地域活性化への期待と現実-データによる数量的把握の重要性

後藤 康雄
上席研究員

高まる地域活性化の重要性

地域経済をいかに活性化するか、というのは古くて新しい課題である。特に最近では、地方の人口減少が深刻化するなかで地域をいかに再生していくかが重要な政策課題となっている。現政権は「地方創生」という旗印のもと、省庁横断的な「まち・ひと・しごと創生本部」の設置(2014年9月)、「まち・ひと・しごと創生会議」の開催(議長:安倍首相、2014年9月以降)、「まち・ひと・しごと創生法」の施行(2014年12月)、「まち・ひと・しごと創生総合戦略」(同)の策定と、このテーマに積極的に取り組んでいる。

地域活性化を単なるばらまきにしてはならないのは言うまでもないが、それは同時に、地域自身が活性化の方向性を考えていかなければならないことと表裏一体である。現政権も、地域の自主性は地方創生における肝と位置付けている。しかし、地域が自主性を発揮するというのは、言葉ほど容易なことではない。あらゆる政策がそうであるように、まず状況を把握することから始まり、そのもとで必要な対策を策定し、それを対策として具体的に実施するという手順を踏むことになるが、いずれにおいても困難が伴う。これまで良くも悪くも中央の政策に依存しがちであった地方の立場としては、入口の状況判断で戸惑うことになりかねないだろう。

数量的な把握の重要性-簡単な将来予測の例

地域が必要な対策を検討するためには、自らの状況を判断する数量データが不可欠である。特に少子高齢化という要素を鑑みれば、地域の現状把握はもちろんのこと、将来像の展望も必要である。いわば地域の現状と展望に関する「可視化」である。可視化による数量的な把握の重要性を、以下ではシンプルな試算例を通じてみてみたい。

図は、各都道府県が一定の経済的豊かさを今後も維持する、という前提のもとで、2025年時点の各県の就業者数を予測した一例である。"一定の豊かさの維持"については、各県の1人当たり所得(実質県内総支出)が過去の伸びを続ける、という想定で表現した。ここでの予測モデルは、経済規模と人口(特に労働力人口)の拡大が、いずれも就業者数を増やす方向に働く構造になっている。地域経済が豊かになるほど就業者数は増える一方、少子高齢化が進むほど就業者数は減少する(試算の詳細はこちら [PDF:342KB]を参照)。

将来の経済規模については上記の想定に基づく値を、労働力人口については国立社会保障・人口問題研究所の将来人口推計に基づく将来推計値を用いて、就業数が2025年まで年平均でどれだけ変化するかを予測した。結果をみると、一番高い+0.1%(沖縄県)からもっとも低い-1.5%(秋田県)まで幅広いレンジにばらついている。さらに、就業者1人当たりの所得、すなわち労働生産性を逆算すると、+0.2%(東京)から+2.0%(秋田)の間に分布する。ここで想定する"一定の豊かさ"を実現するためには、(あくまで試算の上でだが)この程度の生産性向上が必要になるということである。

図

ここまでの試算は1990年以降(すなわち「失われた20年」にほぼ相当)のマクロ経済状況を延長している面が強く、将来像としては控えめに過ぎるという見方もあるかもしれない。確かに、将来予測に際しての前提の置き方は色々あり得る。たとえば別のパターンとして、現政権が望ましいとする2%経済成長を各都道府県が達成するという想定を置いた場合に、就業者数と労働生産性の今後10年間の平均伸び率を予測すると、就業者数は+0.1%~-1.4%、必要な労働生産性は+1.9%~+3.4%となる。

以上はあくまでさまざまな前提を置いたうえでの試算例に過ぎないが、往々にして将来予測にありがちな"ブラックボックス"はなく、十分地域自ら行えるものである。こうした簡単な試算でも、感覚のみに基づく議論に比べ、地域運営に関わるボリューム的なイメージを具体的に得ることができる。さらに、地域自身の問題意識に基づいて次の判断材料の検討へと進むこともできる。たとえば、地域の目標の実現にはどの産業を重点的に伸ばしていくのが妥当か、といった判断をすることなどが考えられる。あるいは、先の試算では考慮していなかった人口移動やそれに伴う集積効果の見積もりへと推計の対象を拡大していくことなども有効であろう。

今後の課題

地域自身が数量的な把握を行うためには、地域経済関連データの存在が必須だが、そうしたデータとしては既にさまざまなものが整備されている。多くの政府統計が、少なくとも都道府県レベルの地域データをホームページで公開しているほか、民間データベース会社が地域経済統計を収録したデータベースを提供している。また、地域経済データを非常に簡単な手順でダウンロードしたり、ビジュアル的に一覧できる「地域経済分析システム(RESAS)」というシステムが、まち・ひと・しごと創生本部から公開されたばかりである(2015年4月)。

政府統計を高度に加工して地域の実態に迫ろうとする有益なデータもある。たとえば、経済産業研究所「都道府県別産業生産性(R-JIP)データベース」は、わが国の地域間生産性格差などを分析するための基礎資料として、47都道府県別×23産業別の付加価値、資本・労働投入などの年次データを整備したものである。また、産業間の生産活動の波及をとらえる産業連関表が、都道府県などの地域レベルで作成もされている。

ただし、地域が自ら数量的な把握・検討を行うにはいくつか課題がある。まず1つは、さらなるデータの整備である。地域の区分が細かくなるほど統計は少なくなっていく。データそのものは世の中に存在していても、時系列で捉えようとすると膨大な手間を要することもしばしばである。政府統計のサイトやRESASは、必ずしも過去のデータをすべて網羅しているわけではない。

また、入手したデータを扱うには相応のスキルが必要だが、各自治体がそうした人材を十分確保しているとは言い難い。2つめの課題としては、こうした地域データを適切に扱える人材を確保したり、適宜アウトソースしていくことが挙げられる。

3つめの課題は上記のいずれにも関係する本質的なことだが、地域としてどのような問題意識を持つかである。住民の減少に歯止めをかけることを最優先するのか、労働力人口を重視するのか、経済規模の拡大がゴールなのか、そのための施策として人口流入を有力な選択肢にするのか、地域内の努力の範囲とするのかなど、地域の実情や問題意識によって政策的な重点項目も変わってくる。ひいては、検討を進めるために必要なデータやモデルも異なり得る。

これらの課題は悠長に構えていられるものではない。「まち・ひと・しごと創生法」では、2015 年度中に、都道府県と市町村に「地方版総合戦略」の策定を求めている。かねてより地域自身が重要性を訴え続けてきた地域活性化は、いやおうなしに地域自らが実行する段階に入ってきている。

[謝辞]本稿の作成にあたっては、試算の詳細を含め、小野有人・中央大学教授、大庫直樹・ルートエフ株式会社代表取締役から有益な示唆を多数頂戴した。また、科研費研究(26285068)の一環としてプロジェクトメンバーである照山博司・京都大学教授、関沢洋一・経済産業研究所上席研究員とのディスカッションも有益であった。ただし、あり得べき誤りはすべて筆者に属する。

2015年5月28日掲載

2015年5月28日掲載

この著者の記事