ナショナル・イノベーション・システム改革の視点
~技術標準に係るマネージメントの高度化

田村 傑
上席研究員

標準化された技術の寿命については、キーボードの研究がよく知られている。現在広く利用されているQWERTYキー配列は長期間利用されつづけている。今日では、より作業の効率を高めるキーボードの配列があり得るはずであるが、キーボード入力配列において、QWERTY配列が利用されつづけており、このキー配列と異なる配列は利用されていない。この例を見るに、「それでは、標準となった技術の寿命は、どの程度のものであるか?」といった素朴な疑問が生ずる。また併せて、「技術標準の寿命の管理システムは、どのようなものが望ましいであろうか?」との発想に通ずる。

技術標準の類型と特徴

技術標準は、市場で形成されるデファクト標準と、公的に形成されるデジュール標準の両方があるが、デファクト標準の事例としてあげられるものとして、オペレーティングシステムがある。スマートフォンにおけるアンドロイドOS、iOSがデファクト標準に該当する。デジュール標準の場合には、日本工業規格などでさだめられている規格が該当する。技術標準の寿命を考える場合には、規格の制定時点と廃止時点の両方の計測が必要であるが、市場において決定されるデファクト標準の場合には、どの時点で、デファクト標準が形成されたと判断するかの基準の制定が難しい。一方で、デジュール標準は、定められる手続きに従って制定され、記録が残っていることから、寿命の計測を行うには好都合である。デファクト標準の形成の時期と廃止の時期についての研究として、情報通信産業の製品については、マーケットシェアの3%程度になった時にデファクト標準として判断して寿命の計測を行っている事例がある [1]。この研究の計測方法によると、家庭用ゲーム機器である、ソニーのPlayStationのデファクト標準の寿命は4年間とされている。ただこの場合でも、廃止された時期の特定は難しいものとなっている。このように、デファクト標準については制定時期と廃止時期が明確にならず、なんとなく気づいたときには標準となっており、気づいたときには他の規格にとって代わられている点が技術標準の継続期間に関する知見を深める上での障害となっている。

技術標準の寿命とインプリケーション

今回、我が国のデジュール標準であるJISについて寿命の分析を行った。JISの記録上、廃止の扱いとなっている規格を、19の技術分類ごとに、存続期間の分布を調べた結果の例が以下である [2]

図

予見されたことではあるが技術の分野ごとに、存続している期間である寿命の分布に違いがあることがわかる。この理由としては、標準のタイプや技術標準を利用する産業界の産業構造による影響が考えられるが、一般的な印象では、インクリメンタルなイノベーションより、ラディカルなイノベーションが起きている技術分野においては、技術の継続性が保たれないことから、新たな技術標準の制定が必要になると考えられる。またこのことを、アプリオリに仮定すると、技術標準のうち寿命が短い技術分野ほどラディカルイノベーションが継続的に起こっているとの推論も成り立つ。

また、この分析結果は、イノベーションが体化した技術標準の管理プロセスについて重要な示唆を与える。現在、JISの改定は5年ごととされているが、関係者からの意見の聴取など、多大なコストが発生する。これまで長期的に利用されてきた技術標準については、改定の期間を延ばして関係するコストを減らすとの発想は自然である。一方で技術標準としての寿命が短い技術領域においては、見直しの期間を短くしてより市場のニーズや技術の変化に対応した技術標準とすることは意味のある視点であると思われる。このようなシステム改革は、ナショナル・イノベーション・システム改善の一方策となろう。技術標準の制定のプロセスに関する研究は、主に、制定に要する時間とその参加者の行動に関するものがこれまで見られるが、制定後の技術標準の見直し期間の妥当性についての分析は新たな視点である。これは、特許などの知的財産権においては、有効期間の妥当性についての研究が行われている状況と対照的である。

結語

これまで見たように、デジュール標準の見直しの期間については、デジュール標準の重要性の高まりや、先端分野での技術標準の速やかな制定が求められていることを考えると、実情に応じた見直し時期を定めることは我が国全体としてのイノベーション・システム改善に資するシステム改革の一方策となるものと期待できる。また、市場ベースで定まるデファクト標準については、その寿命の定義および計測方法に関する知見の集積が引き続き重要である。

2015年8月7日掲載
文献

2015年8月7日掲載

この著者の記事