RIETI海外レポートシリーズ 欧州からのヒント

第三回「M&A再論」

白石 重明
コンサルティングフェロー

2R-2RモデルとM&A

前回、戦略的な攻めのM&Aを日本企業に期待するレポートを書いたが、今回はそのフォローアップとして理論的側面からM&Aを整理した上で、アセット売買について考えたい。

M&Aが活発化する中、そもそも企業とは何か、誰のものか、という議論も盛んであった。さまざまな角度からの考察が可能だが、ここでは、企業を「静的に、かつ動的に、利潤最大化を目的とするゲームを行っているプレイヤー」としてみよう。

静的な利潤最大化とは、限界費用と限界便益が一致する最適生産を行うという意味である。ただし、その均衡点は、技術的・制度的要因の変化等によって変更される。国際的な事業活動をどの程度、どのような形態で行うか、あるいは行わないか、という企業戦略上の問題も、通信・交通技術の発展、国際金融の規制緩和の進展、各国における市場親和的政策の採用の増加等により国際的事業展開の可能性が拡大する中での個々の企業の意思決定の問題である。「静的」というのは、均衡点を求めるという意味であって、実際には外部条件の変化によって均衡点自体が変更されていくため、企業は常に新たな意思決定を行っていくことになる。EU統合の進展の中で、欧州企業がダイナミックにその姿を変えていったのは、このように考えると当然であった。

他方、動的な利潤最大化とは、各企業が直面する限界費用曲線and/or限界便益曲線を企業自らシフトさせることで利潤水準を引き上げるという意味である。具体的には、M&A等による新たな経営資源の獲得や、政府への働きかけによる新たな政策の発動や制度変更等がこれに該当する。すなわち「動的」というのは、均衡点の変更を企業自らが積極的に実現していくことで、最大化された利潤の水準自体を押し上げる意味である。

このような企業レベルの利潤最大化を目的とするゲームは、筆者が提案する以下のような「2R-2Rモデル」によって理解することができる。

第1に、企業はそれぞれに個性的なresourceとriskとを戦略基礎としている。企業内部の存在する技術、人材、資金力、ブランド、等々の要素がresourceであり、企業外部の事業環境等がriskである。

第2に、企業は、利潤最大化のために事業のre-definitionとre-locationという戦略行動をとる。re-definitionとは、どの産業分野で(水平的再定義)、またバリューチェーンのいずれの部分で(垂直的再定義)、自社は稼ぎを得ていくのかという事業モデルの再定義である。re-locationとは、バリューチェーンのどの部分を国内でまかない、どの部分を国外でまかなうかという地理的な事業の再配置である。

第3に、上記の戦略基礎と戦略行動とは、相互を規定しつつ循環している。企業は自らの戦略基礎に基づいて戦略行動を決定・実行するが、その結果として新たな有形資産、新たな市場での経験、新たなビジネスパートナー、等々のresourceを得る。また、直面するriskの状況も変化する。あるいは、目標とする特定の戦略行動のために必要なresourceの獲得やriskの変更を行うという「戦略行動が戦略基礎を規定する」という形での企業行動もある。このような戦略基礎と戦略行動の相互規定と循環の積み重ねによって、企業の姿がダイナミックに変化していく。このように「戦略基礎の2つのR」と「戦略行動の2つのR」が相互規定しつつ循環するモデルを「2R-2Rモデル」と呼ぶ。

このように企業のダイナミズムを2R-2Rモデルによってみると、M&Aは自らのresourceを大胆に増加・変化させていくものであることがわかる。

M&Aと政治

EUでは、経済統合が進み種々の分野で統一的な政策が採用されていく中、M&Aが活発に行われてきた。特に99年から進められた統一通貨ユーロの導入を契機として2000年にM&Aが大きく盛り上がった。これを業種別にみると、通信、化学、医薬品、金融・保険、そしてエネルギー等で大型のM&Aが見られたところである。

こうした動きは、2R-2Rモデルにしたがうと、多くの欧州企業がEU統合によってrisk状況が変わる中、自らのresourceを変更して事業のre-definitionとre-locationを進めたものとして理解できるが、これだけでは把握できない状況が増加しつつある。それは、主権国家による介入である(EUでは、これにEU委員会の動きが加わって複雑化する)。

たとえば、近時筆者が注目している欧州のユーティリティ(電力・ガス事業)の分野では、最近、GDF(フランスガス公社)とエネルギー・環境事業の大手スエズの合併が発表されたが、この背景にはサルコジ政権の強い意向があった。当初、スエズに対しては、イタリアの電力会社・エネルが買収を計画していたところ、この買収を防止する意図でGDFとスエズの合併が企図された経緯がある。しかしながら、交渉は1年半にわたり難航し、フランス政府が相当強く働きかけた結果として今回の合意に至ったといわれている。また、前回紹介したスペイン・エンデサに対するドイツ・E.ONのTOB断念劇も、背景にはスペイン政府の動きが相当にあった。

こうした政治的介入をriskとして理解すれば、2R-2Rモデルの射程に入る可能性があるが、むしろ、「2R-2Rモデルの構造下にある企業」と「企業とは異なる意図を有する国家」とのゲームとして分析するほうがよいだろう。日本でも、早晩、同じようなゲームが起こる可能性はある。後からみれば、たとえば先のJ-POWER(電源開発)に対する外資系ファンドの増配要求などは、その嚆矢だったということになる可能性があろう。

アセット売買

さて、こうした国家とのゲームまで視野に入れると、事業分野によってはM&Aのハードルが高くなる可能性がある。そこで検討の俎上に乗せたいのがアセットの売買である。

M&Aは、相手を丸ごと買い取るものだが、その事業内容によっては、政治的介入を招く可能性が生じることは、欧州ユーティリティの例が示すとおりである。だが、考えてみれば、自らのresource/riskを変更して事業内容をre-definition/re-locationするという観点からすれば、何も相手方の意思決定権まで獲得する必要は必ずしもないケースもある。むしろ、相手方の有するアセットのうち自社が欲しい部分だけを買収するほうがよいケースもあるはずだ。必要資金も小さくなるし、その後の事業展開において関係者との連携が容易になる可能性も高い。

実際、スペイン・エンデサの買収を断念したドイツ・E.ONは、相当の重要資産(アセット)の買取を認められることでTOBを断念した。スペイン側は企業支配権を外国企業に握られることを免れ(かつ相当の収入を得て)、ドイツ側はビジネス上の利益を得て、WIN-WINの関係が創出されたといえよう。

問題は、少なくとも欧州では、このところ大型のM&A案件に比べて良質のアセット売買案件が乏しいといわれている点だ。しかし、ここでも実は大型のM&A実施に伴って相当のアセット売出しが行われていく公算が高い。たとえばGDFとスエズの合併については、EU委員会の合併承認を改めて得る必要があり、その際には競争政策の観点から相当のアセット売却が条件とされると見込まれている。実際、既にEDF、E.ON、ENEL、さらにはガスプロムなどが買い手として動いていると聞く。

また、アセット売買では、価格以外の条件面において、買い手のresourceを活かしたディールができるかどうかもポイントになろう。たとえば、LNG発電所をアセットとして買い取りたいならば、燃料調達と電力供給との面において、売り手との間で種々のディールによって満足できるアセット売買が成立する可能性があろう。また、再生可能エネルギーによる発電設備であれば、欧州の政策当局の動きによっては、新規建設のみならず、アセット売買のさらなる活発化も予想されるところで、日本企業にもさまざまなチャンスが生じよう(米国での原子力ビジネスと同様である)。

さらにいえば、M&Aやアセット売買のほかにも、株式持合いを含めた企業間連携の強化など、resourceやriskを動的に変えていく手法はいくつかある。もちろん、日本企業の「自前主義」にも多くの利点があろうが、戦略的な攻めのM&Aとともに、戦略的なアセット売買等も視野にいれて、日本企業がグローバル競争の時代にどのようなダイナミズムを見せてくれるのか注目したい。

2007年10月25日
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2007年10月25日掲載

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