国際化とイノベーションの好循環
2002年から2007年末にかけて、日本は戦後最長といわれる景気回復を経験した。しかしこの間の経済成長は旺盛な輸出需要によって主に牽引されており、世界経済の好調を取り込んだ輸出産業と家計消費の伸び悩みに直面したサービス産業、また海外進出が進んだ大企業と限定的な中小企業の間で顕著なパフォーマンスの差が観察された。こうした歪みを抱えた景気回復は、中小企業を含む幅広い主体がグローバル化の果実を享受できる経済構造へ転換する必要性を強く認識させるものであった(注1)。輸出や現地進出といった企業活動の国際化は、単なる海外需要の確保以上の意味を日本企業の成長において有すると考えられる。すなわち、海外市場との接触は先端技術の吸収や新製品・サービスの開発、現地消費者の嗜好をとらえたブランド戦略といった、広義のイノベーションの機会をもたらす。こうしたイノベーションの成功は更なる海外市場の獲得を可能にする。「国際化とイノベーションの好循環」の存在は近年の研究や個別事例によって裏付けられているが(注2)、大企業と比較して国際化の余地が大きい中小企業において、今後より顕在化が期待される。海外市場の取り込みと国際競争力のある新商品の創出を相乗的に実現することは、中小企業がグローバル化を脅威ではなく、自らの成長の原動力として活用する上できわめて重要な挑戦といえる。
こうした問題意識を背景に、RIETIと京都大学経済研究所は去る2月15日に標記の公開シンポジウムを開催した。本稿では企画担当者の視点から、当日の議論から得られた主な示唆とこれを踏まえた考察を報告する(注3)。
「臥龍企業」の存在と国際化の初期費用
国際化支援は近年の中小企業政策における重要施策の1つである。海外進出には大きな初期費用がかかるため、本来はこれをカバーしても利益を得られる生産性の高い企業のみが国際化できる(注4)。したがって、上記のような好循環をより幅広い企業において実現する観点からは、国際化の参入費用を低減させる政策が意義を持つ。こうした初期費用としては海外市場の情報収集や現地販路の確保にかかるコストが想定されるが、これらに対応する海外情報の提供、海外販売支援等の幅広い支援施策が日本貿易振興機構(JETRO)等により実施されている。一方、東京大学の戸堂康之准教授は、輸出企業と同程度の生産性を有しながら国際化していない企業(「臥龍企業」)が多く存在することを指摘している(注5)。こうした企業の存在は、既存の施策が中小企業にとってより本質的な初期費用を捉えきれていないことを示唆する。たとえば、海外進出に際しては所得水準も文化も異なる外国市場に国内製品を持ち込むことはできず、現地市場で売れる製品の開発や仕様変更が必要になる。また、激しい国際市況の変動に耐えうる頑健な財務体質を構築することも求められる(注6)。こうした取り組みは中小企業の国際化にとって重要な前提条件であり、無視できない時間と費用を要すると考えられるが、従来の国際化支援施策の対象には含まれていない。
海外進出後のイノベーションの条件
海外進出を果たした企業がイノベーションに成功する上では、もともとこうした企業がイノベーション活動に熱心であることが要件になる。専修大学の伊藤恵子准教授は、事前にR&D活動を行っている企業がそうでない企業より、輸出開始後に高い生産性の上昇を実現することを示した。また、現地市場からイノベーションのシーズを収集できる有効な仕組みを持つことも必要である。こうした観点からは、現地市場に直接接触するB to Cの取引や、B to Bの場合も日本企業の現地法人だけでなく地場企業との取引を有すること、とくに質の高い情報をもたらす現地パートナーを持つことが重要であると考えられる。現地における地場企業や外国企業との交流や協働を通じた新製品の開発も、国際化によるイノベーションの新しい姿として今後発展が見込まれる。たとえば、日本のものづくり企業がマーケティングやデザイン機能を有する外国企業と組み、アジア市場向けの製品を開発するケースが想定される。このように海外進出後の現地市場への浸透や新ビジネスの展開に対する支援は、中小企業が海外進出をイノベーションに結び付ける上で重要な役割を果たすと思われるが、海外進出自体の支援策ほどは充実していないのが実態である。
少子高齢化に伴う国内市場の縮小とグローバル化の浸透により、日本企業がその存続と発展のために世界市場に目を向けなければならない時代が再び到来した。こうした中、グローバル企業としての高い潜在可能性を有する中小企業の国際化とイノベーションは、日本経済に多様性とダイナミズムをもたらすことが期待される。他方、中小企業の国際化を阻んでいるものが、資金制約や海外進出のリスクを取れない財務体質という中小企業性に起因する要素である場合、有効な国際化支援には既存の枠を超えた金融面での措置も含む輸出企業としての条件整備支援が必要となるかもしれない。こうした前広な支援パッケージはJETROと中小企業支援機関との有意義な連携施策となりうるが、全ての中小企業を一律に対象とするのではなく、客観的な基準から評価して国際化をイノベーションにつなげられる見込みが高い企業に重点化するべきである。こうした判断基準としてはたとえば研究開発活動の密度が考えられる。R&D活動には新しい知識や技術の吸収能力を高める効果があるため(注7)、R&D活動の密度の高い企業はより国際化をイノベーションにつなげる可能性が高いと考えられる。これまでの国際化支援は海外進出自体を政策目標としていた感があるが、今後は「国際化を通じて実現するもの」をより念頭に置いた政策的視点が必要ではないか。今回の「国際化とイノベーションの好循環」を巡る議論が、こうした政策形成に貢献することを期待したい。