RIETI海外レポートシリーズ 欧州からのヒント

第十二回「原子力ルネッサンス?」

白石 重明
コンサルティングフェロー

原子力の再評価

世界的に原子力の再評価が進んでいる。現在、世界31カ国で436基の原子炉が稼動しており、その発電容量は約372GWであるが、将来に向けた建設が計画ないしは提案されている原子炉は377基であり、その発電容量は、現在の容量を上回る385GWにのぼる。すなわち、計画・提案のすべてが実現すれば原子力利用は倍増することになる。このような原子力の再評価を「原子力ルネッサンス」だとして歓迎する声も強い。

こうした動向の背景には、(1)今般の国際金融経済危機に至るまでは世界経済が順調に拡大してエネルギー需要が拡大したこと、(2)他方、主要なエネルギー源である原油については、分布状況が地政学的な問題をはらむ上に、実際に価格水準が高い時期が続き、かつ価格のボラティリティも高く、エネルギーセキュリティの観点からエネルギー源の多様化が必要だと認識されてきたこと、(3)さらに、地球温暖化対策として、実質上温暖化ガスを放出しない原子力がクリーンエネルギーの1つとして注目されてきたこと、などがある。

欧州もまた、こうした状況の例外ではない。フランスはもともと日本以上の原子力発電大国であるが(原子炉59基、発電容量63.5GW)、これまで脱原発の方向にあったイギリスが2008年に原子力発電所の新設を認める方向へと政策を転換したのに続き、2009年に入って、スウェーデン、イタリアが相次いで路線を転向した。具体的に、イタリアはフランスと原子力協力協定を今年2月に締結し、これを受けてフランスEDFとイタリアENELは、イタリア国内に4基以上の原子力発電所を新設する方針である。

欧州における原子力回帰の動きについては、上で指摘した背景に加えて、前回論じたロシアの問題が関係している。天然ガスの安定的供給が、ロシアの政治的意図にせよ、あるいはロシアにおける投資不足にせよ、結局のところ十分に保障されないとみた各国が、安定的なエネルギー源として原子力に目を向けたという側面がある。

再生可能エネルギーとの潜在的対立関係

確かに世界的に原子力ルネッサンスが進んでいる、というのは総論としては正しい観察であろうが、しかし少なくとも欧州では議論がそこでは終わっていない。

欧州では、原子力と太陽光や風力といった再生可能エネルギーの間に、意識されながらも明示的にはあまり議論されていない潜在的対立関係がある(この兼ね合いがいかにも欧州的だ)。エネルギー需要を安定的に満たす必要についても、化石燃料の価格のボラティリティを問題視することについても、地球温暖化対策の必要性についても、そしてロシアへの依存への警戒感についても、これらすべてを共有したとしても出てくる答えは原子力だけとは限らない。太陽光や風力の拡大も、これらの諸問題を解決する処方箋足りうるのである。

一般的な経験則としていうと、原子力の世界にいる関係者は、直面する諸課題を考えた場合の当然の帰結として「原子力ルネッサンス」を語る傾向があるが、それ以外の立場からは、異なる世界が語られることも少なくない。いわく「原子力の安全性や廃棄物処理の問題を考えた場合、むしろ再生可能エネルギーに投資をした方がいいのではないか」、いわく「これだけ世界的に原子力回帰が進むと核燃料の確保が大変になる懸念があるが、再生可能エネルギーならそのような問題はない」、いわく「テロ対策の観点から、原子力設備の増大は危険ではないか」「原子力技術の拡散は危険ではないか」…、といった具合である。実際、ドイツ、スペイン等は、脱原子力の方針を維持しており、むしろ再生可能エネルギーの拡大に向けた取り組みを強化している。ドイツの主導で、IRENA(国際再生可能エネルギー機関)も2009年に発足したところである。

他方で、もちろん、安定的に大規模な発電が可能となる原子力の優位性を指摘する声もある。安全問題についても、自信を示す関係者は少なくない。核燃料の調達についても、二次ウラン供給やカザフスタン等での増産などで、十分に需要を満たせるという試算もある。先にみたように、いくつかの国が脱原発方針から転換したという現実がある。

なお、こうした中で、欧州共通のエネルギー政策を標榜する欧州委員会は、どちらに偏ることもできない。原子力も再生可能エネルギーもあり、である。当然ではあるが、ここに「欧州共通のエネルギー政策」という看板の難しさがある。

当面は、現状のように「原子力も再生可能エネルギーも」ということで進むであろうが、今後、原子力と再生可能エネルギーとの間でトレードオフが潜在化した場合、何が起こるのかは予断を許さないというべきではないだろうか。この点に注意を払っておくことは重要であろう。

国際金融経済危機というもう1つのハードル

原子力ルネッサンスが直面するもう1つのハードルは、現下の国際金融経済危機である。

第1に、実体経済の減速は、エネルギー需要がこれまでのようには拡大しないという予想をもたらし、原子力によるエネルギー供給拡大の必要性の認識を減退させる。

第2に、原油価格高騰を演出してきたいわゆる金融要因が剥落し、1バレル40ドル前後での取引が可能となると、エネルギー供給構造の経済的なベストミックスの姿が変わり、やはり原子力利用拡大へのインセンティブは弱まる。さらに、原油価格のレベルの問題よりも本質的な問題として、このところの原油価格のボラティリティの高さは、投資額が大きく、かつ長い懐妊期間を要する原子力発電所への投資を躊躇させるに十分であろう。

第3に、原子炉一基あたりおよそ3000億円前後はかかると思われる原子力発電所建設コストをまかなうための資金調達が、現下の金融情勢では少なくとも危機以前よりは困難となる。

こうして、原子力ルネッサンスを支える要因については、温暖化対策というところに重点がぐっと寄せられてくることになるのだが、ここでは、先に述べた再生可能エネルギーとの潜在的対立関係がある。なお、この対立関係において、再生可能エネルギーを重視する立場からは「現下の金融経済情勢では、いわば小口投資が可能な再生可能エネルギーに分がある」とする関係者もいる。

ビジネスとしての原子力ルネッサンス

以上のようなハードルはあるものの、エネルギー供給構成の最適性を考えると、現在計画ないしは提案されているすべてではないにせよ、原子力利用は一定の範囲で拡大していくものと予想される。

これは、ビジネス的なチャンス拡大でもある。現在、国際的な原子力ビジネスのプレイヤーたりうる企業は、米国のGEやWestinghouse Electric(東芝グループ)、フランスのAREVA、ロシアのRosatom、そして日本の三菱重工、東芝、日立といったところが中心であるが、韓国、中国、カナダの企業も国際的なビジネスチャンスを逃さないように活動している。

もちろん、拡大するビジネスチャンスをどのように掴み取るかは、基本的には民間ビジネスの話ではある。しかし、原子力の場合、安全性確保や核物質のセーフガード等に万全を期しつつ、また核燃料サイクルの構築を念頭に置きつつ、国際協力の下で開発が進められることが求められる。実際、導入を進めようとする途上国の多くが、政府間の協力を求めている現実もある(日本もベトナムなどと協力を進めている)。また、民間企業が原子力ビジネスを展開することは、技術・経験の蓄積と継承につながり、国内での安全確保等にも大きく資するだろう。官民の適切なパートナーシップの下で、また、民間企業間の国際的な連携の下で、日系企業にもこのビジネスチャンスを活かしてもらいたいと思う。

2009年3月9日

2009年3月9日掲載

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