社会保障・経済の再生に向けて

第3回「世代間格差改善のため、賦課方式の社会保障に事前積立を導入せよ」

小黒 一正
コンサルティングフェロー

この世にまだ存在しない将来世代は、現時点で選挙権をもたない。このため、各世代が利己的であると、現行政治システムが決定する均衡は、選挙権をもち強い政治力をもつ世代の働きかけもあって、世代間公平上、望ましい均衡から乖離する。だから、前回のコラムでは、この現行政治システムが内在する欠陥を是正するため、世代間公平基本法を制定し、その任務を担う独立機関の設置を提言した。その中で若干であるが、社会保障における事前積立にも言及した。この事前積立という考え方は、東京大学の岩本教授や学習院大学の鈴木(亘)准教授らも提唱している。そして、この事前積立は、今後の高齢化の進展段階において、社会保障における世代格差を是正するのに、とても有効な手段である。そこで、本コラムでは、事前積立が世代間格差を改善するメカニズムを説明し、その有効性を明確にしたい。

賦課方式と世代間格差発生のメカニズム

まず、事前積立の有効性を明確にするには、現在、賦課方式となっている社会保障(年金・医療・介護)が世代間格差を発生させるメカニズムを理解する必要がある。これは、以下の表のような簡略化した経済で考えると理解しやすい。

表

この経済の時間軸は第1期と第2期のみで、各期には現役世代と老齢世代の2世代が共存する。そして、2期目の老齢世代は1期目の現役世代がなる。また、論点を明確化するため、年金・医療・介護を合計した老齢世代一人あたりの社会保障費は一定(400万円/年)で、その全費用は現役世代の負担で賄われるとする。さらに、現役世代の社会保障費はゼロ、現役世代一人あたりの賃金も一定で、高齢化率の推移は一定範囲で予測可能とする。

すると、賦課方式の社会保障において、老齢世代が必要とする社会保障費を賄うため、現役世代一人あたりが負担する保険料が各期で計算できる。まず、高齢化率が18.9%(現役世代:老齢世代=5:1)の第1期である。第1期は、老齢世代1人に対して現役世代が5人いるから、老齢世代一人あたりの社会保障費400万円/年の費用を賄うのに、現役世代一人あたりは80万円/年(=400万円÷5人)の「移転」が必要である。仮に、現役世代一人あたりの賃金を500万円/年とすると、この期の現役世代の保険料は16%(=80万円÷500万円)になる。次に、高齢化率が25%(現役世代:老齢世代=3:1)の第2期である。第2期は、高齢化が進展し、老齢世代1人に対して現役世代が3人しかいないので、老齢世代一人あたりの社会保障費400万円/年の費用を賄うのに、現役世代一人あたりは133万円/年(=400万円÷3人)もの「移転」が必要となる。仮に、現役世代一人あたりの賃金が500万円/年とすると、この期の現役世代の保険料は27%(≒133万円÷500万円)になる。

以上の試算から明らかなように、第1期と同様、第2期でも、老齢世代一人あたりの社会保障費を維持するには,現役世代の負担(保険料)を80万円/年から133万円/年に引き上げる必要がある。逆に、現役世代の負担を抑制するには、老齢世代の社会保障費を抑制する必要がある。つまり、高齢化が進展すると、賦課方式の社会保障は、現役世代に過重な負担を押し付けるか、社会保障費を抑制し老齢世代に過重な負担を押し付けるかのジレンマ的選択を政府や国民に迫ることになる。このため、特定世代の負担が過重となるものの、別の世代はそうではないということが生じる。これが、賦課方式の社会保障がもたらす世代間格差のメカニズムである。

解決策としての事前積立

次に、賦課方式の社会保障が発生させる世代間格差の解決方法を考えてみたい。その解決方法の1つが事前積立である。この事前積立の考え方を理解するには、先程の表のケースで考えると分りやすい。

先程の表では、第1期から第2期で高齢化が進展するため、第2期の現役世代の負担が第1期の80万円/年から133万円/年に変動してしまうのであった。では、この変動の主因は何かというと、それは、現役世代一人あたりが老齢世代に拠出する「移転」が第1期(80万円)と第2期(133万円)で異なることにある。

これは、見方を変えると、第1期の「移転」(80万円)が「少なすぎ」で、第2期の「移転」(133万円)が「多すぎ」というだけの問題に過ぎない。だから、この問題の解決方法は極めて簡単である。すなわち、まず第1期において、現役世代一人あたりの移転を「80万円+Δ」と増加させ、その増分Δ を高齢化の進展に備えて事前積立する。そして、第2期では、その積立と利息分を第2期の「移転」に利用し、その移転を「133万円―δ」まで減少させればよい。このとき、「80万円+Δ=133万円―δ」が成立するならば、第1期と第2期の現役世代の負担は平準化できる。つまり、各世代の現役期の負担は平準化する。しかも、各世代の現役期の負担が平準化すると、各世代が老齢期に享受する受益は一定(400万円/年)であったから、各世代の純負担(負担と受益の差)も平準化する。だから、この事前積立は、賦課方式の社会保障がもたらす世代間格差を改善する機能をもつ。これが、世代間格差改善のための事前積立という考え方である。

ところで、事前積立の導入が社会保障の長期財政収支に与える影響をみると次のようになる。まず、上記の試算からも明らかなように、この方式は、高齢化進展前の第1期で、若干、現役世代が負担する保険料を引き上げる。このため、第1期では、老齢世代に移転する社会保障費よりも現役世代が負担する保険料の方が多いので、社会保障の財政収支は一時的に黒字化する。そして、この黒字分は高齢化の進展に備えて事前積立する。次に、第2期では、高齢化が進展して老齢世代に移転する社会保障費の方が、現役世代が負担する保険料よりも多くなるので、社会保障の財政収支には赤字の圧力が加わる。だが、この赤字圧力は、第1期の黒字分の事前積立で完全相殺するので、社会保障の長期財政収支は必ず均衡する。

事前積立のための負担引き上げは経済成長に負の効果をもつか

さて、事前積立の導入には、その初期段階で、現役世代の負担を引き上げる必要がある。だから、経済成長に負の効果をもつので、導入は難しいとの批判がある。この批判は一見もっともらしいが、事前積立の導入によって、世代間格差が改善する場合には必ずしも正しくない。また、以下の図からも分かるように、世代間格差の改善はむしろ、経済成長を促進する可能性もある。

図 世代間不均衡と成長率の関係
図 世代間不均衡と成長率の関係

(資料) 筆者作成。具体的には、Auerbach, Kotlikoff, Leibfritz(1998)の世代間不均衡と、IMF(2006)“World Economic Outlook”の14カ国(米国、日本、独、伊、カナダ、オーストラリア、デンマーク、オランダ、ニュージーランド、仏、ノルウェー、ポルトガル、スウェーデン、ベルギー)の91-05年までの平均GDP成長率をプロットしたもの。厳密な相関測定には、さまざまなコントロールを行った上で、時系列パネル分析を行うのが望ましい。

これは次のように考えると分かりやすい。事前積立の導入で世代間格差が改善すると、社会保障における世代間での応益負担の性質が強まるから、各世代は老齢期に、現役期での負担に相当する受益を享受する。すると、この社会保障は、各世代が老後に要する社会保障費を、政府が強制貯蓄する方式と同等になる。だから、事前積立の導入時に、現役世代の負担を引き上げても、その負担分は老齢期に必ず還ってくる。

ところで、生涯賃金2億円を現役期に獲得し、現役期と老齢期に消費を平準化する家計があるとする。いま議論を簡略化するため、金利をゼロとすると、この家計は現役期と老齢期に1億円を消費し、老後のため1億円を貯蓄する。そこで、政府がこの家計に5000万円を強制貯蓄させると、家計の消費と貯蓄はどう変化するか。もともと、この家計は老後のため1億円を貯蓄する予定だったが、政府の強制貯蓄で5000万円貯蓄するので、自らの貯蓄は5000万円とする。そして、現役期と老齢期の消費は1億円で変化しない。

この強制貯蓄という形でなく、この貯蓄分を政府貯蓄として一時預かっても、政府貯蓄とこの家計の貯蓄を合計した国内貯蓄は1億円で、この家計の消費経路は変化しない。これは、事前積立の導入でも同様である。事前積立の導入で世代間格差が改善し、現役期の負担を引き上げても、その分が老齢期に必ず還ってくるのであれば、マクロ消費や国内貯蓄は変化しない。だから、事前積立の導入が経済成長に負の効果をもつとは限らない。ただ、上記の議論は、各家計の一部が流動性制約に陥っていると、若干修正する必要がある。流動性制約に陥っていると、各期の消費は、生涯賃金でなく、その期の手取り賃金に影響を受ける。だから、現役世代の負担を引き上げると、手取り賃金が減少するので、マクロ消費が減少する可能性がある。

一般的に、流動性制約に陥っている家計は、低所得世帯が多い。だから、事前積立を導入する場合、この影響を緩和するには、世代「内」における社会保障の所得再分配機能を強化し、高所得世帯には高い負担を求め、低所得世代には低い負担を求めるのがよい。なお、前回のコラムで「ベース財源」を特定する重要性を述べたが、社会保障予算をハード化し、世代間格差が改善するならば、事前積立の財源は保険料でも、消費税でも構わない。消費税による場合は、生涯の生活設計を変更できない老齢世代と、低所得世帯に影響を与える可能性があるが、それも社会保障やそれ以外における世代「内」での所得再分配機能を強化することで十分対応できる。

また、事前積立の導入で世代間格差が改善すると、社会保障における世代間での応益負担の性質は強まるため、世代「間」での年金・医療・介護のリスク・シェアリング機能は低下する。したがって、社会保障(年金・医療・介護)が担う寿命の不確実性、疾病、要介護のリスクの分散化には、世代「内」でのリスク・シェアリング機能が重要な役割を担うことになる。

以上のとおり、事前積立は、世代間格差の改善に有効な手段である。あと数年で団塊世代は社会保障の本格的受給側に回ると同時に、高齢化のスピードも高まっていく。だから、できるだけ早い段階で、事前積立を導入し、社会保障を持続可能なものに改革する必要がある。そして、この過程では、前回のコラムでも述べたように、社会保障における世代間の受益と負担、事前積立の経路を推計する独立の専門組織や社会保障予算のハード化も必要となる。この意味でも、一刻も早い、世代間公平基本法の検討と制定が必要になっているとはいえないだろうか。

2008年12月5日

2008年12月5日掲載

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