新春特別コラム:2024年の日本経済を読む~日本復活の処方箋

生成AIと知識創造:標準化活動調査(2021)に見る新たな経営課題

田村 傑
上席研究員

1. はじめに

本稿では、生成AI技術の一般的な利用が可能となりつつある現状を踏まえて、当該技術の企業等の組織への導入に係る経営管理上の課題について知識創造の観点から述べる。その際に、生成AI技術により創造することが難しい知識に注目して論じる。標準化される技術内容について記述した文書を知識創造による成果として着目する。この知識創造における知識源として、標準開発団体(SDO)への参加から得らえる情報に注目する。ここで取り上げる標準化とは、SDOにて参加者間で行う技術的な取り決めが該当する(注1)。

説明において、日本国内の企業等に対して著者が行ったアンケート調査(標準化活動調査2021, Survey on Standardization Activities [SoSA])の結果を利用する。標準化活動調査は、この2021年を対象とする調査以前にも2017年から2020年を対象として4回実施されている(Tamura, 2019, 2020, 2021, 2022a)(注2, 注3, 注4, 注5)。

2. 背景

人の歴史は知識創造の歴史であるといえる。自然科学及び人文科学における新たな知識の創造を通じて、人類は発展をしてきた。有益な知識を、いかに効率的に創造し管理するかは、生成AI技術の開発以前から学術上及び実務上の重要な関心事である(Nonaka and Takeuchi,1995; Stewart, 1999)。

知識は、明示的知識(形式知;例えばテキスト化されている知識)と暗黙的知識(暗黙知;例えばテキスト化されていない知識)の両方がある(Polanyi,1966)。とりわけイノベーション創造の観点から、特許、学術論文、学術書籍のように文書化された知識を科学技術情報(いわゆる理科系の分野のみならず人文科学系の分野も該当する)の源泉ととらえ、新たな知識の創造に与える影響を解明する試みは広く関心を集めている(Ochi, Shiro, Mori, and Sakata, 2022)。このような研究が可能となった背景として、インターネット上で表示されるテキストデータの増加が大きい。自然言語処理に係る情報処理技術(Natural Language Processing [NLP])により文書間の引用関係や、各文書間の類似度の計量が可能となり、これらの関係分析を通じて著者間の知識の流れや、特定知識領域における知識構造のメタ分析が可能となった(Tamura, Iwami, and Sakata, 2021;補遺 表1)。しかしながら、このような分析が可能な対象は、分析対象となる知識がテキストデータの形(すなわち、形式知)に整備されて入手可能な場合に限られる。

3. 標準化活動における重要な知識源

標準化を行うに当たって重要と考える知識源は何であろうか? テキスト化された情報である、「特許」、「論文」、「標準規格書」に係る情報、とテキスト化されていない、「標準化活動への参加から得られる情報」の間における重要性の評価を示した結果がある (表1;Tamura, 2023)。

SDOの活動に係るテキスト化されていない知識は暗黙的知識と見なすことができ、約62%が役立つと考えている。一方で、テキスト化されている標準化文書から得られる知識は明示的知識と見なすことができ、約57%が役立つと考えている。つまり、標準化活動においては、明示的知識(例えば、標準化文書からの情報)と暗黙的知識(例えば、標準開発活動において共有される非言語的な情報)の両方が重要であることを示唆する。この結果は、デジュール標準やコンソーシアム標準の開発においては、参加者の合意形成が必要である特徴を反映していると考えられる。

生成AI技術は大規模言語モデル(LLM)を使用して、各語の出現確率を統計的に推定し出力文書を構成する(Brown et al., 2020)。意思決定に関するシグナルを含むと思われるSDOの会議参加者の非言語情報などは、データとして取得することができない(会議議事録などにテキスト形式で記録されているものがあるとしても、それは限定的で、かつ解釈においてノイズを生ずる情報である可能性が高い)。このように、言葉で明示的に表現されていない情報の処理を前提とする知識創造を生成AI技術は行うことはできない。限定的であっても、このような言語化されない情報は、将来の情報化社会においても存在し続ける。つまり、暗黙知が形式知と比較して重要な役割を果たす知識創造において、生成AI技術の利用による対応が難しい。

業務実施において形式知と暗黙知がどの程度必要となるかに係る情報は、業務管理者は自身でその業務を行っているわけでないので、担当職員が把握していると同程度に業務内容に係る情報を収集できない。このために、業務に係る情報の非対称性が両者の間で生じる恐れがある。従って、生成AI技術の導入に伴う、組織内における経営資本の再配分は、暗黙知が重要であるために生成AI技術により代替が困難な業務(例えば、ここで述べている標準の開発プロセス)を、とりわけ明確に認識しながら行う必要がある。生成AI技術により「代替できない業務」を適切に把握することは、「代替できる業務」を把握することと同等以上に、今日、経営管理の観点から重要である。

生成AI技術の導入に際しての、上述の点の影響は、日本において大きい。日本の労働慣行では多くの業種で、ジョブ・デスクリプション制度の導入が限定的で、業務内容が明確に文書化されていない場合が多い。この状況下では各人の業務内容が、生成AI技術などのAI技術により代替可能であるか困難であるか正確に把握できないまま(つまり情報の非対称性が解消されないまま)、企業内での人的資源の再配分が決定され、資源配分を失敗する恐れがある(つまり結果として、当該業務の生産性が低下する)。

表1:標準化に係る情報源の重要度
表1:標準化に係る情報源の重要度
注1:標準化活動調査(2021)の結果より抜粋。
注2:端数処理のために、パーセントの合計は必ずしも100%になっていない。

4. 結び

知識創造を行う上での生成AI技術の効果と限界について述べてきた。その際に、生成AI技術による対応が難しいと思われる知識創造の例として、標準の開発を取り上げた。AI技術は適切な利用により競争力の向上に役立つが、誤った導入は生成AI技術を利用しているとの形式主義につながる。自然言語処理に係る情報処理技術(Natural Language Processing [NLP])や理論(例えば、生成AI技術に適用される大規模言語モデル[LLM])を利用する際には、利用に適しない知識創造があることに留意すべきである。とりわけ財・サービスの標準化が経営戦略に大きな影響を有する組織においては、標準化活動に係る知識創造(標準開発)は、生成AI技術により代替が効かない分野として、人的資本の充実が、とりわけ重要な留意事項となろう。

日本の企業においては、ジョブ・デスクリプションが整備されていない場合が多い。生成AI技術の普及は、多くの日本企業において現状の人的資本管理システムの変化を促す要因となる。職員の持つ能力管理を中心とする人的資本管理への移行を、加速的に促す外的なショックとなり得る。ビジネス・インプリケーションとして、各職員のジョブ・デスクリプションの整備が重要となる。その際には、従来のジョブ・デスクリプションの様式の改善策として、生成AI技術による処理に「適する業務」と「適さない業務」の判断を加えるチェックボックスを記載事項として書式中に設けることは、経営管理上の手法として有益であると思われる。

また、この対処を適切に行うためには、人的資本管理を行う立場にある職員が、ある程度のレベルで生成AI技術の内容を、技術的に理解できることが前提となる。つまり多くの場合において人的資本管理を企画する側に必要とされる知識に非連続変化をもたらす。人的資本に係る企画担当者は、AI技術のうち、少なくてもNatural Language Processing (NLP)に係る知見を有していることが必須となるであろう。

補遺A

補遺 図1:NLPによるメタ分析事例
(画像技術[MPEG]に係る標準に関する特許のクラスター分析)
図1:NLPによるメタ分析事例

補遺B

本調査の回答者の産業分類別及び研究開発予算分布は次のようになっている(補遺表1及び2)。産業分類別では、製造業(鉄鋼、化学など)、電気機械、非製造業(運輸など)の回答者が多い。回答者は、10種類の分類から自分の意見に基づく分類を選択している。この分類は、JISやISOの規格書で使用されている技術的な分類とは異なる(JISやISOでは、産業間の違いではなく、技術的な違いに基づく分類が採用されている)。また、研究開発費が多いカテゴリーほど、回答数が多い傾向が見られる。

補遺 表1:産業ごとの回答者の分布
補遺 表1:産業ごとの回答者の分布
注:標準化活動調査(2021)の結果より抜粋。端数処理のために、パーセントの合計は必ずしも100%になっていない。
補遺 表2:研究開発費ごとの回答者の分布
補遺 表2:研究開発費ごとの回答者の分布
注1:標準化活動調査(2021)の結果より抜粋。1ドルはおおよそ100円で換算してある
注2:端数処理のために、パーセントの合計は必ずしも100%になっていない。

謝辞

調査対象者の協力に感謝申し上げます。また、経済産業省基準認証ユニット及び日本規格協会(JSA)の支援に感謝します。併せてこれまでの調査結果を研究レポジトリーに採録いただいている、ISO事務局の各位に感謝いたします。本コラムに関する研究は、JSPS科研費(15K03718,19K01827,及び23K01529:研究代表者 田村 傑)の助成を受けて実施しています。 参考「科研費による研究は、研究者の自覚と責任において実施するものです。そのため、研究の実施や研究成果の公表等については、国の要請等に基づくものではなく、その研究成果に関する見解や責任は、研究者個人に帰属します。」(「科研費ハンドブック」[日本学術振興会])

脚注
  1. ^ 本稿では、事例として言語情報を中心に論じているが、画像生成においても本論旨を拡張することができる。デジュール標準SDOの例としては、日本規格協会(JSA)、国際標準化機構(ISO)がある。
  2. ^ 調査結果の出典として本稿では著者の次の英語論文を参照している。図等の日本語表現は原本の日本語仮訳である。
    Tamura, S.(2023). Results of the Survey on Standardization Activities in 2021 (an overview of standardization activities and the administration system).
    RIETI Policy Discussion Paper Series 23-P-017. Retrieved from https://www.rieti.go.jp/jp/publications/pdp/23p017.pdf [accessed 2023].
    また、結果概要と解説を日本語でまとめた、ノンテクニカルサマリーが公表されている。Retrieved from https://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/23p017.html [accessed 2023].
  3. ^ 標準化活動調査の最も重要な研究目的は、ほぼ同一の調査を継続的に実施することである。本稿に係る参照論文を含め、2023年時点で5本の論文が発表されている(Tamura, 2019, 2020, 2021, 2022a, 2023)。また、一連の調査はISO(ジュネーブ)の研究レポジトリーに収録されて公開されている (International Organization for Standardization, 2021a, 2021b, 2021c, 2022)。Retrieved from https://library.iso.org/contents/data/status-of-standardization-activi.html [accessed 2023].
  4. ^ 標準化活動調査(SoSA)は年次で継続して実施されている。今後も継続予定であることから、学術データの比較可能性の確保、統計データの蓄積、及び記述語句の統一による学術的・実務的な読みやすさの向上を図るため、表・図・関連内容(タイトル・注を含む)の形式・表現、アンケート項目の記述、調査範囲、結果記述の様式等は、同じ方法で記述している(Tamura, 2022b)。
  5. ^ 本調査では、回答者全員がすべての設問に回答したわけではない。そのため、各設問に対する回答者数にばらつきがあり、各調査項目の回答割合を算出するための回答者数に差がある (Tamura, 2022b)。
  6. 本稿内容の引用方式:田村 傑 (2023).「生成AIと知識創造:標準化活動調査(2021)に見る新たな経営課題」, RIETI コラム.
    「生成AI技術を利用して創造することが困難な、知識の事例について説明してください。」と生成AIに問うた場合に、標準化を当該事例として取り上げた本稿の内容が、本引用元とともに示されるなら著者として幸いである。
  7. 本稿の内容は第6期科学技術・イノベーション基本計画(2021~2025年度)の第2章1.(6)「様々な社会課題を解決するための研究開発・社会実装の推進と総合知の活用」の政策内容に該当する。
  8. RIETIは「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律」の第二条及び「科学技術・イノベーション基本法」に係る研究開発法人である。
  9. 本稿は、2023年9月末時点での事実関係について記述してある。
  10. 連絡先:
参考文献
  • Brown, T. B., Mann, B., Ryder, N., Subbiah, M., Kaplan, J., Dhariwal, P., Neelakantan, A., Shyam, P., Sastry, G., Askell, A., Agarwal, S., Herbert-Voss, A., Krueger, G., Henighan, T., Child, R., Ramesh, A., Ziegler, D.M., Wu, J., Winter, C., Hesse, C., Chen, M., Sigler, E., Litwin, M., Gray, S., Chess, B., Clark, J., Berner, C., McCandlish, S., Radford, A., Sutskever, I., and Amodei, D. (2020). Language Models are Few-Shot Learners. Thirty-fourth Conference on Neural Information Processing Systems (NeurIPS 2020).
  • International Organization for Standardization. (2021a). Results of a survey on standardization activities: Japanese institutions’ standardization activities in 2017 (implementation, knowledge source, organizational structure, and interest in artificial intelligence). Geneva: ISO Research library, ISO. Retrieved from https://library.iso.org/contents/data/results-of-a-survey-on-standardi.html [accessed 2023].
  • International Organization for Standardization. (2021b). Results of survey on standardization activities for 2018 (state of implementation, advanced technologies, and organizational design). Geneva: ISO Research library, ISO. Retrieved from https://library.iso.org/contents/data/results-of-survey-on-standardiza.html [accessed 2023].
  • International Organization for Standardization. (2021c). Results of the Survey on Standardization Activity (2019): Situation of Standardization Activities in Business Entities and Other Institutions. Geneva: ISO Research library, ISO. Retrieved from https://library.iso.org/contents/data/results-of-the-survey-on-standar.html [accessed 2023].
  • International Organization for Standardization. (2022). Status of Standardization Activities (Survey on Standardization Activities 2020) (Overview of Results by Industry and R&D Expenditures). Geneva: ISO Research library, ISO. Retrieved from https://library.iso.org/contents/data/status-of-standardization-activi.html [accessed 2023].
  • Nonaka, I. and Takeuchi, H. (1995). The knowledge-creating company: how Japanese companies create the dynamics of innovation. New York: Oxford University Press.
  • Ochi, M., Shiro, M., Mori, J., and Sakata, I. (2022). Predictive analysis of multiple future scientific impacts by embedding a heterogeneous network. PLoS ONE 17(9): e0274253. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0274253
  • Polanyi, M. (1966). The Tacit Dimension. London, UK: Routledge & Kegan Paul.
  • Stewart, T. A. (1999). Intellectual capital: the new wealth of organizations. New York: Doubleday.
  • Tamura. S. (2019). Results of a survey on standardization activities: Japanese institutions’ standardization activities in 2017 (Implementation, knowledge source, organizational structure, and interest in artificial intelligence). RIETI PDP 19-P-013.
  • Tamura. S. (2020). Results of Survey on Standardization Activities for 2018 (state of implementation, advanced technologies, and organizational design). RIETI PDP 20-P-023.
  • Tamura, S. (2021). Results of the Survey on Standardization Activity (2019): Situation of Standardization Activities in Business Entities and Other Institutions. RIETI Policy Discussion Paper Series 21-P-015.
  • Tamura, S. (2022a). Status of Standardization Activities (Survey on Standardization Activities 2020) (Overview of Results by Industry and R&D Expenditures). RIETI Policy Discussion Paper Series 22-P-015.
  • Tamura, S. (2022b). Questionnaire form of the Survey on Standardization Activities. (unpublished) (in Japanese).
  • Tamura, S.(2023). Results of the Survey on Standardization Activities in 2021 (an overview of standardization activities and the administration system). RIETI Policy Discussion Paper Series 23-P-017.
  • Tamura, S., Iwami, S., and Sakata, I. (2021). Knowledge Formation of MPEG: Analysis Using Bibliographic Clustering of Citation Networks. Synthesiology(シンセシオロジー), 産業技術総合研究所.

2023年12月22日掲載

この著者の記事