日本の輸出の進化を解明する

THORBECKE, Willem
上席研究員

序論

日本の輸出はどのように進化してきたのか。日本は中国経済の減速からどの程度影響を受けるのか。どのような政策によって日本の輸出はさらに安定するのか。以上の問題を解明するため、筆者は経済学で最も有効なモデルの1つであり、二国間の貿易フローの予測に有用な重力モデルを用いて分析した(Anderson, 2011参照)。

従来の重力モデルでは、二国間の貿易は両国の国内総生産(GDP)に正比例し、両国間の距離に反比例すると仮定される。重力モデルはニュートンの万有引力の法則に類似しており、2つの物体間の引力はそれらの質量の積に正比例し、物体間の距離の二乗に反比例するというものである。貿易フローを説明する場合、重力モデルには通常、二国間貿易のコストに影響を与えるその他の要因も含まれる。たとえば、相手国と共通の言語を使用しているか、自由貿易協定(FTA)を締結しているかどうかなどである。

Anderson とVan Wincoop (2003) は、従来の重力モデルを修正し、二国間の輸出入は両国間の貿易コストだけではなく、第三国との間の貿易コストの変化にも左右されるという事実を捉えるよう提案した。たとえば、i国からj国への輸出は、i国が第三国であるk国とFTAを締結した場合、影響を受ける可能性があるからだ。

筆者の研究は日本の輸出の予測を目指しているため、従来の重力モデルとAnderson とVan Wincoop (2003) が推奨する修正重力モデルを使用する。これらのモデルでは、パネル通常最小二乗法とポワソン疑似最尤推定法という2つの計量経済学の推定方法を用いており、1988年~2013年の31カ国のデータを使用して予測を行った。

主な結果

以下の分析結果を得ることができた:

1) 1988年~2006年の期間は、日本の対米輸出は、予測値からの正の乖離が最も大きい時期だった。この間の観測値は、重力モデルの予測値を年間平均430億ドル上回った。対米輸出で最大の割合を占めていたのは最終財であった。たとえば、消費財が41%、設備・資本財が29%を占めた。輸出の主要なものは、自動車、電子、機械部門だった。ところが2009年~2013年になると、日本の対米輸出は予測値を年間平均90億ドル下回るようになった。

2) 2001年~2005年の間、日本の対中輸出は予測値と比較して急増した。それ以降、予測値を大幅に上回る状態が続いた。2001年~2005年の間の輸出増加は、もっぱら「加工用輸入」、すなわち高所得国に再輸出される製品を生産する目的で中国に輸出される部品によるものであることがエビデンスによって示されている。日本の「通常輸出」、すなわち中国の国内市場向けの品目は、1992年~2008年の間、下方への乖離が最大であった。2009年~2011年の間、日本の対中通常輸出は増加したが、その後、20%減少した。

3) 日本から台湾およびタイへの輸出は予測値を大幅に上回ったが、韓国への輸出は予測値を大きく下回った。

4) 日本の対EU輸出は毎年、予測値を下回っている。2013年には予測を300億ドル下回った。

政策的含意

以上は、日本から中国国内市場、EU、韓国向けの輸出実績が重力モデルの予測を下回ったことを示している。この結果は、日本が中国経済の減速から受ける影響は、主に高所得国経済の減速から受ける影響よりも小さいことを意味している。中国経済の減速は中国国内市場向けの輸出を減少させるが、高所得国経済の減速は、日本製部品を使用して生産されるタブレットPCや事務機器など、中国からの高度な製品の輸出を減少させる。さらに、日本は北東アジアの近隣諸国やEU向けの輸出拡大に努めるべきであるということを意味している。日本企業の輸出先の国が多様化すればするほど、個別の国や地域の減速リスクに直面する可能性が低くなる。

FTAは日本から中国、韓国への輸出を促進するだろうか。筆者の研究結果は、日中韓にFTAが存在しないことをコントロールしている。この点をコントロールしない場合、推計モデルでは2009年以降、日本の対中輸出は年間350億ドル、対韓輸出は年間360億ドル多くなると予測される。アジアの貿易相手国とのFTAは有益であるというエビデンス(Kawasaki, 2014等参照)は増えているが、筆者の研究結果はこれらのエビデンスを裏付けるものである。また、研究結果はEUとのFTAによって貿易が促進されることも示している。

世界的な自由化が日本やその他の国に大きな利益をもたらすことは言うまでもない。しかしながら、貿易自由化によって一部の部門では敗者も生まれる。したがって、労働力の移動や、企業が「負け組」部門から「勝ち組」部門への移動を促進することが重要だが、このためには失業者の再訓練・能力向上、構造改革による参入障壁引き下げ、退出の促進が必要である。

日本から台湾への輸出は予測を上回る一方で、韓国、中国への輸出が予測を下回っていることは、これらの市場における対日意識を反映しているともいえる。台湾の馬英九総統は、日本による台湾統治終了70年に際し、灌漑事業や貯水池など占領中に日本が行った良いことを覚えておくことは大切であると述べた。多くの人が日本に対して否定的な見方をし続けている中国や韓国とは対照的である。中国や韓国では時折反日暴動が起き、その後は日本からの輸出が停滞する。

経済的観点からは、中国やヨーロッパ、韓国向けの輸出を拡大し、輸出先の多様化を図ることが日本企業にとって有益だといえる。日本はFTAや北東アジアの近隣諸国との関係改善を優先的な政策課題とすべきである。

本コラムの原文(英語:2015年11月4日掲載)を読む

2015年12月3日掲載
文献
  • Anderson, J., 2011, "The Gravity Model," Annual Review of Economics, 3, 133-160.
  • Anderson, J., and E. van Wincoop, 2003, "Gravity with Gravitas: A Solution to the Border Puzzle," American Economic Review, 93, 170-192.
  • Kawasaki, K., 2014, "The Relative Significance of EPAs in Asia-Pacific," RIETI Discussion Paper No. 14-E-009, Research Institute of Economy, Trade and Industry, Tokyo.
  • Willem,THORBECKE, "Understanding the Evolution of Japan's Exports" RIETI Discussion Paper No. 15-E-131, Research Institute of Economy, Trade and Industry, Tokyo.

2015年12月3日掲載