5月16日に政府関係閣僚による「電力需給に関する検討会合」(注1)において、今夏においてもわが国の電力需給が厳しい状況となる見通しが明らかにされた。昨年までは東日本における電力需給ひっ迫が懸念されていたが、今夏は一転して西日本の状況が厳しいようだ。予備率でみると関西電力管内では1.8%、九州電力管内では1.3%と、電力の安定供給に最低限必要とされる3%を大幅に割り込む見通しである。比較的余力のある東日本から西日本へ東西連系線(周波数変換装置(FC))を通して電力融通を行えば、中西日本の予備率は3.4%となることから、東西連系線の重要性に対して改めて注目が集まっている。
供給力の不足した地域に他の地域から電気を融通することの重要性は震災後、色々な場で議論がされてきた。とりわけ一国内で異なる電気の周波数を持つわが国では、東西連系線で周波数をいったん直流に戻すことで変換している。この東西連系線が現状では120万kWという容量制約下にあり、十分な余裕がないことが震災後に東京電力管内にて計画停電をせざるを得なかった一因との指摘がなされた。また、地域間の競争を抑え、供給区域(エリア)単位での独占的供給を維持するために、一般電気事業者は連系線の設備増強に消極的だったのではないかとの疑問も投げかけられた。こうした指摘や疑問を出発点として電力システム改革の検討が始まったことを想起すれば、改革の第1弾として広域的運営推進機関を設置するという点は納得がいく。今後は、わが国の電力供給力を最大限活用するために、広域的推進機関がエリアをまたぐ需給調整や系統運用を行うことになる。そうした中で連系線増強も議題になることだろう。
東西連系線増強の経済メリット
どうして連系線が重要なのだろうか。最近、大手電力会社が自らのエリア外への進出を相次いで表明しているが、それが可能なのは連系線があるからである。消費者にとってみれば、連系線を通じてエリア外から安い電気を購入できる可能性が出てくる。経済学的に見ると、連系線のメリットには大まかに(1)競争の促進(市場支配力の抑制)効果、(2)発電の裁定効果の2つがある。本稿では(2)について議論をしたい(注2)。
図表1のようにエリアAとエリアBとで限界発電費用が異なるとき、連系線を通じてエリア間で電力を融通することによって、両エリア全体での発電効率が上がる。エリアAからエリアBへ電気を流すことで、エリアAでの発電費用増を上回ってエリアBでの発電費用が低下するからである。このとき経済学的には、連系線を用いることで青斜線分だけの経済メリットが生じる。

東京大学の大橋研究室では、電気学会の系統モデル(EAST30機/WEST30機モデル)を用いて、2013年の電力需給を再現し、東西連系線を増強することの経済メリットをシミュレーション(数値計算)した。電気学会の系統モデルは、自由化開始後の2001年からデータの更新がなされていないために、大橋研究室にてデータが公開されている3万kW以上の定格出力を持つ605の発電所(2.46億kW相当)を収集して系統モデルの60ノードに振り分け、潮流計算ソフトを用いてシミュレーションを行った(注3)。その結果を示したものが図表2である。図表では原子力発電の稼働率の違いと、太陽光発電(以下「PV」)の普及量の違いという2つの次元に場合分けをして数値計算を行っている。2013年時点において、年間変動費(燃料費と起動費の和)が削減されることによる東西連系線の増強メリットは、現状の120万kWから90万kW増強で28億円/年、180万kWの増強で10億円/年となることが分かった(注4)。平均の限界発電費用は、東・西日本で2013年の年間平均で0.42円の差があったが、増強に伴って0.18円(90万kW増強)、0.06円(180万kW増強)と縮小する。この連系線の経済メリットは、原子力発電の稼働率と共に上昇し、仮に原子力稼働率が64%(2005年から2010年までの平均値)となると、90万kW増強で93億円/年となる。またPV普及がさらに進むと(注5)、東西連系線増強のメリットは増すことが分かる。ここではPVを取り上げたが、再生可能エネルギーの導入メリットは一般的に連系線を増強することによって高まることになる。
年間変動費 a)(兆円) | 増強シナリオによる年間変動費の削減額(億円) | |||||
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原子力 | PV導入量 | 120万kW | 210万kW | 300万kW | 90万kW増強 (120万kW→210万kW) | 180万kW増強 (210万kW→300万kW) |
2013年の実稼働 b) | 未導入 | 8.68 | 8.67 | 8.67 | 24.6 | 9.9 |
898万kW d) | 8.52 | 8.51 | 8.51 | 28.1 | 9.9 | |
2786万kW d) | 8.18 | 8.18 | 8.18 | 35.2 | 16.4 | |
6658万kW d) | 7.55 | 7.54 | 7.54 | 51.6 | 22.9 | |
稼働率64%シナリオ c) | 未導入 | 5.41 | 5.40 | 5.40 | 86.9 | 41.0 |
898万kW | 5.28 | 5.27 | 5.26 | 9.27 | 4.80 | |
2786万kW | 5.01 | 5.00 | 4.99 | 108.3 | 65.0 | |
6658万kW | 4.51 | 4.50 | 4.49 | 129.3 | 77.2 | |
注a) 変動費は燃料費と起動費の合計額。注b) 2013年においては、大飯3号が2013年9月2日まで、大飯4号機が同年9月15日まで稼働していた。注c)2005年度から2010年度までの時間稼働率の平均値。福島第1原子力発電所第1号―第4号機以外が稼働するものと仮定した。注d) 898万kWは2013年6月末実績。2786万kW(2020年中位予測値)、6658万kW(2030年中位予測値)は、環境省「低炭素社会づくりのためのエネルギーの低炭素化に向けた提言(平成24年3月)」による。 |
なおここで紹介した東西連系線増強の経済メリットは、電力システム改革小委員会(以下、「詳細WG」)で示されたメリット(約600億円)と大きく乖離している(注6)。詳細WGの数字は全国の地域間連系線に対して推定されたものなので、ここで紹介した分析と対象が異なるものの、詳細WGの数字がどのようなデータや手続きで導出されたのか、アカデミックの観点からも興味深い。連系線増強には、発電費用の低減だけでなく、緊急時の応援融通を可能とする選択肢を与えるなどのメリットがあることもある。いずれにしても連系線増強のためのコストは電力(託送)料金の上昇という形で国民の負担増となることから、増強を判断する際には、検証可能な形で費用対効果の評価が行われることが大前提になるだろう。
公開データや基礎モデルが乏しいわが国の電力市場
この分析作業を通じて私たちが痛感したことは、わが国の電力市場を分析するに当たり、議論の前提となる系統モデルが貧弱であり、かつ公開データもきわめて乏しい点であった。日本全国で60ほどしか地点がない全国の系統モデルは、わが国の実態を模擬したものとはとても言いがたい。また発電データについても、これまででさえ十分とは言い難かった情報公開が、2001年の自由化以降にさらに後退している。ここで紹介した結果は、発電機の燃料備蓄制約や最低出力制約等の仮定の置き方によって数字が変わるが、参照すべきデータがないことから合理的と思われる仮定を置いてシミュレーションを行わざるを得なかった。
私たち研究者は客観的なデータを糧にして研究を行っている。他国と比較してわが国で電力市場を専門とする人材が育っていないとすれば、それは公開データや基礎モデルの貧困さを反映していると考えられはしないだろうか。小売自由化や発送電分離といった人目を惹く言葉が飛び交う電力システム改革だが、その内実はきわめて専門的で高度な内容を含んでいることは本稿からも明らかだろう。電力システム改革が成功するかどうかは、電力に関わる専門家のすそ野が今後どれだけ広がっていき、そしてその専門的な知見の底上げがどれほどなされるかに大きく依存していることは間違いない。