課題を抱える日本企業の採用

大湾 秀雄
ファカルティフェロー

急速に進む事業特性の変化

デジタル社会の進展に伴い事業特性が変化する企業が増えている。まず、技術や世界情勢の不確実性、複雑性が高まるに連れ、伝統的事業にのみ立脚した事業戦略のリスクが増している。そのため、インフラ産業や重厚長大産業と言われる企業でも、畑違いの新規事業への投資を行うようになった。2つ目に、プラットフォームやエコシステムといった言葉が表す新しい事業モデルの活躍する場が広がるにつれて、各社が自社の事業ドメインの中でのプラットフォーマーになるべく、オープンイノベーションや事業提携に積極的になっている。

事業特性の変化は、最適な人事制度にも変化をもたらす。例として、2つのシンプルな事業特性を定義する。図1は、企業収益が実現する分布を表している。横軸が企業収益、縦軸は頻度だ。ガーディアンと呼ばれる事業は、アップサイドのポテンシャルは限定的だが、ダウンサイドリスクは大きい。発電、通信、輸送を担ういわゆるインフラ企業が良い例で、予想を大きく上回る企業収益を上げることは稀だが、ひとたび事故が起きると大きな損失を出しかねない。他方、スターと呼ばれる事業は、ダウンサイドリスクは限定的だが、事業が上手く行けば、予想を大きく上回る企業価値を生み出す可能性がある。GAFA(Google, Amazon, Facebook, Apple)に象徴されるプラットフォーム企業を始め、新しい市場を作り出す可能性のある企業はスター事業に属する。

この2つのタイプの事業は、最適な人事制度が180度異なる。表1にあるように、スター事業には、意思決定が速いフラットな組織が望ましい一方、ガーディアン事業では間違いを犯しにくい階層的な組織が必要だ。また、スター事業ではリスクを取ることで事業のオプション価値が上がるので、リスクテイキングを奨励するボーナス型の報酬制度、つまり獲得利益に応じてボーナスが出るが、損失は報酬に影響を与えない制度の構築が望ましい。ガーディアン事業は、逆にリスクを取らせないために、失敗で処遇は大きく悪化するが、成功しても報酬は増えないペナルティ型の報酬制度が必要だ。必要な人材も変わってくる。スター事業では、実績はなくとも成長力、ポテンシャルのある人間、それも多様な人材が望まれるのに対し(リスキー人材と呼ぼう)、ガーディアン事業では安定感のある堅実な人材が好まれ、多様性はむしろ円滑なコーディネーションを阻害するので望ましくない。

図1:2つの事業特性
図1:2つの事業特性
表1:事業特性と最適人事制度
最適人事制度 スター事業 ガーディアン事業
組織 フラット 階層的
報酬制度 ボーナス型 ペナルティ型
採用 リスキー人材 堅実な人材

堅実な社員を過度に重視しがち

デジタル化の進展は、各産業でITやAIを活用した新規事業の可能性が広がっており、社会全体で、スター事業の比率が高まっているのではないだろうか。にも拘わらず、多くの企業で採用方針やプロセスは大きく変わっておらず、多様かつ不確実性の高い人材は敬遠されがちのように見える。

筆者は、長年日米のビジネススクールで教鞭をとった経験があるが、日米の社会人学生が採用に関する見方が大きく異なることに気が付いた。例えば、1000万円の価値を確実に生み出す候補者A(堅実な人材)と、50%の確率でそれぞれ2000万円とゼロの価値を生み出す候補者B(リスキー人材)のどちらを採用するか問うと、米国のMBA学生は約8割がリスキーなBを選ぶ。ところが日本のMBA学生は約8割が堅実なAを選択する。何故か?

この違いを体系的に捉えるため、表2を見て頂きたい。意思決定には常に2種類の正しい決定と間違いがある。例えば、Aさんを採用すべきか採用しない方が良いかという問題を考えよう。事前には分からないが、現実は、Aさんは採用されたら会社に貢献するか貢献しないかの2つの可能性がある。この時、会社に貢献する人を採用し、会社に貢献出来ない人を採用しないというのが正しい意思決定である。間違いにも同様に、会社に貢献しない人を採用するという間違いと(第1種の間違いと呼ぶ)、会社に貢献する人を採用しないという間違いがある(第2種の間違いと呼ぶ)。

表2:採用における2つの間違い
現実
決定
Aさんは、会社に貢献する Aさんは、会社に貢献しない
採用する 正しい決定 第1種の過ち
False positive error
採用しない 第2種の過ち
False negative error
正しい決定

日本企業が堅実な人を好むのは、第1種の間違いを最小化しようとするからだ。採用した社員がグータラだと分かってもクビには出来ない終身雇用を前提に考えるからである。つまり第1種の間違いのコストが大きい。それに対し、米国だと、価値を生み出さないグータラだと分かったらクビにすれば良いので、よりポテンシャルの高い人を採用しようという傾向が強くなる。こちらは第1種のコストが低い。しかし、日本企業が堅実さを求める理由はそれだけではない。採用の権限が現場にあるアメリカと異なり、日本企業では、採用活動を人事部が集権的に行っている。そのため、使えない社員を人事部が採用し配属すると、現場からクレームが来る。それを避けるため、人事部は保守的な採用活動を行う。

しかしながら現在、少子化で若い優秀な人材の不足感が強まる中、第2種の過ちのコストは着実に上がってきている。

階層的面接がさらに問題を助長

多様な人材を採用しようとか、イノベーション人材が欲しいとか、方針を立てても、なかなか方針通りにいかないケースが多々ある。ある企業で創造性の高いとみられる学生を書類選考で抽出したにも関わらず、面接で全員落とされたという笑えない話がある。方針通りに採用出来ない一つの理由が、階層的な面接である。たくさんの応募者を裁くために、多くの企業が第1次、第2次、…と何段階かに分けて面接を行う。問題なのは、その際の面接する社員が2人以下がほとんどで、1人というケースも少なくない。

人間の評価にバイアスが見られることは広く知られている。特に、自分が持っているスキルや強みに高いウエイトを置き、持たないスキルや強みには低いウエイトを置く傾向があるため、自分に似た人間を高く評価しがちになる。仮に個性的な候補者を面接するとしよう。「とんがった」人材と言われる人ほど、誰かに嫌われる可能性が高い。階層的な面接は、個性的な人間を排除し、誰からも低い評価を得ないけれども、既に社内に何人もいそうな堅実な人材を選抜する可能性が高い。

こうした現状を変えるには、面接の段階数を減らし、より現場の社員を巻き込み、構造化面接に基づきチームで判断する面接へとプロセスを変えていく必要がある。第2種の間違いを減らすには、出来るだけ複数の視点で評価すること、構造化面接により比較可能な情報を増やこと、採用方針を全員で共有すること、意思決定を分権化し現場の視点を取り入れることが重要となってくる。

適性検査を使った足切りの問題

もう一つの問題が適性検査の使い方である。Web上で受験できる安価な適性検査が広まったことで、現在多くの企業が適性検査を足切りに使っている。その際に用いるのは、地頭の良さを測るための認知能力指標、ベンダーが計測した活躍予測に基づく総合スコア、ストレスに対する耐性を測るストレス耐性指標などである。しかし、多くの企業が出来合いの指標で足切りを行ったらどうなるか。どの企業からも面接に呼ばれる候補者とどの企業からも声がかからない候補者とで明暗が分かれてしまう。これは「新たな統計的差別」という問題を引き起こす。活躍確率が低いと判定されただけで、面接にも呼んでもらえない。

では適性検査がどの程度、最終的な内定者(内定辞退を含む)を予測する精度を持っているかというと、意外に高くない。私が主宰する研究会で、適性検査が内定者と非内定者の差をどの程度説明できるか計算してもらったが、多くは1-2%、高くとも5%で、高くなかった。それほど精度が高くない上に、Web入力のテストの場合、替え玉受験とか正直に答えないという問題が付きまとう。そのような信頼性の低い検査結果を使って足切りしてもいいのだろうかというのが私の疑問だ。

ベンダーが用意した適性検査の出来合いの指標を足切りに使うことのもう一つの問題は、それだけではない。前述の研究会で誰が内定を辞退したかという分析を参加企業にしてもらうと、概ね適性検査のスコアの高い候補者たちであった。適性検査が本当に本人の職務能力を捉えているのであれば、単に優秀な人は内定をいくつかもらうので辞退する可能性が高いという当然の結果のようにも見えるが、上述のように必ずしも内定との相関が強くないことを前提にすると、起きているのは次のようなことであろう。適性検査で高いスコアを出す候補者は、多くの会社から面接に呼ばれるので、面接を受けた上での合格率はそうでない候補者と同じでも獲得する内定数は多くなる。企業の方から見ると、適性検査を活用する企業ほど内定辞退者も多く、採用効率が悪化しているのではないだろうか?

こうした問題点の指摘は、必ずしも適性検査を使ってはいけないということを意味しない。エントリーシートが殺到する大企業の場合、書類選考である程度応募者プールを絞ることはやむを得ない。大事なことはベンダーが用意した出来合いの指標を使うのではなく、独自の尺度を持つことであろう。自社が欲しい人材はどんな能力や特性を持った人たちなのか明らかにする。また多くの場合、リーダーや高業績者のタイプは一つではないので、それぞれのタイプの欲しい人材に合った指標を設計し、そのいずれかで高スコアを取ったものを面接に呼ぶといった使い方をすれば、他社とはそれほどバッティングしなくなる。

結論

これまでの指摘から明らかなように、人材不足を嘆きながら、多くの企業が、採用の取りこぼしをしているのが現状ではないだろうか。自社に合った人間を適切なプロセスで抽出し、自社の魅力を伝える努力を惜しまない企業は、十分な人材を獲得することが出来るだろう。採用方針の共有、チームや構造化質問による選別、独自尺度の設定、といった必要な対策を取ることが肝要である。書類選考を効果的に行うためのAIの活用にも取り組んでいくべきである。

2019年4月19日掲載

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