労働組合・人的資源管理と生産性

森川 正之
副所長

労働組合組織率の傾向的低下

世界的な経済危機により総需要が減少し、雇用情勢の悪化が続く現在、生産性向上への関心はいくぶん低下している。しかし、中長期で見れば、少子高齢化・人口減少が進む中、生産性向上は重要な政策課題であり、今後、景気回復に伴って再び経済政策の焦点の1つになることが予想される。以下では、労働組合や人的資源管理と生産性の関係について筆者が行った実証研究を含めて論じたい。

企業別労働組合は、長期雇用慣行・年功賃金とともにいわゆる日本型雇用慣行の特徴の1つだった。高度成長期に製造業を中心に展開された「生産性運動」には労働組合も参加し、労使協力を通じて生産性向上に努力した。最近では、「サービス産業生産性運動」に労働組合の代表者がコア・メンバーとして参加している。

他方、日本の労働組合組織率は低下の一途をたどっており、戦後ピーク時に50%を超えていた組織率は2008年には18.1%まで低下している(厚生労働省「労働組合基礎調査」)。日本だけでなく米・英・独・仏など主要国でも労働組合組織率の低下は続いている。

労働組合と企業の生産性

労働組合と生産性の関係は、労働経済学や労使関係の専門家の間で古くから関心を持たれたテーマであり、内外を問わず極めて多くの先行研究がある。労働組合は労働者のボイスの集約を通じて経営者・管理職とのコミュニケーションを円滑化し、企業の生産性を高める可能性がある一方で、労働組合には独占者という面があり、これが生産性に対して負の影響を持つ可能性があることが指摘されている。多数の実証研究結果によれば、欧米諸国における労働組合が生産性に及ぼす効果の推計結果は符号の正負を含めて相当な幅があり、無関係又は小さな正の効果というのが現時点での一応のコンセンサスである。(注1)特に米国では、労働組合が賃金を高める効果に比べて生産性への効果はずっと小さく、結果として企業の収益性に対して負の影響を持つと考えられている。

日本でも労働組合の生産性効果に関していくつかの実証研究があるが、符合を含めて結果は分かれている。日本の研究はほぼ全て分析対象が製造業に限られており、企業データを用いた研究にあってはサンプル企業数が少ない、付加価値ベースでの労働生産性や全要素生産性(TFP)を用いた分析はほとんどないなどの限界がある。また、多くは生産性に対する労働組合の「水準効果」を分析しているが、生産性の「伸び」は扱われていない。

こうした状況を踏まえ、森川(2008)は、製造業・非製造業をカバーする多数の企業データを使用し、労働組合プレゼンスと生産性の関係を分析した。(注2)分析自体は単純なもので、企業規模、業種等をコントロールした上での労働組合のある企業とない企業の生産性の違いを計測した。分析結果によれば、米国の先行研究と異なり労働組合の存在は当該企業の生産性(労働生産性、TFP)の水準および伸びに対して統計的に有意な正の効果を持っており、そのマグニチュードは生産性の水準に対して10%~20%、生産性上昇率に対して年率0.5%前後と無視できない大きさであった(図1)。

図1:労働組合の生産性水準に対する効果(2004年)
図1:労働組合の生産性水準に対する効果(2004年)

一方、労働組合が存在する企業は労働組合がない企業に比べて総従業者数の減少率が大きく、その大部分はフルタイム労働者ではなくパートタイム労働者数の変化率の違いに起因していた(図2)。ちなみに「労働組合基礎調査」によれば2008年のパートタイム労働者の労働組合組織率は5.0%と2005年の3.3%から上昇しているものの絶対水準は非常に低い。日本の労働組合は急増している非正規労働者を取り込む形で生産性向上を実現するには至っていない。企業別労働組合が今後パートタイム労働者をはじめとする非正規労働者にどのように関わっていくかは、日本経済の成長力向上と格差是正とをどう両立していくかに密接な関係がある。

図2:労働組合と雇用変動(1998~2004年)
図2:労働組合と雇用変動(1998~2004年)

人的資源マネジメントの重要性

人材の質やモチベーションが組織の生産性を強く規定するのは当然である。最近のマイクロレベルでの生産性研究は、研究開発やIT投資の生産性効果の計測から踏み込んで、その背後にあるコーポレート・ガバナンスや企業内のインセンティブ・システムに焦点を移してきている。すなわち、インセンティブ報酬、企業内訓練、チーム編成、柔軟な業務配分等各種の人的資源管理と生産性の関係を分析する研究が活発に行われるようになってきており、多くは良好な人的資源管理が生産性にプラス効果を持つことを示している。

上で紹介した筆者の分析は、労働組合以外の労使関係に係る情報を含んでいないため、労働組合が存在する企業が同時に優れた人的資源管理を実行しているために生産性が高くなっている可能性を排除できない。この場合、労働組合の存在は、良好な人事マネジメントの代理変数となっている可能性がある。このあたりは既存の統計データでの分析には限界があるため、アンケート調査やインタビュー情報と組み合わせるなどの工夫が必要となる。RIETIの「日本における無形資産の研究」プロジェクトでは、こうした要素も考慮に入れた調査を行っており、今後、その成果が期待される。

この文脈での今日的な論点としては、ワーク・ライフ・バランス(WLB)と生産性の関係が挙げられる。Bloom and Van Reenen (2006)は、米・仏・独・英企業を対象としたサーベイ調査に基づいてこの点について分析し、良好なWLBは高い生産性と有意な正の関係を持っているが、WLBと生産性の関係は「経営の質」全般をコントロールすると消失するという結果を示している。その上で、企業に対して政策的にWLB導入を強制する根拠は弱いが、企業の立場からはWLBと生産性の間に負の関係がないことから、WLBのコストは正当化できると論じている。(注3)特に、女性労働者の比率が高いサービス産業の生産性向上を考える上で重要な研究課題である。RIETIでは、「ワーク・ライフ・バランス施策の国際比較と日本企業における課題の検討」プロジェクトにおいて国際比較調査を行うなど、この問題について精力的に研究を進めている。

2009年10月13日
脚注
  • (注1)Hirsch, Barry, T. (2008), "Sluggish Institutions in a Dynamic World: Can Unions and Industrial Competition Coexist?" Journal of Economic Perspectives, Vol. 22, No. 1, pp. 153-176.
  • (注2)森川正之 (2008), 「日本の労働組合と生産性」, RIETI Discussion Paper, 08-J-030.
  • (注3)Bloom, Nick and John Van Reenen (2006), "Management Practices, Work-Life Balance, and Productivity: A Review of Some Recent Evidence," Oxford Review of Economic Policy, Vol. 22, No. 4, pp. 457-482.

2009年10月13日掲載

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