日本の輸出の進化を解明する

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

国際マクロプログラム (第三期:2011~2015年度)
「East Asian Production Networks, Trade, Exchange Rates, and Global Imbalances」プロジェクト

日本の輸出はどのように進化してきたのか。日本は中国の減速からどの程度影響を受けるのか。どのような政策によって日本の輸出はさらに安定するのか。以上の問題を解明するため、経済学で最も有効なモデルの1つであり、二カ国間貿易フローの予測に有用な重力モデルを用いる。これらのモデルでは、3つの仕様と、一般的なパネル最小二乗法とポアソン擬似最尤推定法という2つの計量経済学の推定方法を用いて、1988年~2013年の31カ国のデータを使用して予測を行った。

以下の研究結果を得ることができた:

1)1988年~2006年の期間は、日本の対米輸出は、予測値からの正の乖離が最も大きい時期だった(図1を参照)。この間の観測値は、重力モデルの予測値を年間平均430億ドル上回った。対米輸出で最大の割合を占めていたのは最終財であった。たとえば、消費財が41%、設備・資本財が29%を占めた。輸出の主要なものは、自動車、電子、機械部門であった。ところが2009年~2013年になると、日本の対米輸出は、重力モデルによる予測値を年間90億ドル下回るようになった。

2)2001年~2005年の間、日本の対中輸出は予測値と比較して急増した。それ以降、予測値を大幅に上回る状態が続いた。2001年~2005年の間の輸出増加は、もっぱら「加工用輸入」、すなわち高所得国に再輸出される製品を生産する目的で中国に輸出される部品によるものであることがエビデンスによって示されている。日本の「通常輸出」、すなわち中国の国内市場向けの品目は1992年~2008年の間、下方への乖離が最大であった。2009年~2011年の間、日本の対中通常輸出は増加したが、その後、20%減少した。

3)日本から台湾およびタイへの輸出は予測値を大幅に上回ったが、韓国への輸出は、予測値を大きく下回った。

4)日本の対EU輸出は毎年、予測値を下回っている。 2013年には予測を300億ドル下回った。

以上の結果は、日本から中国国内市場、EU、韓国向けの輸出が予測値を下回ったことを示している。この結果は、日本が中国経済の減速から受ける影響は、主に高所得経済の減速から受ける影響よりも小さいことを意味している。中国経済の減速は、中国国内市場向けの輸出を減少させるが、高所得経済の減速は、日本製部品を使用して生産されるタブレットPCや事務機器など、中国からの高度な製品の輸出を減少させる。さらに、日本は北東アジアの近隣諸国やEU向けの輸出拡大に努めるべきであるということを意味している。日本企業の輸出先の国が多様化すればするほど、個別の国や地域の減速リスクに直面する可能性が低くなる。

FTAは、日本から中国、韓国への輸出を促進するだろうか。本稿の研究結果は日中韓にFTAが存在しないことをコントロールしている。この点をコントロールしない場合、推計モデルでは、2009年以降、日本の対中輸出は年間350億ドル、対韓輸出は年間360億ドル多くなると予測される。アジアの貿易相手国とのFTAは有益であるというエビデンスは増えているが、このように、筆者の研究結果はこれらのエビデンスを裏付けるものである。また、研究結果はEUとのFTAによって貿易が促進されることも示している。

日本から台湾への輸出は予測を上回る一方で、韓国、中国への輸出が予測を下回っていることは、これらの市場における対日認識を反映しているともいえる。台湾の馬英九総統は、日本による台湾統治終了70年に際し、灌漑事業や貯水池など占領中に日本が行った良いことを覚えておくことは大切であると述べた。多くの人が日本に対し否定的な見方をし続けている中国や韓国とは対照的である。中国や韓国では時折反日暴動が起き、それが日本からの輸出の停滞につながっているだろう。

経済的な観点からは、中国や欧州、韓国向けの輸出を拡大し、輸出の多様化を図ることが日本企業にとって有益だといえる。日本はFTAや北東アジアの近隣諸国との関係改善を優先的な政策課題とすべきである。

図1:日本の対米国輸出順位付け、実測値vs予測値
図1:日本の対米国輸出順位付け、実測値vs予測値
注:1988年~2013年の日本とその主要貿易相手国30カ国との貿易について重力モデルを用いて、日本の輸出を予測した。重力モデルは6つの仕様で推定した。各国は1位から30位に順位付けされる。1位の国は、(絶対値で)最大の正の外れ値、30位の国は最大の負の外れ値であることを示している。「6つの仕様の順位付け平均」は、各仕様における日本の貿易相手国の順位付けの平均に基づいて示された、各国の総合順位である。日本からある国への輸出が(絶対値で)正の外れ値の場合は「1」、各仕様すべてにおいて最大の負の外れ値である場合は「30」とそれぞれ示される。2つ目の手法では、6つの仕様においてそれぞれの輸出の予測値と実測値の差を計算し、その平均値を示す。30カ国はこの平均値に基づいて順位付けされる。この推定法は、「6つの仕様における輸出の実測値と予測値の平均に基づく順位付け」と呼ばれる。ある年において日本からその国への輸出の平均が最大の正の外れ値である場合は「1」、最大の負の外れ値の場合は「30」と示される。
出典:著者による計算