金融と経済構造

後藤 康雄
上席研究員 (非常勤)

世界的な金融危機を受け、改めて金融の影響力が認識されている。金融で高い経済成長を実現した「金融立国」型の国々が苦境に立たされているのは、ある意味で自然なことである。しかし、必ずしも金融業のウエイトが高くない国々も、軒並み余波を被っているのが現在の状況である。

古くて新しいテーマ:金融と実体経済の関係

金融と経済の関係は古くて新しい研究テーマである。問題をさらに明確にするために、金融と実体経済の関係と言い換えてもよい。両者の関係はどちらが主でどちらが従かと問われれば、大方の答えは実体経済が主となろう。実体経済あっての金融という基本認識は広く共有されている。しかし、その因果関係は単なる一方通行ではない。逆に金融が実体経済を左右する現象は幅広く観察される。日本銀行などの中央銀行が金利を上げ下げするのは、そうしたメカニズムを前提にしたものにほかならない。昨今の金融危機も、金融から実体経済におよぶ因果関係の代表例である。

しかし、金融から実体経済に定性的な影響があることはほぼ自明であり、それだけでは政策的含意には乏しい。そこに働いている経済メカニズムの「構造」に対する理解が伴わない限り、講じるべき政策対応を深くは議論できない。

以下では、こうした経済構造の重要性を示唆する簡単な実証分析を行ってみよう。具体的には、金利と生産という極めて密接な関係にある変数が、景気全体の中でどのような影響を与えあっているかについて、手法や指標に工夫をしつつ検証する。結果を示す前にやや技術的なことを申し上げておく。金利や生産は極めて明確な数値として客観的に示されるが、それらを包含する景気はとらえどころのない概念である。そうした景気という曖昧な要素を客観的にとらえようという試みは古くからなされてきたが、特に近年は時系列分析の手法の発展を背景に、大きな進歩を遂げている。ここではジェームズ・ハミルトンによる成果を嚆矢としたレジーム・スイッチ型の景気確率判定モデル(注1)を使って、金利と景気の関係を概観してみよう。

用いるデータは、金利については実質短期金利(インフレ率を差し引いた実質ベースの無担保コールレート翌日物)、生産は鉱工業生産指数を採用する。さらに生産指数には、経済構造の変化をみるために、投資財と消費財の2つの指数を用いる。まず、これら3変数からなる2レジーム・スイッチ型VARモデル(注2)により景気拡張局面にある確率をみてみよう(図1)。大まかな目安としては、確率0.5を上回ると景気拡張期、下回ると後退期に相当する。

図表1:景気拡張に関する平滑化確率の推移
図表1:景気拡張に関する平滑化確率の推移

金利の役割に変化の可能性

厳密な実証分析ではないので期間の長さや変化の度合いについては幅を持ってみて頂きたいが、過去の景気のアップダウンを思い起こすと、まずまず大まかな流れはとらえている。しかし、ここで筆者が確認したいのは、一見するとこうした(1つのモデルで表現できるような)安定的な関係があるようにみえて、実は背後に働いているメカニズムは大きく変化している可能性である。そのため、次の段階の分析を行う。先に推計したのはVARモデルなので、ある変数に発生したショックの影響が各変数にどう波及していくか、というインパルス反応をみることができる。たとえば、金利におけるショックは、(金利自身も含め)3変数のそれぞれに影響を及ぼす。さらにここで用いたのはレジーム・スイッチ型なので、景気拡張レジーム、景気後退レジームそれぞれにおけるインパルスをみることが可能である(注3)

3変数×2レジーム=6パターンのインパルス反応が得られるわけだが、さらに経済構造の変化によって変数の反応の仕方が変わっている可能性をみるために、データを80年代と90年代以降に分割してそれぞれ計算を行った。ここで、興味深い例として、景気後退期における消費財指数の反応を紹介しよう。まず金利ショック(すなわち金利上昇)が発生した直後には消費財指数はむしろプラスに反応している。これは、データの期間を問わず観察される、投資財指数とは異なる特徴である。さらに、80年代に比べ、90年代はそうした傾向が強まっている。金利上昇という、本来なら企業にとってネガティブなショックに対してプラスに反応し、さらにその度合いが高まっているのである。

図表2:金利ショックに対する消費財生産指数のインパルス反応(景気後退期)
図表2:金利ショックに対する消費財生産指数のインパルス反応(景気後退期)

これは、わが国も徐々に内需型に転換し、個人消費の影響度が高まっていることを反映したものかもしれない。景気がよくない時期に金利が上がるような状況では、金利収入などが増加することにより、一時的に個人消費を刺激するという解釈もできる。このように、1980~2000年代という長期間でみると、わが国の経済構造は我々が思っている以上に変わってきている可能性がある。

以上は小規模なモデルによるラフな実証なので、結果については慎重にみる必要がある。しかし、経済構造面への理解が深まってくると、さまざまな含意が得られることは間違いない。筆者が関心を持っているのは、こうした金融と実体経済の関係における「構造」への理解を深めることである。90年代以降、この分野はさまざまな視点から多くの研究が精力的になされている。本稿では、経済構造が金融と実体経済の関係に果たす役割を強調したが、逆に金融が経済構造に影響する可能性も、重要な問題意識である。わが国においても、適切な手法や理論に立脚し、多面的なデータを用いた研究の蓄積が必要である。

2009年5月12日
脚注
  • (注1)時系列変数には「拡張」、「後退」といった限られたフェーズがあり、フェーズ(これをレジームと呼ぶ)ごとに異なる確率変動プロセスに従うと想定し、そのプロセスを表すパラメーターを推定する。それにより、過去の各時点がどのフェーズであったかの確率を計算することができる。なお、この変動プロセスがマルコフ過程と仮定されることが一般的なので、マルコフ・スイッチ・モデルと呼ばれることが多い。
  • (注2)景気拡張と後退の2レジームを想定したベクトル自己回帰(Vector Auto Regressive)モデル。
  • (注3)本稿のようにレジームごとの反応をみる方法のほか、レジームの変化自体も反応として取り込む方法がある。

2009年5月12日掲載

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