デジタル社会における標準化活動に係る経営課題:標準化活動調査(2021)の結果から

田村 傑
上席研究員

1. はじめに

生成AI技術の一般的な利用が可能となりつつある現在、デジタル化が進展する外部環境に対応して企業等の内部的な経営環境をどのように設計すべきであるかは、今日的な課題である。本稿では、2021年の標準化活動調査の結果を踏まえて、標準化に係る経営戦略および経営管理の観点から今後の課題について考察したい。

今日の社会経済のデジタル化は、通信技術の発展に伴うデータの流通量の増大を基盤としている。これを実現するためには、通信技術の共通化が必要であり、一般には技術を標準化することを意味する。ここで取り上げる標準化とは、例えば複数の生産者や通信事業者の間で設定される、インターネット上での情報の通信に関する技術的な取り決め等が該当する。

ここでは、日本国内の企業等に対して著者が行ったアンケート調査(標準化活動調査2021, Survey on Standardization Activities [SoSA])の結果を踏まえて議論を行いたい。標準化活動調査は、日本の企業等の標準化活動を調査するものであり、調査項目に、組織内の経営上の課題についての調査項目を含んでいる。とりわけ、本稿で取り上げる、標準化活動の実施の程度と、標準化活動を管理するための組織整備の割合は、企業内における標準化活動を把握する上で主要な2つの指標であると考える。

これまで、標準化活動を測定する方法については、組織内の標準化活動の把握の難しさについて指摘が行われてきている(Tamura, 2012, 2013)。また、組織内の知財組織と企業戦略に関する質的研究においては、外部環境の変化により日本企業の特許管理組織は、機能を事務処理部門から戦略実行部門へと変容していると指摘されている(Hirata et al.,2001)。同様に、日本の機関内における標準化組織は、外部環境の変化により、事務処理部門から戦略実施部門へ変化しつつあると分析されている(Tamura, 2012)。しかし、これらの分析は事例研究に基づくものであり、本調査のように定量的なデータに基づく分析ではない。併せて、今後、時系列分析を可能とするデータの蓄積が重要である。

標準化活動調査は、今回の2021年を対象とする調査以前に2017年から2020年にかけて4回実施されている(Tamura, 2019, 2020, 2021, 2022a)。誤解を避けるために補足すると、この調査は、一般に標準開発機関(SDO)が行う標準化すべき技術を調べるニーズ調査ではない。今回の調査は、過去4回の調査とほぼ同じ形式を踏襲している(Tamura, 2022b)。調査対象は、約180機関である。調査票は参加機関に直接郵送され、回答者は電子メールまたは郵便で回答を提出する方式で実施している(つまり、この調査はインターネット調査会社に委託するオンライン調査ではない。また無償で任意回答の調査である)。調査票の配布と回収には、電子媒体と郵送の提出の両方の方法を用いた。調査期間は2023年1月~3月である。約180通の調査票を送付し、75通の回答を得た。回収率は約40%である。

2. 結果と考察

2.1. 標準化活動の実施の程度(産業分類別および研究開発予算分布別)

2021年の調査では、標準化活動の実施の割合は68.8%で、前年とほぼ同じであった。過去5年分のプールデータを用いて、経年変化を見る場合、統計的に有意な上昇であるとの結果となっている(5%水準)(Tamura, 2019, 2020, 2021, 2022a, 2023)。業種ごとに見た場合、情報通信業において実施割合が高い。また、おおむねの傾向として、研究開発費が高いほど、標準化活動の高い実施割合が観察される。

表1. 標準化活動の実施の有無
表1. 標準化活動の実施の有無
注:標準化活動調査(2021)の結果より抜粋。括弧中の数字は前年2020年の数値である(Tamura, 2022a)。
表2. 業種分類ごとの標準化活動の実施の有無
表2. 業種分類ごとの標準化活動の実施の有無
注:標準化活動調査(2021)の結果より抜粋。
表3. 研究開発費ごとの標準化活動の実施の有無
表3. 研究開発費ごとの標準化活動の実施の有無
注:標準化活動調査(2021)の結果より抜粋。

2.2. 標準化活動のための組織整備(産業分類別および研究開発予算分布別)

標準化活動の管理体制(組織)があると回答したのは 44 者(約 44.0%)であった(表4)。この結果は、過去4回の調査を通じて見られた上昇傾向に対応している(Tamura, 2019, 2020, 2021, 2022a)。しかしながら過去5年分のプールデータを用いて、経年変化を見る場合、統計的に有意な上昇であるとの結果とはなっていない(5%水準)。業種ごとに見た場合には、情報通信業および電気機械において組織の整備割合が高い。また、おおむねの傾向として、研究開発費が高いほど、標準化活動のための組織整備の割合が高い結果が得られている(表5および6)。

表4. 標準化活動を管理する内部組織の設立の有無
表4. 標準化活動を管理する内部組織の設立の有無
注:標準化活動調査(2021)の結果より抜粋。括弧中の数字は前年2020年の数値である(Tamura, 2022a)。
表5. 産業ごとの機関内の標準化組織の整備の有無
表5. 産業ごとの機関内の標準化組織の整備の有無
注:標準化活動調査(2021)の結果より抜粋。
表6. 研究開発費ごとの機関内の標準化組織の整備の有無
表6. 研究開発費ごとの機関内の標準化組織の整備の有無
注:標準化活動調査(2021)の結果より抜粋。

2.3. 研究開発情報および営業秘密の保護

標準化活動を全社統一的に行いやすくすることが、標準化活動に関する組織整備を行う利点として挙げることができる。また、機関内組織の整備を通じて、標準化活動を管理運営する管理方針の策定や運用が行いやすくなることが組織整備の利点である。本調査では、標準化活動を監督する管理指針が存在するかどうか、またこれらの文書に研究情報の管理に関する規定が含まれているかどうかを尋ねている。標準化活動を監督するガイドラインの作成・運用している割合は約24%であった。さらに、ガイドラインを作成した企業の約63%が、そのガイドラインに研究開発情報の取り扱いに関する条項が含まれていると回答している(Tamura, 2023)。

これと関係して、標準開発団体における研究情報の取り扱いについて参加者側の認識を調査している(表7)。約15.5%が、情報の機密保持は必要だが、秘密保持契約(NDA)は必須でされていない、または情報の機密保持は必要とされていないと回答している。NDAが締結されているケースは12.1%となっている。日本における公正取引委員会などの競争政策に係る政策立案者にとって、この課題に対する認識を深める上で、この結果は有益であると思われる。

標準化される知識の取り扱いとの論点は、標準化活動に係る知識の創造が、現状では完全な機密技術でもなく、学術的盗用の禁止によって発表者の学術的業績が保護されるアカデミックな業績でもないため、標準化活動に参加する当事者や、標準化活動を行う場であるSDO事務局で、十分に認識されていないと思われる。この点は、競争力を確保しつつ標準化を行う上で、次世代のモバイル通信規格や映像伝送規格への取り組みになどにおいて、とりわけ留意すべき課題であろう。

表7. 標準策定団体での活動に参加に際して、秘密保持契約(NDA)を、標準策定団体と結んでいるか否か
表7. 標準策定団体での活動に参加に際して、秘密保持契約(NDA)を、標準策定団体と結んでいるか否か
注:標準化活動調査(2021)の結果より抜粋。

3. 結び

標準化活動の程度については、過去5年間の限定的な観察であるが統計的に有意な上昇傾向が観察された、一方で、標準化組織の整備については、統計的に有意な上昇傾向は観察されていない。直観的な理解としては、組織内では、標準化活動の実施が外生的なショックに対応して上昇しているものの、そのショックは組織整備の整備まで引き起こしていないとのメカニズムが考えられる。このように、外部ショックにより組織全体として標準化活動が上昇しているが、組織整備が進展していない場合は、当該活動の運営に関する責任の所在の不明確さなどに起因して、効率的に運営がなされていないおそれがある。また、組織整備は、標準化活動に際して、あまり注意が払われていなかった研究情報の取り扱いの管理を効率的・戦略的に行うことを可能とする。この視点を持つことは、標準化活動を行いながら競争力を確保するため戦略的に重要である。今後、標準化活動に取り組もうとする機関においては、管理組織の整備は戦略的に標準化を進める上で重要な留意事項となろう。

謝辞

調査対象者の協力に感謝申し上げます。また、経済産業省基準認証ユニットおよび日本規格協会(JSA)の支援に感謝します。併せてこれまでの調査結果を研究レポジトリーに採録いただいている、ISO事務局の各位に感謝したい。本コラムに関する研究は、JSPS科研費(15K03718,19K01827,及び23K01529:研究代表者 田村 傑)の助成を受けて実施しています。参考「科研費による研究は、研究者の自覚と責任において実施するものです。そのため、研究の実施や研究成果の公表等については、国の要請等に基づくものではなく、その研究成果に関する見解や責任は、研究者個人に帰属します。」(「科研費ハンドブック」[日本学術振興会])

脚注
  1. 本稿は次の英語論文を参照している。図等の日本語表現は原本の日本語仮訳である。
    Tamura, S.(2023). Results of the Survey on Standardization Activities in 2021 (an overview of standardization activities and the administration system).
    RIETI Policy Discussion Paper Series 23-P-017. Retrieved from https://www.rieti.go.jp/jp/publications/pdp/23p017.pdf [accessed 2023].
    また、結果概要と解説を日本語でまとめた、ノンテクニカルサマリーが公表されている。Retrieved from https://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/23p017.html [accessed 2023].
  2. 標準化活動調査の最も重要な研究目的は、ほぼ同一の調査を継続的に実施することである。本稿に係る参照論文を含め、2023年時点で5本の論文が発表されている(Tamura, 2019a, 2020, 2021a, 2020a, 2023)。また、一連の調査はISO(国際標準化機構 ジュネーブ)の研究レポジトリーに収録されて公開されている (International Organization for Standardization, 2021a, 2021b, 2021c, 2022)。Retrieved from https://library.iso.org/contents/data/status-of-standardization-activi.html [accessed 2023].
  3. 標準化活動調査(SoSA)は年次で継続して実施されている。今後も継続予定であることから、学術データの比較可能性の確保、統計データの蓄積、および記述語句の統一による学術的・実務的な読みやすさの向上を図るため、表・図・関連内容(タイトル・注を含む)の形式・表現、アンケート項目の記述、調査範囲、結果記述の様式等は、同じ方法で記述している(Tamura, 2022b)。
  4. 本調査では、回答者全員がすべての設問に回答したわけではない。そのため、各設問に対する回答者数にばらつきがあり、各調査項目の回答割合を算出するための回答者数に差がある (Tamura, 2023)。
  5. 本稿内容の引用方式:田村 傑 (2023).「デジタル社会における標準化活動に係る経営課題:標準化活動調査(2021)の結果から」, RIETI コラム.
  6. 本稿の内容は第6期科学技術・イノベーション基本計画(2021~2025年度)の第2章1.(6)「様々な社会課題を解決するための研究開発・社会実装の推進と総合知の活用」の政策内容に該当する。
  7. RIETIは「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律」の第二条および「科学技術・イノベーション基本法」に係る研究開発法人である。
  8. 本稿は、2023年9月末時点での事実関係について記述してある。
  9. 連絡先:
参考文献

2023年10月6日掲載

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