行政組織の経済分析-メリット・デメリットの比較衡量

安橋 正人
コンサルティングフェロー

行政組織の改革は引き続き重要課題

1996年の行政改革会議の設置以降、中央省庁再編や特殊法人等の整理合理化が実現し、今日まで行政組織の改革は、我が国の政策における中心的なテーマとなってきた。今後もさまざまな形で改革が実施されていくと考えられる。

もちろん、行政組織の改革は、国民が負担するコストを最小化し、行政サービスを効率化することが目的であるが、その実現に当たっては、行政組織を改変することのメリット・デメリットは何であるか、また、どのような条件下でメリットが生じるかを分析することは、極めて重要である。

そこで、本コラムでは、現実の独立行政法人(以下、独法)のケースと、企業を規制する中間機関を設立するケースの2つの分析について、経済学の一分野である契約理論(contract theory)をベースにした研究を紹介したい。

独立行政法人制度の経済分析

我が国の独法制度は、国や特殊法人の問題点を踏まえ、2001年4月より、行政改革の目玉として実現した。この制度では、各府省の政策の実施部門のうち、国が自ら主体となって直接に実施する必要はないが、民間では実施されなくなる恐れのある一定の事務・事業を分離し、これを担当する機関に独立の法人格を与えることで、業務の質を向上させ、事務・事業を効率的かつ効果的に行わせることを目的としている。2009年8月末現在、99の独法が活動している。

この独法制度には、従来の国や特殊法人といった行政組織にはない、次のような特徴を有している。

  • 中期目標の管理と評価(主務大臣が定めた3~5年の中期目標について、外部委員で構成される独法評価委員会によって、客観的な評価を受ける)
  • 財務運営の弾力化(「独立行政法人会計基準」を適用し、渡し切りの運営費交付金を受けて内部留保や移流用を認める)
  • 組織・人事管理の自律性(役員の公募など、独法による自律的な運用が可能)
  • 情報公開による透明性の確保(財務、業績等の独法運営に関する幅広い事項を外部に公開する)など

このような独法制度について、経済分析を試みたのが赤井(2006)(注1)である。赤井(2006)は、上記の特徴を持つ独法の性質を、(1)目標の明確化+計画+政策評価を通じた説明責任の達成(情報公開)、(2)インプットの裁量、(3)インセンティブ契約とまとめた上で、独法システムの特徴を契約理論のワードで整理・考察している。赤井(2006)の分析結果を、以下で簡単に紹介しよう。

まず、独法の業務が、政府(所管官庁)から見て、観察不可能なインプット(独法の自発的な努力など)に主に依存する場合、独法化は既存の行政組織よりも望ましくなる。独法制度では、観察可能なアウトプット(経済産業研究所であれば、論文の発表数、カンファレンスの開催数など)を外部が評価するとともに、財務運営の弾力化など独法のメリットを担保することで、観察不可能なインプットをうまく引き出すことにより、同時に効率的な行政サービスを実現することを意図している。したがって、行政サービスの質が、実施主体の努力水準に左右される割合が大きいような業務であれば、独法化することが望ましいといえる。その一方で、行政サービスが、観察可能なインプット(たとえば、労働者の人数や運営資金など)だけで遂行可能な場合はどうであろうか。この際には、既存の行政組織である国が、社会にとって望ましいインプット水準を直接に決定すればよい。逆にインプット水準を独法に決定させると、社会にとって望ましい水準と一致しなくなる可能性がある。

また、独法がリスクに対して敏感であれば、既存の行政組織の方が望ましくなる。成果に基づくインセンティブ制度の場合、万が一に成果が出せなかったときに、運営費交付金の削減などペナルティを課せられることになる。もし独法が極度にリスクを嫌うような状態にあれば、インセンティブ契約の意味はなくなってしまう。実際、独法の多くは、国や特殊法人を由来としていることから、インセンティブ制度を効果的に機能させるためにも、独法がリスク・テイクできるような環境を整備することは重要であろう。

以上のように、赤井(2006)の分析から、独法制度の導入が、必ず社会厚生を高めるとは限らず、いわばメリットとデメリットの双方が存在し、条件にも依存するということがわかる。もちろん、この分析によって、個別の独法や制度全体の可否を論じることは不可能であることには留意すべきであるが、このようなメリットとデメリットを十分に把握した上で、制度運営を進めていく必要があるだろう。

行政組織を分割することの経済的効果は?

次に、同じく契約理論に基づき、行政組織のあり方を分析したIda and Anbashi(2008)(注2)を紹介しよう。Ida and Anbashi(2008)では、行政組織が分権化して中間機関を設立し、この中間機関が企業を規制するケースを考えている。このような現実的な事例としては、電力産業における送配電等業務支援機関の創設などを挙げることができるだろう(注3)。以下では、理論的な分析は省略して、直観的な結果だけを述べることにする。

行政組織が分権化して、中間機関に企業を規制する権限を委譲する理由は、中間機関はその分野の専門家を多く雇うなど、一般的に企業をモニタリングする能力が高いからである。行政組織が直接に規制する場合よりも、企業のコスト構造等を正しく見抜くことができる。したがって、中間機関を設置することのメリットは、企業を的確にモニタリングして規制できることである。

その一方で、行政組織が中間機関に権限を委譲することのデメリットは何だろうか。第1に、中間機関が自身の利益の最大化を図り、社会全体の厚生の最大化から外れた行動を取りうるという点である。仮に行政組織が直接に企業を規制すれば、社会全体にとって最も便益をもたらすような方法で行うはずである(行政組織が自身の利益を最大化するという定式化もありえるが、ここでは行政組織は善意な経済主体と仮定している)。しかし、中間機関は権限を委譲されているだけで、行政組織そのものではない。中間機関も企業と同じ経済主体とすれば、まず自己利益の最大化を図り、社会全体の厚生を高めることと乖離が生じることも考えられる。第2に、規制される企業のコスト構造がわからないのと同様に、中間機関が適切な努力を払う効率的な経済主体かどうかも、実際に規制に当たらせるまで判明しないことがある。中間機関が企業の規制に当たり、適切で十分な努力を払うのか、過小な努力しか払わないのかは、事前にはわからない。もし中間機関が過小な努力しか払わない経済主体だった場合は、規制のために高いコストが必要となり、社会全体の負担となってしまう恐れがある。第3に、逆に中間機関が効率的な組織であった場合、それに行政組織が応えるために、何らかの報償が必要となる(報償を「情報レント」という)。この報償がなければ、中間機関が努力を怠ってしまい、かえって企業の規制が割高になってしまう可能性がある。ある程度の中間機関への報償は、制度設計として不可欠である。

以上より、行政組織が中間機関を設立すべきなのは、当然にメリットがデメリットを上回る場合である。

より良い行政組織の構築に向けて

本コラムでは、赤井(2006)とIda and Anbashi(2008)を紹介することを通じて、行政組織のあり方には、何らかのメリットとデメリットが伴い、それらを十分に考慮すべきことを説明してきた。

行政組織に関する理論研究は、近年になって急速な進歩が見られた分野でもあり、数々の経済学的な含意が導かれてきている。特に、インセンティブ制度を行政組織にビルトインするための研究が盛んに行われ、これらの研究成果の結果として、実際の行政組織の効率化を進めるような制度改革が、別途進んできたという側面も否定できない。

行政改革においては、「大きな政府」VS「小さな政府」といった二者択一的に論じられることが多いが、重要な点は、あくまで機能的で効率的な行政組織を追求することである。行政組織の改変に当たっては、どのようなインセンティブを与えると、行政サービスの実施主体がどのような行動を取るか予想することに加え、どのようなメリット・デメリットが存在するかについて、予め冷静に把握しておくことが不可欠である。行政組織の改変には、一般的に大きなコストを伴うことから、経済学的な知見も活用して、事前に十分な「頭の体操」をしておくべきであろう。

さらには、アカデミックな分野においては、定性的な理論研究に加えて、行政組織のあり方について、事後的に定量的な検証ができるような分析手法の一層の開発も期待されるところである。

2009年9月29日
脚注
  • (注1)赤井伸郎(2006)『行政組織とガバナンスの経済学-官民分担と統治システムを考える』第3章「独立行政法人のガバナンスの経済分析-インプット・コントロールからアウトプット・コントロールへ-」
  • (注2)Ida, Takanori and Masahito Anbashi (2008), "Analysis of vertical separation of regulators under adverse selection", Journal of Economics, Vol.93, No.1, pp. 1-29
  • (注3)電気事業法に基づき、送配電等業務支援機関は、国に代わって、送配電等業務の実施に関する基本的な指針の策定、電気事業者に対する指導、勧告その他の業務等を行っている。

2009年9月29日掲載

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