RIETI海外レポートシリーズ 欧州からのヒント

第九回「外資規制をどう見るか」

白石 重明
コンサルティングフェロー

外資規制に関するかみ合わない論調

本シリーズでも言及してきたJ-POWER問題や、空港外資規制問題などによって、外資規制に関する関心が高まっている。いわゆる政府の「骨太の方針」においても「外資規制について包括的検討を行う」こととされたところである。

安全保障問題が「リアリズム原理に則って国益を追求する主権国家間の問題」として理解されるのに対して、国境を越えた資本移動は「より広い国際的規模での資源の効率的配分を通じた経済効率性追求(限界生産性の均等化)=企業から見た場合の利潤最大化行動」であり、こうした2つの全く異なる原理に基づく事象のせめぎ合いの切所が外資規制問題である(筆者はこれをゲーム理論を応用することで理解しようとしている)。

それゆえに、外資規制については論者の拠って立つところによって事象の見え方が全く異なり、議論がかみ合わないケースが少なからずあるようだ。経済学的アプローチからすれば、外資規制は経済効率性を阻害するナンセンスな議論であり、安全保障論的アプローチからすれば、外資規制を否定するのはナイーブな議論だということになりがちである。

しかし、そもそも「外資規制は是か非か」という問題の立て方で論じていてよいのだろうか? それでは何かを見落としていないだろうか?

安全保障の担保は対外資では不十分

確かに、広義の安全保障の観点から、特定企業の資本構成が重大な意味を有することはある。安全保障というと、たとえば「空港にテロリストを迎えるのか!」といった極論に走る向きもあるが、そうした行為は「行為規制」や国家権力による実力行使で対応すべき問題だ。むしろ難しい問題は、「空港に十分な投資を行わないことで当該空港の国際的地位を貶める」といったことを、特定の政治的意図を持って経営権支配者が行う場合だ。この場合「積極的な投資を行え」という積極的行為の義務付けは難しく、「日本の空港を国際的なハブとする」という国策は特定の政治的意図によって阻害されよう。TCIのJ-POWERへの出資拡大に中止勧告が出されたのも、基幹送電線や電力融通のための周波数変換所等の保有や、原子力発電所の建設計画等を根拠としており、TCIの政治的意図を問題にしたのではないにせよ、広義の安全保障を追求する国策に沿った企業経営実現に懸念があるという点で同様の趣旨として理解できる。

しかし、このような広義の安全保障上問題となるような特定の政治的意図(あるいは結果として国策に反する経営を行う意図)を有する株主が現れる場合に、それが外資であるかどうかは不明である。特に外資が警戒されるのは、安全保障が主権国家間の問題として理解されてきた伝統があり、実際に特定政府の意向に従うと思われる企業群(いわゆるファンドを含む)が存在するためだが、外資でなければ広義の安全保障上の問題は生じないというわけではない。日本国内の反原発グループがJ-POWERを買収して原発計画を撤回する可能性はゼロではなかろう。

したがって、このような問題の発生を予防するためには、(1) 広義の安全保障上、重要な意味を持つ企業を特定すること、(2) 当該企業において、企業単位で広義の安全保障を担保する制度を採用すること、という手立てが取られるべきである。

このような観点から欧州の例を見ると、たとえばフランスの大手電力事業者・EDFは株式会社組織ではあるが、発行済み株式の大多数(85%)を政府が保有している。また英国でも、Rolles Royce等の防衛関連事業を行ういくつかの企業については、政府が黄金株を保有している。さらに、議決権を発行済み株式総数の一定限度までに制限する定款を有する企業や、法律によって議決権を制約する例も欧州では散見される。

こうした企業単位での措置は、投資家からみて内外無差別で予見可能性が十分に高い透明性を有しており、かつ広義の安全保障上も有効であると思われる。日本では、国際石油開発帝石ホールディングス株式会社が上場企業として唯一、黄金株を発行しているが、このような形での広義の安全保障の担保は、もっと広く採用されてもよいと思われる。もちろん、その際には、当該企業が安全保障上いかなる意味を有するのかが十分に明らかにされ、かつその採用する担保方法(株式保有、黄金株、議決権制限等)が合理的であることを示す必要がある。

外資規制は不要か

それでは、以上のような企業単位での措置が的確に採用されるならば、外資規制は不要となるだろうか。この点については、安全保障問題には事前の画一的基準による対応では不十分だという場合もあり得るし、むしろ、個別具体的な条件によって判断すべき例も多いだろう。そのため、企業単位の措置においては想定外の個別具体的なケースに対応するためのいわばバックアップ制度として事前審査型の外資規制制度を保持することには十分に意味があるし、だからこそ外資規制の実施は国際的な了解事項となっている。

ただし、このような外資規制については、十分に抑制的に運用されるべきであることはもちろん、規制発動に際しては、その根拠を明確に示すことで将来に向けた予見可能性を高めるように努めることが必要である。また、外資規制に関する国際的な共通理解を深めて、各国での制度・運用の調和を図っていくことも重要である。

Reciprocity

なお、外資規制については、全く異なるコンテクストで検討すべき課題がある。買収側企業と被買収側企業において、服する規律が異なる場合には、公平性の観点から当該買収について特別の扱いを行うべきとの考え方がある(reciprocity)。

たとえば、EUのTOB指令では、Board neutrality rule(いわゆる中立義務。公開買付情報を入手した対象企業の取締役会は、post-bidの買収防衛策の発動について、株主総会から事前の授権を得なくてはならない)とかBreakthrough rule(定款等によって議決権制限や株式譲渡制限といった買収防衛策を事前に導入していても公開買付期間にはその効力を否定)といったルールに服する企業が、これらに服さない企業(企業法制の異なる外国の企業など)から買収されようとする場合には、当該被買収企業もこれらのルールに服さないことを認めることになっている。

また、現在調整が進められているEUの第3次エネルギーパッケージ(指令案)では、発電事業者と送配電系統運用者のオーナーシップ・アンバンドリング(所有権の分離)を行うことを原則としている。これは公平性の観点から、EU非加盟国にも適用されるため、EU域内で発電事業を有する外国事業者はEU域内でネットワークは保有できないこととなる。

このように、公平性の観点から、外国企業が特に有利な立場に立たないよう規制を行うという発想は、今後さらに重要性を増大させる可能性がある。

2008年7月18日

2008年7月18日掲載

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