新春特別コラム:2023年の日本経済を読む~「新時代」はどうなる

企業の社会的責任と企業活動の相乗効果を

安橋 正人
コンサルティングフェロー

古くて新しい企業の社会的責任問題

多くの方(特にビジネスマン)が、「企業の社会的責任」(corporate social responsibility、以下「CSR」)という言葉を聞いたことがあるのではないだろうか。CSRとは、「企業の利害や法律等によって要請されている水準を超えて社会的な財の供給を推進すること」と定義される(McWilliams and Siegel, 2001)。例えば、地球環境改善への活動支援や社会貢献、安全や環境に配慮した職場環境の整備、消費者との誠実な対話などが、具体的なCSR活動として挙げられるだろう。「持続可能な開発目標」(SDGs)が奨励される中で、日本経済団体連合会(経団連)は、2017年に改定した企業行動憲章において、ESG(環境・社会・ガバナンス)に配慮した経営の推進によりCSR活動の取組を強化することを目指している。また最近では、企業活動における「ビジネスと人権」問題への取組が、グローバルな投資家や消費者等から高評価を得る手段でもあり、経営上のリスク管理に資するものと位置付けられるようになっている(注1)。

実際にこのCSR活動は、1970年代頃から企業活動の不可欠な要素なのかという点で、学界でも議論が展開されてきた。シカゴ学派のミルトン・フリードマンは、企業の究極的な責務は株主を代表して企業利潤を増やすことであり、CSR活動を含む公共財の提供は政府の責務であると主張した(Friedman, 1970)。いわゆる「株主主権理論」という考え方である。これに対して、決して少なくない企業がCSR活動に取り組んでいる現実を踏まえて、企業のCSR活動を経営戦略的な観点から説明を試みる理論も提示されている。

CSR活動の戦略的可能性

このような見方の一つとして、エドワード・フリーマンが株主主権理論と対置する形で、「ステークホルダー主権理論」を示した(Freeman, 1984)。企業のステークホルダーとは、具体的には、従業員、顧客、取引金融機関、政府組織、地元の共同体や住民である(株主もステークホルダーの一つ)。この理論では、企業のCSR活動はこうしたステークホルダーの満足を最大化することで彼らを企業に惹き付け、長期の企業経営を実行する上での障害やリスクを取り除こうとする取組と解釈される。さらに、企業が果たすべき倫理的側面をことさら強調するのではなく、経済理論やゲーム理論に基づいて、企業があえて経営資源や利潤を犠牲にしてCSR活動に取り組む利点に着目する見方もある。これは、「戦略的CSR理論」と呼ばれる。すなわち、企業はCSR活動を通じてモチベーションの高い従業員を雇用したり、消費者にとって魅力的な差別化された財・サービスを提供したりすることにより、評判も含めて市場で長期的な競争優位を確立できる。要するに、CSR活動が企業経営に相乗効果(補完性)を与えることが想定される。企業はこのCSR活動の長期的な便益と短期的な費用を比較して、最適なCSR活動の水準を戦略的に決定しているわけである(注2)。

そこで、戦略的CSRが企業の経営パフォーマンスにどのような影響を与えているかについて、実証的な関心が寄せられてきた(遠藤, 2020)。内外の実証研究の詳細なレビューはここでは割愛するが、米国やEUにおける研究をトータルに評価したメタ分析によると、企業の社会的パフォーマンス(CSP)は金融パフォーマンス(CFP)と弱い正の相関関係があることが見出されている(吉田, 2019)。したがって、企業のCSR活動は、金融パフォーマンスという観点で、戦略的に「割に合う」ものとして解釈できるかもしれない(注3)。また、日本企業のCSR活動を内生性も考慮して計量的に分析したSuto and Takehara (2018)では、CSPからCFPへという正の効果は観察されない一方、株式市場で評価した企業経営リスクには負の効果(つまり、経営リスクを引き下げる)が観察されている。

日本企業はCSR活動と共に相乗効果を発揮せよ

上記のような問題意識から、筆者(Ambashi, 2022)も日本の上場企業のCSRデータを使った実証分析に取り組んでいる。あくまで暫定的な結果で今後精査が必要であるが、結果の一部をここで紹介したい。この研究では、CSR活動の中でも特に、CSR担当部署とCSR担当役員という組織アーキテクチャに着目している。例えば、CSR担当部署はそれがない時と比較して、2年後の企業の自己資本利益率(ROE)や総資産利益率(ROA)の前年比下落と関係しているが、R&D集中度の高い産業に属する企業において、3年後にはROEやROAの前年比上昇と関係することが見出されている(残念ながら、厳密な因果関係の特定は困難である)。加えて、R&D集中度の低い産業に属する企業では、CSR担当役員(特に兼業のCSR担当役員)はそれがいない時と比較して、3年後の全要素生産性(TFP)の前年比上昇と強い関係があることがわかった。ただし、R&D集中度の高い産業に属する企業では、CSR担当役員が3年後のTFPの前年比下落と弱い関係にあることもわかっている。

これら結果の解釈には一定の留保が必要であるが、導出される一つの含意は、企業のCSR活動は1年といった短期で直ぐに企業経営に相乗効果が期待されるものではなく(むしろマイナスかもしれない)、少なくとも数年の範囲でじっくり見るべきものだということだ。さらに言えば、日本企業には、CSR関連の組織を設置することに伴うコスト等のマイナスの影響を最小化し、相乗効果が最大限早く出現するように、より一層意識的に取り組む必要があるだろう(現状では、企業ごとに効果のばらつきがあると考えられる)。つまりは、CSR活動を単なるステークホルダーとの「お付き合い」として扱うのでなく、企業経営に相乗効果を働かせることができる戦略的な経営機会と捉えるべきだ。その際には、企業がこれまで構築してきた資産(特に、人的資本や企業文化等の無形資産)についても、CSR活動による相乗効果を強める方向に作用するよう、有効に活用することも検討すべきだろう。

脚注
  1. ^ 国際的な取組として、国際連合の「ビジネスと人権に関する指導原則」(2011年)等がある。日本政府も、2020年10月に「ビジネスと人権」に関する行動計画を策定した。
  2. ^ 青木(2011)はCSR活動をいわゆる「社会資本」の構築と見なし、長期の企業経営パフォーマンスの改善に資する可能性を指摘している。
  3. ^ ただし、過去の多くの研究がデータの限界から、「CSP→CFP」という因果関係を特定しているわけではないことに注意が必要である。
参考文献
  • 青木昌彦(2011)、『コーポレーションの進化多様性―集合認知・ガバナンス・制度―』、谷口和弘訳、NTT出版
  • 遠藤業鏡(2020)、『CSR活動の経済分析』、中央経済社
  • 吉田賢一(2019)、「CSR活動は合理的か?―コーポレート・ガバナンス理論との整合性の検討―」、早稲田大学商学研究科紀要、87、155-175
  • Ambashi, M. (2022), “How Are Organisational Architectures of Corporate Social Responsibility Related to Corporate Performance? The Case of Japanese Listed Companies”, mimeo
  • Freeman, R.E. (1984), Strategic Management: A Stakeholder Approach, Boston: Pitman
  • Friedman, M. (1970), “The Social Responsibility of Business Is to Increase Its Profits”, New York Times Magazine, 13 September 1970, 122-126
  • McWilliams, A. and Siegel, D.S. (2001), “Corporate Social Responsibility: A Theory of the Firm Perspective”, Academy of Management Review, 26(1), 117-127
  • Suto, M. and Takehara, H. (2018), Corporate Social Responsibility and Corporate Performance in Japan, Berlin: Springer

2022年12月22日掲載

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