RIETI海外レポートシリーズ 欧州からのヒント

第八回「J-POWER問題をめぐる論調で見逃されているポイント」

白石 重明
コンサルティングフェロー

J-POWER問題

このシリーズでも折につけて言及してきたJ-POWERに対するTCIの増資問題について、外為法に基づく審査の結果、政府によって中止が勧告された。もちろん、これによってこの問題が終結するかどうかは不透明ではあるが、1つの区切りを迎えたことは間違いがない。

政府の決定をめぐって、さまざまな論調が聞かれるが(中には誤解に基づく論難もあるが)、ここではそれらの検証を行うのではなく、見逃されているのではないかと思われるポイントを、欧州からの視線で、いくつか指摘したい。

欧州を見よ!?

J-POWER問題をめぐっては、「欧州では電力会社の外資による買収は当たり前だ」という論調があった。

確かに、欧州では電力事業の国際的M&A等による再編が活発である。早くから電力自由化が進められたイギリスでは、パワージェンがドイツE.ONに買収されてE.ON UKとなっており、また、2006年11月にはスペイン・イベルドローラによるスコティッシュ・パワー買収が発表され、合意に基づく公開買い付けによる事業統合が行われた。スペインでは、大手事業者エンデサをめぐって、ドイツE.ONとイタリアENELによる買収合戦が繰り広げられて人々の耳目を集めた。

しかし、だから日本でも、というのは重要なポイントを見逃した議論だ。欧州で電力会社の国際的M&Aが活発である理由の1つは、「EUがあるから」である。

第1に、そもそもEUはThe Treaty Establishing the European Community第14条第2項および第56条において資本移動の自由を規定しているが、それは商品や人などと並んで資本の移動がEUの本質的構成要素だからである。そうしたEUを成立させるだけの共同体としての成熟性が欧州にはある。

第2に、特に電力については「持続可能で競争力があり、かつ安定したエネルギー供給」というEU共通のエネルギー政策理念の下、欧州を統一した単一の市場を創設しようとしている。EU内での電力会社の統合は、究極的には同一市場内での話である。

こうした「EUがある」という事情を無視した議論は、ためにする議論でしかないだろう。

事業会社とファンド

欧州を持ち出す論調で見逃されているもう1つのポイントは、欧州での国際的M&A等を通じた電力事業の再編は事業会社が主導しており、EUのエネルギー政策に合致しているという点だ。

欧州統一市場創設に向けた動きが進む中で、電力会社は統一後の市場でどのように事業を展開するかという企業戦略の一環としてM&Aを仕掛け、事業を再編している。こうした動きは、EU委員会が目指す欧州統一市場創設に沿ったものとして、EU委員会も好意的にみている。すなわち、こうしたM&A等による事業再編は、よりよいシステム実現に役立つという判断が成立しているのである。

他方、資金の運用を事業目的とするファンドによる買収についてはどうか。もちろん、欧州でもファンドによる電力会社買収も実例があるが、たとえば、ドイツのフィードインタリフ(風力発電による電力の固定価格買取制度)の拡充を見越して小規模風力発電会社を買収するといった規模での動きに止まっており、これまで具体的な問題に直面していないというのが本当のところである。

少しコンテクストは異なるが、EUのTOB指令についてEU委員会スタッフと意見交換を行った際、「このルールは株式会社間のTOBを念頭においているようだが、株式会社と異なる規律に服するファンドなどからの買収については、相互主義の観点からはどのように解されるのか」と尋ねたところ、「現実に問題化したケースがないので明確に答えられないが、具体的ケースに即して、個別に対応するしかないだろう」とのことであった。

不明確で恣意的?

J-POWER問題をめぐっては、そもそも外為法の基準が不明確で運用が恣意的だ、という論調もあった。しかし、当然ながら、欧州においても外資規制制度は存在するが、それらと比較する限り、外為法の基準が不明確で恣意的だというのは正確ではない。

EU全体としてはThe Treaty Establishing the European Communityにおいて、公共政策や公共の安全上の理由で正当化される措置を取ることは各国の権利であるとされており(第58条)、実際にEU加盟国はそれぞれ外資規制の法律を有している。

たとえば、フランスでは、「通貨金融法典(Monetary and Financial Code)」において、国益の維持の目的で資本取引等を政令によって申告、許可、検査の対象とすることができるとし(L151条-2)、さらに経済財政産業大臣は、外国投資家の活動が公共の秩序、公衆衛生、治安・防衛に影響を与える場合等には、取引の中止・変更を命令できるとする(L151条-3)。2005年には、法令改正によりテロ、マネーロンダリング等の新たなリスクに対応するために、関連11業種への外資規制(33.3%以上の出資比率を対象)を導入した。

また、ドイツでは「対外経済法(Aussenwirtschaftsgesetz)」において、原則として対外経済取引の自由を宣言しつつ(第1条)、安全保障上の理由から武器製造企業への25%超の外資参加を規制している(第7条第2項)。

イギリスには、そもそも外資規制の法律がないという論調もあるが、実際には一部業種で外資規制が存在するほか、一部の企業については政府が黄金株を保有することで安全保障上の懸念を払拭するという別の手立てを講じている。

これらの法制度に比べて、規制対象を明示して個別に審査を行う日本の外為法体系が、明確性に欠け恣意的だといったことはない。この点については、筆者が意見交換を行った国際的M&Aのアドバイザーを務めるプロフェッショナルも同意見であった。

なお、TCIがJ-POWERをターゲットとした理由の1つとして「他の国に比べて、外資規制について政府が強く出てこられないだろうというヨミがあったのだろう」という解説を欧州の地で聞いたことを付言しておく。

2008年4月17日

2008年4月17日掲載

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