研究者の研究活動は教育活動と代替的か? 1つの経済学的考察

安橋 正人
コンサルティングフェロー

1.大学における研究者

このコラムの筆者(安橋)は、この4月から新たに地方国立大学で研究者として奉職している。言うまでもないことであるが、研究者としての主要な業務は自身の研究活動を行って書籍や論文を執筆し、普遍的な学問的真理を追究することにある。その一方で忘れてはならないのが教育活動であり、ほとんどの大学において教員の義務とされている(注1)。近年では学生による教員の授業評価の実施が当然になるとともに、一部のインターネットサイトでは教育活動の評判も公開されるようになっている(注2)。このような評判は、今度はまわりまわって当該大学への学生の入学志願者にも影響すると考えられる。研究者にとっては、研究活動のみならず教育活動へのプレッシャーも高まりつつある。

2.研究活動と教育活動の関係

大学研究者の研究活動に最も影響を与えるのは、研究資金の有無であることに異論はない。このような問題意識の下、「外部資金(特に競争的資金)が大学の研究活動を促進するか」というリサーチクエスチョンに基づく研究が内外ともに多い。小泉他(2021)がレビューしているとおり、外部資金によって研究活動が増加することを示した実証研究もあれば、それとは逆に理論的に外部資金が研究活動を阻害する可能性を示す研究もある。例えば、小泉他(2021)は日本の国立大学の部局レベルのデータを用いて、外部資金の比率が高いほど論文数は増大するが、一定水準を超えると論文数が減少するという関係を見いだしている。つまりは、研究生産性の観点で外部資金に適正水準があると見られる。

その一方で、筆者が最初の問題意識で提示したような研究活動と教育活動の相互作用を分析した実証研究は少ない。理論研究では、研究活動と教育活動が代替的でトレードオフが存在するという想定の下で、複数大学が研究アウトプットと学生入学数で競争するというモデルが構築されている。いくつかの理論モデルは、このときに外部研究資金が導入されると、研究活動と教育活動にそれぞれ専念する大学の二極化をもたらすという帰結を予想する(Del Rey, 2001; De Fraja and Iossa, 2002; De Fraja and Valbonesi, 2012)。また、研究活動と教育活動のトレードオフに直面すると、大学内の各部局は研究活動を重視すると同時に他学部の教育活動にフリーライドしてしまい、大学にとってのトータルな授業料収入の減少を招いてしまうとする理論研究もある(Gautier and Wauthy, 2007)。

筆者 (Ambashi, 2019, 2021)は、研究活動と教育活動の代替性(または補完性)に着目し、それと関連して外部資金が大学に与える影響の理論的分析を行った。理論モデルの詳細をここでは割愛するが、研究活動と教育活動の代替性がある一定水準以上であるときに、外部資金の増加は教育活動と大学入学者数を減少させ、さらに代替性の程度が非常に強いときには、外部資金の増加がかえって研究アウトプットを減少させる可能性があることを示した。この一見して矛盾する結果には、教育活動の減少による大学入学者数の減少が授業料収入の減少をもたらし、研究活動に充当できるトータルな資金が減少してしまうというメカニズムが働いている。また、研究活動と教育活動の代替性に加えて大学のキャパシティーに制約があると、研究活動で大学や研究者の評価が行われると、教育活動が必然的に減少することも示されている。

このような理論結果を踏まえて、筆者の研究ではアクセスが比較的容易な米国のデータを用いて実証研究も試みている。具体的には、米国国立科学技術統計センター(NCSES)から、米国の公立・私立大学の博士号取得者数(総数と自然科学分野)、大学入学者数、外部資金による研究開発額(連邦政府支援の一般研究開発と科学研究開発)、授業料、教員数などのデータを入手している。ここでは、博士号取得者数と大学入学者数を被説明変数、その他を説明変数にして、回帰分析により外部資金が研究活動と教育活動にどのように関係しているかを見ている(注3)。主な実証分析の結果は次の通りである。第一に、外部資金による一般研究開発および科学研究開発ともに、公立大学における博士号取得者総数および自然科学分野の博士号取得者数とプラスに相関している。他方で、私立大学では両者は相関していないかマイナスに相関している。第二に、外部資金による科学研究開発は、私立大学において大学入学者数とマイナスに相関している。内生性の制御に問題があるなど分析に限界があるが、以上は私立大学において研究活動と教育活動の代替性が示唆される結果と言える。

3.研究者のより良い活動に向けて

上記の理論および実証研究の結果だけをもってして、わが国も含めた一般化した政策を提言するのは難しいが、次のようなことが言えるだろう。研究者にとって研究活動は教育活動と代替的にも補完的にもなり得るが、より両者の補完性を高めるような政策デザインが必要である。例えば、教育活動の中でも大学院生への研究支援は、教員との共同研究を通じて研究活動にもプラスの影響を与えることが期待される。また、教員の側も、日頃の教育活動を自身の研究活動に生かす術を意識することが重要であるとともに、研究活動を担保する効率的な教育活動のために支援を強化することも選択肢であろう。

世界と比較して日本の研究力低下が叫ばれる昨今において、このようなさまざまな観点から研究活動促進のための考察が望まれる。

脚注
  1. ^ 19世紀英国の政治哲学者であるジョン・スチュアート・ミルは、彼の高名なセントアンドリュース大学でのスピーチにおいて大学教育とそこでの専門知識の習得の重要性を強調している(Mill, 1867)。
  2. ^ 例えば、「みんなの大学情報」を参照。https://www.minkou.jp/university/
  3. ^ それぞれ固定効果ポアソンモデルと固定効果モデルで分析を行った。
参考文献
  • 小泉 (2021), 「外部資金の増加は大学の論文生産性を下げるのか:国立大学の部局レベルのデータからのエビデンス」, 一橋ビジネスレビュー, Vol.69, No.4, pp.76-91
  • Ambashi, M. (2019), “University Research and Teaching: Can We Simultaneously Increase University Research Output and Student Enrollment?” SSRN Working Paper Series, No.3399435
  • Ambashi, M. (2021), “Theoretical Analysis of University Research and Teaching in the Presence of External Research Funding,” KIER Discussion Paper Series, No.1069
  • De Fraja, G. and Iossa, E. (2002), “Competition among Universities and the Emergence of the Élite Institution,” Bulletin of Economic Research, 54(3), 275-293.
  • De Fraja, G. and Valbonesi, P. (2012), “The Design of the University System,” Journal of Public Economics, 96(3), 317-330.
  • Del Rey, E. (2001), “Teaching versus Research: A Model of State University Competition,” Journal of Urban Economics, 49(2), 356-373.
  • Gautier, A. and Wauthy, X. (2007), “Teaching versus Research: A Multi-Tasking Approach to Multi-Department Universities,” European Economic Review, 51(2), 273-295.
  • Mill, J. S. (1867), Inaugural Address delivered to the University of St. Andrews, February 1st, 1867, 竹内一誠 (翻訳), 『大学教育について』, 岩波文庫, 2011年

2023年5月29日掲載

この著者の記事