社会保障・経済の再生に向けて

第5回「賦課方式がもつ少子化要因は社会保障改革で遮断し、育児・労働の両立支援を促進せよ」

小黒 一正
コンサルティングフェロー

社会保障が賦課方式のままだと、少子高齢化の進展に伴い、世代間格差が発生する。このため、前回のコラムでは、世代間協調を促し、世代間公平基本法の検討・制定を推進する起爆剤として、社会保障における暗黙の債務の推計・公表に関する提案をした。また、第3回のコラムでは、事前積立(賦課方式+一部積立)の導入は、世代間格差を改善するための1つの解決方法であると説明した。

だが、逆に、子育て支援で、賦課方式の社会保障の崩壊を緩和する動きもある。そこで、本コラムでは、この動きを正当化している理論的背景を概観し、社会保障改革による世代間格差改善の重要性を再確認してみたい。その上で、むしろ子育て支援の目的と資源配分を再構築する必要性を確認する。

少子化を加速する賦課方式

そもそも、暗黙の前提として、現在の子育て支援の主な目的は、社会保障財源としての子供の増加となっていると思われる。賦課方式はその担い手である現役世代から老齢世代に所得移転する仕組みだから、少子化を緩和し、その将来の担い手を増やすのを目的とするものである。

この背景には、Groezen et al.(2003)らの研究1)が明確化し、欧州を中心に世界に伝播した理論が存在する。この理論は、賦課方式の社会保障は出生率を社会的に望ましい水準から低下させる誘因をもち、その是正には子育て支援が有効であると提示する。だが、この理論は、社会保障が賦課方式であることを前提とする。だから、事前積立の導入などで世代間格差が改善し、賦課方式の性質が弱まると、この文脈における子育て支援の必要性は概ね消滅する。

これは、以下のような簡単な経済モデルで確認できる。まず、この経済には、現役期と老齢期の2期間を生きるAとBの2人しか存在しないとする。また、AとBの生涯賃金は同じで、老齢期には同じ社会保障給付を受ける。社会保障財源は、2人の子供である現役世代一人当たりが移転する社会保険料6とする。他方、教育などの子育てコストは、子供一人当たり2とする。また、AとBは利己的に、子供1人を(もつ、もたない)の選択をする。このとき、AとBの出生戦略の組合せは、図表1のように4ケースある。第1ケースは、AとBがともに子供をもつケースである。これは各々、子育てコストに2かかるものの、老齢期には子供世代が2人いるから、ともに社会保障給付6を得る。第2・第3のケースは、AとBのどちらか片方のみが子供をもつケースである。これは、片方のみが子育てコストに2かかるものの、もう片方は子育てコストがかからないのでその分は得をする。また、老齢期には子世代が1人だけだから、ともに社会保障給付が3(=6の半分)となる。最後の第4ケースは、AとBがともに子供をもたないケースである。これは、どちらも子育てコストがかからないので、各々の利得は2となる。以上のとおり、AとBが子供を(もつ、もたない)の利得表は図表1のようになる。

図表1 賦課方式の社会保障と出生戦略 (子育て支援なし)


B
子供もつ子供もたない
A子供もつ(6-2、6-2)(3-2、3+2)
子供もたない(3+2、3-2)(2、2)

さて、AとBの出生戦略の均衡を、ゲーム理論のナッシュ均衡で考えてみる。まず、Bが子供をもつと仮定する。このとき、Aは子供をもつと利得4(=6-2)を得るものの、もたなくても利得5(=3+2)を得る。だから、Aは子供をもたない。これは、社会保障が賦課方式だと、Aは老後の社会保障財源として自らは子供をもたず、Bが育てた子供にフリーライド(ただ乗り)する誘因をもつためである。

次に、Bが子供をもたないと仮定する。このとき、Aは子供をもつと利得1(=3-2)を得るものの、もたないと利得2を得る。だから、Aは子供をもたない。これは、社会保障が賦課方式であると、Aは老後の社会保障財源として子供をもっても、Bにフリーライドされるから、子供をもつ誘因が低下するためである。よって、どちらの仮定でも、Aは子供をもたないのが最適となる。なお利得表はAとBで対称だから、同様に、Bも子供をもたないのが最適となる。

以上から、ナッシュ均衡はAとBがともに子供もたない状態となる。つまり、賦課方式の社会保障は、他人の子供にフリーライドし、少子化を加速する外部性をもつ。

賦課方式がもつ少子化要因は社会保障改革で解決できる

この賦課方式が出生選択に与える外部性を内部化するために提案された理論が、前述のGroezen et al.(2003)らの研究である。このメカニズムは単純で、子供をもつ者に対して、政府は子育て支援をする。たとえば、政府は、子供をもつ側に子育て支援として4の利得を与え、その財源をAとBの一括税(均等)で賄うケースを考える。すると、AとBがともに子供をもつケースでは、政府が支払う子育て支援の総額は8だから、その財源としてAとBに一括税4をかける。よって、AとBは各々、図表1の利得に加え、子育て支援4のプラス利得と一括税4のマイナス利得を得る。また、どちらか片方のみが子供をもつケースでは、政府が支払う子育て支援の総額は4だから、その財源としてAとBに一括税2をかける。よって、子供をもつ側は子育て支援4のプラス利得と一括税2のマイナス利得、もたない側は一括税2のマイナス利得を得る。その結果、AとBの利得表は以下の図表2のようになる。このとき、図表1と同様の議論で、AとBの出生戦略のナッシュ均衡は、ともに子供をもつになる。

以上の簡単な議論からも明らかなように、子育て支援は、賦課方式の社会保障がもつ少子化の加速要因を緩和する効果をもつ。

図表2 賦課方式の社会保障と出生戦略 (子育て支援あり)


B
子供もつ子供もたない
A子供もつ(4+4-4、4+4-4)(1+4-2、5-2)
子供もたない(5-2、1+4-2)(2、2)

だが、この文脈での子育て支援は、社会保障が賦課方式であるケースのみで成立する。仮に、事前積立の導入などの社会保障改革で世代間格差が改善すると、世代間移転の性質が低下し、世代内でのリスク・シェアリングの性質が強まる。すると、社会保障財源として、他人の子供にフリーライドする誘因が低下するから、第1のタイプとしての子育て支援の必要性は概ね消滅する。また現実問題として、子育て支援の推進で、賦課方式を維持するには、出生率を相当回復させる必要があるし、その子供が社会保障の担い手になるには20年近くもかかる。さらに、出生率が回復しても、人口変動ショックがあると、賦課方式の社会保障がもたらす世代間格差が改善するとは限らない。

子育て支援の目的は3タイプ - 育児・労働の両立支援が最も重要 -

またそもそも、子育て支援の目的は概ね、次の3タイプがある2)。第1のタイプは、上記で概観したもので、社会保障財源としての子供の増加である。賦課方式はその担い手である現役世代から老齢世代に所得移転する仕組みだから、少子化を緩和し、その将来の担い手を増やすのを目的とする。第2のタイプは、規模効果である。一般的に、人口規模が大きい方がニュートンやアインシュタインのような賢者が多く存在し、発明や開発などの技術進歩を通じて、経済成長が高まる可能性がある。これを規模効果というが、この維持・拡充を目的とする。最後の第3のタイプは、労働供給と育児に関する選択の歪みを是正するための、育児・労働の両立支援である。

このうち、第1のタイプは社会保障改革で解決できるから、子育て支援の目的としては、第2のタイプ(規模効果)や第3のタイプ(育児・労働の両立支援)が妥当となる。ただ、第2のタイプである規模効果は重要な可能性をもつが、人口密度が高過ぎると混雑コスト(住居空間の狭さや公害など)も発生するから、どの程度の人口規模(密度)が最も各個人の生涯効用を最大化するのか、という問いが残る。また、規模効果を維持するには出生率を相当回復させる必要があるものの、それは第1のタイプと同様に現実的でない。それに、人口減少で経済成長が鈍化しても、生活水準としての一人当たりGDPは十分に維持・向上可能である。

以上から、子育て支援として最も重要な目的は、労働供給と育児に関する選択の歪みを是正するための、育児・労働の両立支援となる。子育て支援として、政府はさまざまな政策を推進しているが、その目的と資源配分を再構築する必要がある。たとえば、まず、第1のタイプの子育て支援策に関する幻想を捨て、社会保障改革を推進する。その際、ここ数年、この目的で拡充されてきた児童手当はその役割を所得再分配に特化し、これ以上、第1のタイプを目的とする拡充はしない。

その上で、配偶者控除などをスクラップ財源として、柔軟な育児支援サービスの拡充など、もっと育児・労働の両立支援を推進する側に再分配するのである。配偶者控除の削減は専業主婦差別との反論も予想されるが、財政規律の維持に加えて、女性の就労促進という効果も期待できる。特に、女性の就労の有無や公設の保育所にかかわらず、保育サービスなどを利用できる育児支援バウチャーの創設(ある程度の競争メカニズムが機能するならば、直接補助方式のバウチャーでも間接補助方式でもよい)や、利用者による選択を通じての育児支援サービスの多様化の推進(短時間不定期~深夜保育まで)、さらに、正社員と非正社員との待遇格差の是正に向けた労働市場改革も重要であろう。

2009年2月6日
脚注

2) 厳密には、出生内生化の理論上、子育て支援は、一人当たり公債残高の軽減を通じて、各世代の生涯効用を改善する可能性もある。だが、現実経済が当該条件を満たすか否かの実証結果はまだ不明である。

文献

1) Groezen, B. V., T. Leers and L. Meijdam (2003) “Social Security and Endogenous Fertility: Pensions and Child Allowances as Siamese Twins," Journal of Public Economics, Vol.87, pp. 233-251.

2009年2月6日掲載

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