特別コラム:東日本大震災ー経済復興に向けた課題と政策

政治の安定と大震災後の経済成長

森川 正之
副所長

東日本大震災からの復旧・復興は、言うまでもなく現下の日本の最重要課題である。こうした中、政治情勢は震災前とは様変わりし、与野党の協力によって被災者・被災地への対応が迅速に進められている。日本経済が戦後最大の危機に直面する中で、新聞等では「大連立」の可能性なども報じられている。

政治の安定性と経済成長

東日本大震災の直前まで、いわゆる「ねじれ国会」状況の下、内閣支持率は低下を続けていた。遡ると長期政権だった小泉内閣が2006年9月に幕を閉じて以降、在任約1年以下の短期の内閣が4代にわたって続いていた。民間経済主体にとって、政治の不安定性は政策に対する予測可能性を低下させ、積極的な投資計画や消費計画を難しくする。ことに研究開発や新規採用等の人材投資は本質的に長期の投資なので、制度・政策の安定性が意思決定の前提となる。政治の安定・不安定は、経済パフォーマンスに対して大きな影響を持つ可能性がある。

政治の安定性と経済成長率の関係については、クロスカントリー・データを用いた成長回帰(Growth Regression)による実証分析が多数行われてきた。やや古いが代表例としてBarro (1991)は、革命・暗殺といった政治的不安定性の指標が、経済成長率や投資に対して負の影響を持つことを示した。また、Senhadji (2000)は、88カ国のデータで生産性(TFP)の水準を決定する要因を分析し、政治的安定性の高い国ほどTFPが高いという関係があることを報告している。

最近、Aisen and Veiga (2011)は、169カ国の2000年代半ばまでをカバーするパネルデータを用いて、政権交代の頻度と経済成長率の関係を分析している。そこでは首相の交代又は閣僚の半数以上の交代が政権交代の指標として用いられている。当然のことながら期首の1人当たりGDP水準、投資のGDP比、教育水準、人口増加率、貿易の開放性といった一般に経済成長率に影響を与えると考えられている諸要因をコントロールしている。推計結果によると、政治の不安定性は1人当たりGDP成長率を低下させる関係があり、定式化によって幅があるが1年当たり政権交代が1回増えると成長率にマイナス1.5~2.5%ポイントの負の影響がある。そして、頻繁な政権交代の成長率への影響のルートは、TFP上昇率の低下が約6割、物的資本、人的資本の蓄積の低下を通じた影響がそれぞれ約2割の寄与度という結果である。

主な成長政策との比較

大震災前、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定が、社会保障・税制の一体改革とともに最重要の政策課題であった。内閣府の試算によれば、TPPはGDPを3.2兆円高める効果があるとされている。こうした試算は政策の「水準効果」を示すものであり、現在のGDPは約480兆円だから、仮にTPP参加の効果が10年間で実現するとすれば、その間を通じてGDP成長率を高める効果は平均年率0.1%弱と解釈できる。現実には日本経済の開放性を高めることによって海外の優れた知識・技術の国内へのスピルオーバーが拡大するなどの「成長効果」が加わるはずだから、この試算値はかなり控えめな数字と理解する必要があるが、一応の目安ではある。

研究開発の促進は、キャッチアップを終えた先進国の経済成長にとって中心となる成長政策であり、日本を含む主要国は自国内のイノベーションを支援するために多くの政策を講じている。研究開発の経済効果については内外で夥しい数の実証研究が行われてきているが、研究開発の社会的収益率に関する標準的な推計結果に基づいて概算すると、研究開発投資のGDP比率が1%ポイント高まると経済成長率は年率0.3~0.4%ポイント程度高くなるというマグニチュードである。

こうした代表的な成長政策の効果と比較したとき、政治の安定の経済成長への寄与は量的に見て相当に大きい。前述の通り、最近の日本の内閣の平均存続期間は1年を下回っていたが、これが仮に2年間ならば、GDP成長率は年率1%ポイント程度高くなる計算になる。定量的にこれに匹敵する可能性のある単一の経済政策は容易には見当たらない。もちろん、ここで見た数字は多数の発展途上国を含む多数国のデータでの回帰分析に基づく平均的なものだから、あくまでも機械的な計算に過ぎないことを留保しておく必要がある。

おわりに

当面は被災者の救済、被災地の復旧、福島第一原子力発電所事故の収束が最優先課題である。数カ月の時間的視野では、夏の電力不足への対応が急がれる。こうした状況において中長期の経済成長を論じるのは時期尚早かも知れない。しかし、企業・家計をはじめとする経済主体にとっての不確実性を低減し将来の予測可能性を高めることは、投資や消費の正常化を通じて円滑な経済復興にも寄与するはずである。

一段と厳しさを増す財政事情の下、社会保障・税制の一体改革をはじめ、政治的コンセンサスが不可欠な政策イシューが控えている。筆者は、政治体制自体のあり方について云々する立場にはもちろんないが、今後、どういう形であれ日本の政治が安定していくならば、それ自体が「成長政策」として大きな効果を持つ可能性があり、日本経済の本格的な復興を後押しすることにもつながると期待している。

2011年4月6日

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参照文献
  • Aisen, Ari and Francisco José Veiga (2011), "How Does Political Instability Affect Economic Growth?" IMF Working Paper, No. 11/12.
  • Barro, Robert (1991),"Economic Growth in a Cross Section of Countries," Quarterly Journal of Economics, Vol. 106, No. 2, pp. 407-443.
  • Aisen, Ari and Francisco José Veiga (2011), "How Does Political Instability Affect Economic Growth?" IMF Working Paper, No. 11/12.

2011年4月6日掲載

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