチェックや、次の戦略策定へ向けて考えを巡らす準備期間となっているかも知れません。しかし、雇用や人口関係で目標とした出生率を達成できた市町村は数少ないのではないでしょうか。直近の人口動態を見ても、地方に人口が戻ってきたというよりも首都圏への転入が増えている状況です。

総合戦略の施策は、それぞれ意味はあるのですが、施策を実施したときに人口や雇用に対してどのような変化をもたらすかという「インプット」と「アウトプット」の間のつながり(メカニズム)が説明されているものはあまり見当たりません。

規範的考え方の欠如

「何をすれば、何がどうなる」という考えと客観的なデータを用いた分析を伴っていないと、目標としたKPIに到達できなかった場合に、どのように原因にフィードバックしていけば良いのかはっきりしません。KPIというのは、希望的な目標値を掲げれば良いというのはなく、分析を伴った数値であるべきです。そこには規範的な考え方が必要です。

規範的な考え方とは、「こうであれば、こうなるはずだ」とか「この場合は、これが望ましい」という(価値)判断基準に基づくもものです。もちろんそこには、何らかの理論的な仮説が必要です。

たとえば、まちの所得が高いと消費額も大きくなることが考えられます。あるいは、高齢者の割合が高い地域では要介護者の割合も高くなるでしょう。こういった規範的な考え方に基づいて、図のように所得と小売販売額の関係をプロットしてみます。これは愛媛県市町村の2015年の統計データに基づいて作成したものです。松山市については値がかなり大きいのでグラフ内には入っていません。直線は回帰線と呼ばれるもので愛媛県内の市町村での所得と小売販売額の関係を示す基準線と考えられるものです。

新居浜市は所得が高い割には販売額が低い、松前町(まさきちょう)は反対に高いことがわかります。基準線からかなり離れている理由はどこにあるのでしょうか? 新居浜市の隣町に大型店があるわけではありません。新居浜市は住友系の企業が立地する製造業のまちで、単身赴任者も少なからずいます。そういった人たちは収入の多くを家族の住むところに送金し、まちでは収入に見合った消費はしていないことが推察できます。その場合にとるべき施策は、如何に家族に住んでもらう環境を作り出すかということです。それには、子育て支援策や住宅政策など差別化したアイディアが必要でしょう。反対に松前町は松山市へ多くが通勤する郊外地域でありながら消費が流入していることがわかり、それは大型複合店の立地に理由があることが理解できます。

RESASは地域経済の分析にとって貴重なデータを提供してくれるものです。生産・分配・支出の循環の中で、まちの経済にどれだけマネーの流出入があるかがわかります。しかし、だからどうすれば良いのかということは示してくれません。やはり、それを見いだすには規範的な考えに立ったモデルが必要になってきます。

都市計画と経済のシンクロ

「都市政策」というと、それは国や地方自治体が行うまちづくりの具体的な方針がイメージできるのですが、その意味するところは、「住みやすいまちづくり」、「働けるまちづくり」を実現していくためのものです。建築規制や線引き、用途規制などを実施する「都市計画」はその1つの具体的手段とも言えます。

最近広がりを見せるコンパクトシティも都市計画の手法ですが、むしろ「まちづくり」の考えともいえます。この「都市計画」はわれわれが住んでいるところの道路状況とか景観、土地利用といった「まちの内部構造」を見ることが中心ですが、まちづくりにとって重要な「まちの活性化」とか「産業振興」ということを積極的に見るものではありません。

たとえば、土地利用の線引きにしても比較的現状追随型が多く、線引きをすることでの不動産価格に与える影響がどの様なものかを見るものではありません。実際、土地利用規制をすることによって規制をしないときよりも土地の価値が上回ることはありません。規制は、最高に土地評価をする潜在的利用主体を排除する可能性があるからです。しかし、これは土地利用の主体間に外部不経済がないことが条件です。もし規制によって外部不経済が軽減される場合だと、環境改善によって土地の評価が場所によっては上昇する場合も出てきます。こういったことは都市のなかでの経済活動に大きな影響を与え、同時に都市の稼ぐ力にも関係してきます。

都市計画の考えのコンパクトシティが人口減少や高齢化といった今後の「まちづくりの必要条件」であることは、多くが認めるところです。しかし、それで「まちの経済がどうなる」というイメージは出てきません。そうなるには、都市計画の手法に都市経済学的な分析を導入する必要があります。たとえば、「コンパクト化で、新しい仕事を生み出すにはどういう空間立地(配置)が良いのか」という発想をもつことが必要となってきます。都市が「どのような産業に重点をおき、稼ぐ力を顕在化していくか」という「まちの産業振興という都市政策」を考えるときには、都市計画と都市経済の考え方を連動させる必要性があるのです。

どのような土地利用をすれば、まち全体にとって経済が活性化するのか。こう考えると、土地利用という都市計画と産業振興という都市経済がどこかで連動していかないといけないことが分かります。そうすると今後考えないといけない都市政策は、都市の価値を高めるための土地利用の在り方であり、そこには産業振興につながる都市経済学の分析が必要となってくるのです。また、産業振興の方でも地域の付加価値を高めるには、「資本投資」の企業誘致だけでなくて、どれだけ良い人材を持ってくるかという「人材投資」にも政策がつながってきます。これまでは、都市計画から出てくる都市政策と都市経済分析からの政策は必ずしも相容れるという訳ではありませんでした。しかしながら、都市の住む魅力と働く魅力を同時に追求する政策では、都市計画と都市経済のシンクロナイズが不可欠となることは必然でしょう。

バックキャスティング

蓄積したデータや情報をもとに「まちをどのようにしたいのか」というビジョンを描き、それらを市民、事業者、行政で共通認識を持ち、今後「何をどのように変えていくのか」を考えていくことが必要です。そのためには、「まちをどのようにしたいのか」という着地点に対する規範的思考に基づいた分析が不可欠です。それによって「何をどのように変えていけばよいのか」というバックキャスティングのアプローチで取り組んでいくことがまちをかえることにつながります。


注)本稿は2月下旬に出版した「まちづくり構造改革Ⅱ」(日本加除出版)の内容の一部をアレンジしたものである。

2019年5月30日掲載

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