はじめに
日本は新型コロナウイルス(COVID-19)の蔓延を制御するためにいくつかの措置を講じてきた。 3月には安倍首相が日本の学校の休校を要請し、 4月には日本政府が自主的なロックダウンを敷いた。これには、在宅勤務の要請、必需品を扱うもの以外の店舗への休業要請、そして野球やその他の大きなイベントに多くの人々が集まらないことを要求することが含まれていた。政府はまた、海外からの旅行にも制限を加えた。 5月末には政府は緊急事態宣言を解除し、制限を一部緩和した。新型コロナウイルスの流行とそれを制御しようとする政府の試みは、日本企業にどのような影響を与えているだろうか。
これを調査する方法の1つに挙げられるのが、日本の株価がどのように反応したかを調べることである。理論的には、株価は将来のキャッシュフローの現在価値の期待値と等しい。従って、企業が受ける影響というものを投資家がどうとらえているのかを、株価は明らかにする。株価はまた将来を先取りしたものでもあり、企業が将来どのようになると市場参加者が予想しているかについての情報をも含んでいる。
日本の全体株価
図1は、2020年1月1日から2020年5月29日までの日本の株式市場全体の株価を表している。2月24日から3月16日の間に株価が約30%下落したことが示されている。その後株価は反発し、5月の終わりには2月24日の価格と比較して約6%の下落となっている。
日本のセクター別株式リターンの調査
それぞれのセクターの業績を確認するのには、日本の株式市場の下落が始まった2020年2月24日から2020年5月末までの、各セクターの日次複利リターンを計算すればよい。リターンはまた、マクロ経済変数による部分とセクター特有の要因による部分に分解することができる。この分解は、セクターごとの業績の違いはマクロ経済環境(例:世界経済の減速)によって引き起こされるのか、個々のセクターに影響を与える特異な要因(例:旅行制限)によってもたらされるのかを明らかにする。
マクロ経済変数がリターンにどのように影響するかを推定するために回帰分析を利用した。日本セクターの日次株式リターンを、1)日本の株式市場全体の日次リターン、2)世界の株式市場の日次リターン、3)円/ドル為替レートの日次変化率、および4)ドバイ原油のドル建てスポット価格の日次変化率を説明変数として回帰した。対象期間は1993年1月1日から2020年5月29日までで、これらのデータはいずれもDatastreamから取得している。
このフレームワークは、株式リターンの4ファクターモデルとエコノミストが呼ぶものである。右辺の4つの変数は、日本経済の状況、世界経済の状況、為替レート、および原油価格の株式リターンに対する影響を捉えている。これらの4つのマクロ経済変数で説明されないリターンの部分(残差)は、セクター特有の反応を捉えているのである。
結果
表1は、日本セクターの調査結果を表している。 1未満の値は、2月24日に投資された1円が5月29日までに価値を下げたことを意味し、1より大きい値は、価値を上げたことを意味する。列(2)はセクター全体の株式リターン、列(3)はマクロ経済的要因がもたらしたリターンの部分、列(4)は特異な要因がもたらしたリターン部分の結果を示している(注1)。 表はこの期間に最も業績が悪かったセクターから、最も業績が良かったセクターへの順に並べられている。
被害を受けたのは不動産関係のセクターである。列(2)の不動産投資信託(REIT)の値は0.7021、住宅ローン金融の値は0.7578、不動産の値は0.7398、住宅建設の値は0.8412である。これらの数値を分かりやすく言えば、不動産投資信託の0.7021の値は、2020年2月24日に不動産投資信託に投資された1円が2020年5月29日にはわずか0.7021円の価値になったことを示している。列(3)および(4)を見ると、不動産は主にマクロ経済環境ではなく、むしろ他の要因の影響を受けたことがわかる。特に緊急事態宣言は不動産取引を妨げたのである。
旅行・レジャーに関連するセクターも被害を受けている。列(2)のカジノ・ギャンブルの値は0.6951、航空の値は0.7190、ホテル・宿泊施設の値は0.8346、旅行・観光の値は0.8977である。列(3)は、これらの損失は主としてマクロ経済的要因によって引き起こされたのではないことを示している。むしろ、それらは業界を悩ませてきた旅行制限の結果である。
石油セクターも低調だった。原油生産に投資された1円へのリターンは0.6697であり、石油機器・サービスに投資された1円へのリターンは0.7375である。列(3)および(4)は、原油安などのマクロ経済的要因がこれらの損失に寄与している一方、他の要因からの寄与のほうが大きいことを示している。ロックダウンと旅行の禁止により、石油の需要が崩壊し、業界が衰退したのである。
自動車セクターと関連産業も打撃を受けた。列(2)の自動車の値は0.8335、自動車部品は0.8652、鉄鋼は0.7333、タイヤは0.8738である。自動車の場合、マクロ経済変数と他の要因の両方が損失に等しく寄与している。マクロ経済の面では輸出が崩壊し、セクター特有の側面では緊急事態の期間に多くの販売店が休業を続けていたのである。
電子事務機器セクターは停滞し、列(2)の値は0.8152である。これは、多くのオフィスが休業しているという事実を反映している。 機械セクターも損失を被った。特殊機械株に投資された1円は0.853、工具株に投資された1円は0.8842、農業機械に投資された1円は0.8869になった。列(3)および(4)は、これらの損失がマクロ経済要因によって引き起こされたことを示している。日本と世界全体の経済活動の減速により、機械類の需要が止まっているのである。
一方、人々の健康に関連するセクターは好調である。列(2)の製薬の値は1.0845、バイオテクノロジーの値は1.1004、医薬品小売業の値は1.2076、医療提供の値は1.321、医療サービスの値は1.3436である。列(3)および(4)は、これらの利益がマクロ経済変数によってではなく、完全に特異要因によって引き起こされたことを示している。コロナ禍は、健康関連産業にとっては恩恵になっている。
自宅での娯楽や気晴らしを提供する企業も値を上げている。列(2)の通信機器(スマートフォンを含む)の値は1.236、レクリエーションサービスの値は1.1097、レクリエーション製品の値は1.082、電子エンターテインメントの値は1.0681である。これらの利益は、マクロ経済変数によって引き起こされたのではなく、完全に他の要因によってもたらされている。人々は家に引きこもったため、エンターテインメント製品に対する需要が急上昇したのである。
配送サービスも利益を得ている。列(2)の値は1.3146である。これらの利益もやはりマクロ経済的要因によるものでは全くない。配送サービスは、家にいることを余儀なくされた人々に重要なライフラインを提供したのである。
おわりに
このコラムでは、新型コロナウイルスのパンデミック時に日本の株のリターンがどのように推移したかをセクター別に調査した。また、これらの反応がマクロ経済要因によるものか、セクター特有の要因によるものかについても調査した。日本の機械セクターは、経済活動原則により資本財の需要が停止したため、マクロ経済環境により打撃を受けた。不動産および旅行・レジャー関連セクターは、自発的ロックダウンおよび旅行制限などの、これらの産業に対象とした規制の影響により被害を受けた。電子事務機器および自動車は、マクロ経済環境(例:世界経済の減速)と特異な要因(例:自動車販売店の休業)の両方の打撃を受けた。 一方、人々の健康に関連するセクターや、人々の自宅で娯楽や商品やサービスの入手に関連するセクターは、好調である。 その利益はマクロ経済の変化ではなく、もっぱらセクターの優位性によってもたらされてきた。こうした調査結果は、この壊滅的な危機からの回復を促進しようとする政策立案者に情報を提供するものとなるであろう。