コーポレートガバナンス最前線~財務省財務総合政策研究所「進展するコーポレート・ガバナンス改革と日本企業の再生」~

宮島 英昭
ファカルティフェロー

コーポレート・ガバナンス(企業統治)改革への関心が日本企業再生の1つの鍵として注目を集めている。統治構造改革は、現在どの程度進展しているのか、企業の改革への取り組みを決定する要因はなにか、改革は実際に企業パフォーマンスの向上に寄与するのか。こうした問題関心から、筆者も関与する財務省財務総合政策研究所は、昨年12月に上場・店頭企業(非金融事業法人)を対象として、近年の統治構造改革の取り組みに関するアンケート調査を実施し (回答876社、回収率34.0%)、これと企業の財務データを結合して、日本企業における統治構造改革に関する定性的・定量的分析を試みた1。その成果は、6月20日に「進展するコーポレート・ガバナンス改革と日本企業の再生」と題する報告書として発表された2。同報告書は、進展する日本企業の統治構造改革に関する、現時点において最新且つ雇用関係まで視野を拡大する点で最も包括的サーベイである。このコラムでは、その内容を簡単に紹介したい。

いかなる変化が生じているか

報告書では、今回のアンケート調査と3年前(99年11月)に実施した調査との比較分析を通じてこの問題に接近した。その結果、企業統治における変化が顕著に確認されたのは以下の点であった。

(1) 市場重視に転換する日本企業が大幅に増えている。重要なステークホルダーとして、一般顧客(前回調査:37.9%→今回調査:50.0%)や株主(同:25.5%→同:31.3%)を重視する企業の増加が著しい。これらを重視する企業の比率は、従来の日本企業で重要なステークホルダーと考えられていた取引先銀行(同:27.9%→同:16.6%)を重視すると回答した企業を上回る結果となった。ただ、従業員を重視する企業の比率は比較的安定的であり(同:27.3%→同:28.5%)、市場重視が従業員重視と代替的に進展しているわけではない。

(2) 取締役会改革が加速している。執行役員制度を導入している企業は33.0%、社外取締役を導入している企業は35.8%に上る。3年前の調査との比較では、それぞれ20.2%ポイント、5.7%ポイントの増加を示した。大企業(資本金300億円以上)で見れば、これらの導入企業は50%を超えている。内部昇進の役員からなり、監督と執行が未分離であるというかつての日本企業の取締役会の特徴は、いまや大きく多様化した。

企業統治構造改革はパフォーマンスに影響を与えるか

この問題に接近するために、報告書は、アンケート調査結果から企業統治改革の積極性を示す包括的な指標(Corporate Governance Score、以下CGS)を作成し、このCGSと企業パフォーマンス(トービンのq及びROA)の関係を簡単なモデルを通じてテストした。その結果、CGSは企業パフォーマンスと統計的に有意な正の関係にあり、企業統治改革がパフォーマンスの向上に寄与している可能性が高いことがわかった。さらに、一連の企業統治改革のうち、とりわけ企業パフォーマンスに大きな影響を与えているのは積極的な情報公開活動(IR活動)であり、情報公開が株主と経営者の間に存在するエイジェンシーコストの引き下げや、経営者の緊張感の上昇を介して企業パフォーマンスを向上させる可能性が実証的に明らかとなった。この発見から引き出される含意は、市場化した外部環境下にある日本の大企業にとって、積極的な情報公開(IR活動)が普遍的な改革モデルとなる点であろう。

他方、執行役員制度や社外取締役の導入といった取締役会改革に関する分析では、これらの制度導入の有無と企業パフォーマンスとの間には、有意な関係は認められない。現状では、これらの制度を導入している企業でも、企業の事業・組織構造と必ずしも整合的に導入されていないケースや、米国型の改革モデルを形式的に導入しているに過ぎない企業が多いことが背景にある。もっとも、社外取締役の「独立性」や「機能」の強化を図っている企業も存在し、このような企業では、取締役会改革が企業パフォーマンスを向上させる可能性を示唆する実証結果も得られた。

企業統治改革への取り組みは何が決定するのか

報告書では、この問題に対して、統治構造改革への積極度CGSの決定要因に関する簡単なモデルを推計することによって接近した。その結果、第1に、ある程度まで予想されるように、外国人株主比率が高く資本市場への依存度が高い企業では統治構造改革に積極的であるが、逆に安定株主比率が高く資金調達を借入に依存している企業では改革に消極的であることが明らかになった。

他方、第2に、企業に対する従業員の関与の程度が企業統治改革に与える影響については、一般に企業統治改革と従業員重視の経営とは対立すると考えられているが、アンケート調査から作成した従業員の経営参加度指標に注目する限り、必ずしも両者は対立する関係にあるわけではない。むしろ、資金調達の多くを直接市場に依存する企業のように、資本市場からの監視圧力が強い企業では、従業員の経営関与度が高いほど企業統治改革に積極的になることが分かった。

最後に、従業員の賃金・雇用形態と企業統治改革の関係に関する分析も試みた。その結果、かつての大企業を特徴付けていた長期雇用・年功賃金を採用している企業では企業統治改革に消極的であり、長期雇用を前提とせず能力業績給を導入している企業では改革に積極的であることが分かった。とくに、本分析で興味深いのは、長期雇用を維持しながら能力・成果主義賃金の導入を試みる企業は、改革に積極的であり、かつパフォーマンスも高いという事実である。この長期雇用の維持、成果主義的賃金の導入、積極的な情報公開という組み合わせに日本企業再生の1つのモデルを見出すことができよう。

日本企業再生の焦点

報告書の分析は、一方で、急速に市場化が進展する外部環境の変化に対応しながら、事業構造・組織構造に整合的な形で改革を進め、相対的に高いパフォーマンスを維持する企業群が存在することを示している。しかし、その対極で、持合を維持し銀行借入に依存する一方、旧来の雇用慣行を維持する企業群が存在し、これらの企業は、統治構造改革に消極的であり、かつそのパフォーマンスは有意に低い。日本企業の再生にあたって、主要な改革の対象となるべきは、この劣位の均衡にある企業群である。しかも、留意されるべきは、これらの企業が各ステークホルダ-の合理的な選択の結果として劣位の均衡に陥っていることである。それだけに、脱出には外生的な圧力が不可欠である。強力な政策促進措置や、銀行の監視能力の涵養、新たな外部モニター(国内機関投資家)の育成を通じて、こうした企業の劣位な均衡からの脱却を促すことが日本企業再生のために急務であるということが、本報告書の提示する政策的インプリケーションである。

2003年9月9日

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脚注
  • 1. 報告書は、財務総合政策研究所・主任研究官・原村健二(現・金融庁)、同研究員・稲垣健一(現三井住友銀行)両氏と同特別研究官・宮島の共同研究の成果である。
  • 2. 報告書の全文は、財務省ホームページから入手できる。また、同ホームページでは、99年調査や、その他同研究所の企業統治に関する研究が一覧できる。

2003年9月9日掲載

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