経済・金融の国際的緊張が続く2011年

後藤 康雄
上席研究員

金融面で歴史的な2010年

2010年もさまざまな経済的な出来事があったが、特に金融の分野では重要な1年であった。金融政策では、日米をはじめとする先進諸国が、当たり前のように「非伝統的金融政策」を繰り出すようになった。乱暴な言い方だが、日本銀行が、株(ETF)や不動産(REIT)を買う時代に入った。国際金融システムは大きく揺らいだ。先進国の一角を占める欧州諸国で、ソブリン・リスクが一気に顕在化した。特にギリシャは実質的な財政破たんに追い込まれた。

こうした大きなイベントが発生したというだけでなく、これらはさまざまな国際的摩擦を生んでいる。経済状況が厳しい先進諸国は超緩和的な金融政策を行っているが、先進国自身の経済状況はなかなか改善しない一方で、金融緩和を背景とした大量の投機マネーが、先進国から途上国や商品市場に流入している。特に、為替制度を固定的に運営している新興諸国(中国など)に投資すれば、それほど為替リスクを負わずに利ざやが得られるため、投機マネーの流れも激しくなりがちである。こうした投機マネーは新興国の景気や資産市場を加熱させ、中国をはじめインフレ圧力が深刻なレベルに達している。その結果、金融政策をめぐって先進国と途上国の間で大きな対立が生まれている。

しかし、新興国側も、必ずしも先進国を非難できるばかりの立場にはない。国際的な投機を促す重要な要素として、新興国側の固定的な為替制度がある。特に中国は、人民元を(徐々に柔軟化しているとはいえ)いまだに米ドルに対して固定的にリンクさせている。こうした固定的な為替制度は、しばしば国際的な経済論議の大きな争点となる。

ソブリン・リスク問題も大きな国際的対立を生んでいる。ユーロ圏諸国は、通貨についてはユーロを共通に用いているが、経済状況はまちまちである。ソブリン・リスク問題が顕在化して厳しい状況に陥っている国々もあれば、ドイツのように景気が堅調を続けている国もある。ソブリン問題を抱えている国々でも、国内事情はさまざまである。通貨が単一である以上、金利政策も共通とならざるを得ないが、どの国の状況に照準を合わせて政策を運営すべきなのか、根深い対立を生んでいる。もし金利政策をきめ細かく使えないのであれば、経済が好調なドイツが他の国々への財政的支援を強めるべきではないか、といった対立の構図も生じている。

基本構図は2011年も変わらず

2010年は、広い意味での金融分野で大きな出来事が発生し、多くの国際的対立を招いた年であったといえよう。なぜ、このような火種だらけの状況に至ったのだろうか。個別にみればさまざまな背景が指摘されるだろうが、ここでは大きく2つ指摘したい。まず1つは途上国、とりわけ中国の台頭である。金融政策にしても為替制度にしても、対立の構図の片側には、中国を筆頭とする新興国がある。新興国の経済的プレゼンスが小さいうちは、先進国との対立がそれほど目立つことはなかったが、存在感が高まるにつれ、対立は先鋭化してきている。それでも先進国から新興国への資本フローがバランスよく流れていればよい。先進国にとっては新興国が投資マネーの受け皿となって、投資収益をもたらしてくれるし、新興国側は海外資本を梃子とした経済成長が実現できる。しかし、そのバランスが崩れたり、どちらかの側に望ましくない事態が生じた場合、両者の折り合いをつける政策的な仕組みは無い。

もうひとつ世界経済の不透明感や対立を生んでいる大きな背景は、米国バブル崩壊の余波である。2000年代に入って金融緩和等を背景に膨らんだ米国のバブルは、2008年秋のリーマン・ショックのあたりを境に崩壊した。これは世界経済にとって、極めて大きな負のショックであった。各国の緊急避難的な政策発動により、世界経済は危機的状況を回避したようにみえる。しかし、最悪の事態こそ避けられたものの、その余波はおさまっていない。先進国の景気は綱渡りの状態が続いている。ここで政策の下支えをはずすと、再び急速に悪化するリスクがある。先進国側としては、なかなか超金融緩和の状態を修正することができない。

欧州のソブリン・リスク問題を生んだ遠因も、リーマン・ショック後の財政・金融を通じた全面的な景気刺激策である。もともと規律が効きにくかったギリシャの財政は、それにより一段と悪化したし、スペインなどでは金融緩和が不動産バブルを膨らませた。それらが欧州のソブリン・リスク問題を招来したという流れにある。

リーマン・ショック後の世界経済は、「100年に1度」などとも表現される急激な悪化を経験した。各国とも余裕を失い、政策面の思考も内向きとなり、それがさまざまな国際的な政策対立を一段と先鋭化させる土壌を形成している面もある。

以上で述べた大きな背景要因、すなわち新興国の台頭と米国バブル崩壊の余波のいずれも、2011年に解消するような要因ではない。新興国の存在感はむしろ高まっていくであろう。また、米国バブル崩壊の影響も残り続けるとみられる。たとえば、わが国のバブルの経験を振り返ると、1980年代後半から3~4年かけて膨らんだバブルが崩壊した後、その事後処理に10~15年もかかった。これは時間をかけ過ぎだったが、とはいえ米国も2000年代初頭から4~5年かけて膨らんだ大規模なバブルの抜本的な処理には、それなりの時間がかかると覚悟すべきであろう。

そもそも国際社会は、冷戦崩壊後の世界的な秩序を確立できていない。2011年の内外経済は、新たな国際システムを模索するなかで、金融・経済面の緊張も続くとみられる。わが国の立ち位置はどうあるべきか、世界的な座標軸のなかで日本経済を考えていく視点が重要になるだろう。

2011年2月1日

投稿意見を読む

2011年2月1日掲載

この著者の記事