IoT, AI等デジタル化の経済学

第199回「ドイツの強い競争力を持つ「隠れたチャンピオン(Hidden Champion)」:イグス株式会社(ドイツ本社:igus SE & Co. KG)の成功物語(その3) - 日本の中小企業の経営者及び産業振興支援者に対するドイツからの示唆 - 」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/立命館アジア太平洋大学

4 前工程

(1)製品の企画・コンセプト

イグス社では、誰がどのようにして何を考え出すのか、本来、金属製のものを樹脂で作ろうという考えの原点はどこにあるのか、などについて以下に記す。

創業者のグンター・ブラーゼはもともと現在のローゼンハイム応用科学大学で学んだ木工エンジニア(Holzingenieur)で、ケルンのプラスチック会社(ACLA‑Werke GmbH)の工場長を務めていた(1955年からプラスチック業界で働いており、射出成形部門も担当)。そのため、プラスチックの可能性(*)をいち早く見抜き、射出成形が産業合理化の鍵となり得ると確信した。

(*)プラスチックは金属に比べて軽く、腐食しない、潤滑剤を必要としない摺動材料として利用できる可能性。金属が持つ課題をプラスチックで解決できる

グンターは創業当時、「課題解決が最も難しい部品(部分)はどこですか。私たちが解決します」という言葉で最初の顧客(自動車部品サプライヤーのピアバーグ社)を獲得した。まだ幼い子供2人を養う必要があり、射出成形機も購入前であったが、リスクを覚悟で注文を勝ち取る必要があった。

ピアバーグ社は、自動車用キャブレター用のバルブコーンに問題を抱えていた。しかし、当時はこの小さな金属部品を樹脂で、しかも射出成形機を使って製造することは誰も考えなかった。製造方法があまりにも複雑だったためだ。しかしグンターは諦めることなくガレージにこもって、射出成形機で樹脂製バルブコーンの試作を重ねた。そして、8日後に完璧な樹脂製バルブコーンの製造に成功、受注を獲得した。

イグス社の現在の主力商品はベアリングやケーブル保護管であるが、会社のスタート時点では、そうではなく受託生産だった。イグスは1960年代半ばになってポリマー製すべり軸受の生産を開始し、1967年になって初めてすべり軸受を量産化した。

また、1971年には繊維機械メーカーのシュラフォースト(Schlafhorst)が、過酷な環境下かつ長いストロークでケーブルを保護できるソリューションを模索していたことから、その課題を解決するため、現在の主力製品である樹脂製ケーブル保護管「エナジーチェーン」を開発した。

現在は金属製のモノを樹脂で作ろうという考えの原動力は実用性と経済性である。プラスチックは、低コスト・軽量・耐腐食性に優れ、そしてベアリングや摩耗部品にとって決定的に重要な「無潤滑・メンテナンスフリー」を実現する可能性を秘めている。多くの用途では、金属は過剰スペックである。

(2)製品の開発

高いハードルを乗り越えて商品化に成功するまでの苦難と熱意、自社・支援機関がどう役割分担して開発したか、に関して以下に記す。

グンターの最初の問いである「最も課題解決が難しい部分はどこですか? 私たちが解決します」に示されるように、彼の思想には「顧客が持つ課題に合わせてオーダーメードのソリューションを生み出し、その目的のためにプラスチックを使う」という考えがある。これは現在でもイグスで非常に大切にされている理念である。

現在でも会社全体としてスタートアップカルチャーが色濃く残り、意思決定と開発のスピードが他社と比べて圧倒的に早い。毎年多くの新製品を開発し、2025年は277の新製品・サービスを発表した。近年では二代目であるフランク・ブラーゼの発案でほぼ100%プラスチックの自転車「イグスバイク」を開発した。

また、フランクは、顧客第一主義を徹底した「ソーラーシステム」という組織スタイルを構想。ソーラーシステムは顧客を太陽に見立て、生活に不可欠な太陽が光、熱、エネルギーを与えてくれるように、ビジネスにおいても、お客様が要望やアイデア、資金を与えてくれるという考え方。顧客を太陽として捉え、全ての活動の中心に置く。働き方の観点でもソーラーシステムの思想を軸にしており、慣習にとらわれず、合理性を重視する働き方が特徴である。

商品となるためには、材料開発と再現性:荷重・温度・摩耗に耐えられる樹脂コンパウンドを開発し、その配合(フィラー、固体潤滑剤、繊維など)をロット間で安定させる必要がある。イグスには「マテリアルエンジニア」と呼ばれる材料開発を専門とする技術者がいる。

今日使えるだけでは不十分であり、摩耗や寿命を予測するため、速度・荷重・偏荷重・汚れ・エッジ条件などに応じた摩耗を予測する試験方法・データ・モデルが必要である。

プロトタイプから安定的な量産へ移行するには、成形収縮の制御、寸法精度、表面仕上げ、後加工などを低コストで実現する必要がある。

そして、樹脂が勝てる領域(耐腐食・無潤滑・静音・軽量)と、向かない領域をはっきり区別し、市場の信頼を損なう早期トラブルを避ける。

5 中工程

(1)製品の生産工程

生産性や品質を上げるための工夫として、規律ある「カイゼン」と「リーンシステム」を実施しており、これには全チームを巻き込み最良のアイデアを表彰するゲーミフィケーション型「リーンリーグ」も含まれ、生産性と品質は企業文化の一部となっている。

こうした文化的な取り組みは厳格な管理と連動しており、100%品質検査(インライン検査と最終検査)、工程能力のモニタリング、製品性能向上のための継続的な技術アップグレードなど。また、業界最大級の試験ラボで得た製品知識と相まって、これらの施策により最大4年間の保証を提供している。

(2)インダストリー4.0(デジタル化、AI導入など)

インダストリー4.0関連の製品・取り組みに関して、以下に記す。

  1. 「igusGO」アプリ
    スマートフォンで部品の写真を撮ると、AIが画像を解析し、最適なイグス製品を即時に提案する。設計者はカタログを探す手間なく、最短数秒で代替案を得られる。
  2. 「スマートプラスチック」
    IoT技術を使用しイグス製品にインダストリー4.0対応の自己監視機能を与える予知保全システム。エナジーチェーンやケーブルの状態を可視化し、故障の予測や機器の稼働率向上を支援している。
  3. 「イグバース」
    機械や設備の3Dモデルを仮想空間上で再現し、検証や検討ができるデジタル空間を提供する。
  4. センサーメーカーを買収
    2024年3月にポルトガルのセンサーメーカーAtronia社を買収し、スマート製品の内製能力を強化。
  5. ローコストオートメーション
    低コストで導入しやすい自動化ソリューションを「ローコストオートメーション」と称している。協働ロボット「ReBeL(リベル)」や、ロボットと周辺機器を組み合わせて選定できるマーケットプレイス「RBTX」を通じて、ロボットの現場導入を支援している。

イグスでは、自社工場において射出成形工程の自動化を積極的に進めている一方で、その中核となる金型技術は自社内に取り込んでいる。金型・成形技術は、素材開発と並ぶイグスの重要な技術基盤である。射出成形用の金型は、金型製造部門「iform」で一貫して製作している(開発、製造、成形トライからCT撮影を用いた品質管理まで)。これにより、設計・金型製造・試作までを社内で完結でき、非常に短いリードタイムで新製品やカスタム部品を開発することが可能となっている。また、3Dプリント金型による迅速な試作にも対応しており、いわゆるラピッドプロトタイピング的な高速開発プロセスを実現。

6 後工程

息子CEOの個人的な能力が大きい。

海外販路開拓、海外への進出過程として、画一的なやり方は存在しない。国、市場、文化は大きく異なるので、顧客価値を中核に据える。すなわち、近接性、サービス品質、迅速な対応など。

海外進出に当たって公的支援機関が果たした役割については、イグス社の国際展開は自主的かつ独立して進められてきた。投資、意思決定、実行はすべて自社の戦略に基づいて行っている。市場を成立させるために補助金や優遇措置に依存することはない。中核的な根拠は常に顧客価値——地理的近接性とサービス品質——に加え、健全な単位経済性、そして該当する場合、近隣市場とのシナジー効果にある。

公的支援機関は、情報源やネットワーク構築の補完的役割を担ってきた。市場情報収集、規制の明確化、信頼できるアドバイザーやサービスプロバイダーへの実用的な紹介、時には見本市への参加など、学習の加速や立ち上げリスクの低減に役立つ形で活用している。公的支援は学習を加速させる助けにはなるが、成長は自社の能力と顧客重視の姿勢から生まれるもの。

日本への進出過程については、日本へは機械の専門商社キャプテンインダストリーズ社を経由して1986年に製品が紹介された。当時、同社は工作機械に使われる部品を取り扱っており、金属製のケーブル保護管も販売していた。創業者の渡辺敏氏はケーブル保護管が日本市場で工作機械向けに需要があることを知っていた。ハノーバーメッセでイグス社のケーブル保護管を見つけた渡辺氏は、イグスの樹脂製ケーブル保護管は日本で売れると確信し、日本市場(工作機械メーカー)に紹介した。

1990年に同社との合弁会社「イグスジャパン株式会社」設立。2003年にイグスGmbH(ドイツ本社)全額出資子会社として、イグス株式会社が設立された。イグス株式会社の設立前後は、本社から赴任されたドイツ人女性が社長となり約3年在任。現在は東京に本社、栃木にアセンブリー・在庫を持つ。2026年6月には、栃木県内にもともとあったアセンブリー・在庫4拠点を集約し、面積を大きく拡張した新工場が同県さくら市に完成した。ドイツから部品を輸入し、この工場でアセンブリーを行う。今でもドイツ人が日本法人に毎年何十人と来る。ドイツから各製品担当マネージャーが来日した際には、全国から日本の営業担当者を集めて勉強会やワークショップを開く。ここまで投資をして自分たちの考え方を日本の社員と顧客に伝える努力をしている。

7 おわりに

(1)会社が成功した最大の要因は何か

ドイツ本社からの回答は以下の通り。

  1. 明確なニッチ領域への一貫した集中
    「モーションプラスチック」——すなわち、潤滑不要で耐摩耗性を持つ樹脂製の可動部品であり、かつ深いアプリケーション知識と組み合わせた分野への集中
  2. テストに基づく開発
    イグスは膨大な摩耗データや耐用年数データから、具体的な設計ルールやツール、長期保証を含む信頼性の高い指標を導き出し、それによってユーザーのリスクを低減している。
  3. 文化と営業によって強く支えられた「最も扱いやすい会社である」という主張
    明確な製品ロジック、迅速な供給、デジタルコンフィギュレーター、手間のかからないサポートなどを通じて、お客様にとって特に“簡単で速い存在”であること。

日本法人関係者に聞き取りをした回答は以下の通り。

  1. 市場密着主義
    日本のお客さんのニーズを理解している(キャプテンインダストリーズの渡辺氏という)目利きの人と出会い、見いだされたことがまず大きい。そして、日本には工作機械メーカーというイグス製品を販売できる市場がすでに存在していた。また、キャプテンインダストリーズが商社として日本の商習慣に合わせた営業活動を行ったことが日本で成功した大きな要因となった。顧客のニーズを吸い上げ、市場とマッチする製品・サービスを提供した。こうした実績を足掛かりに、その後、日本法人として事業を展開していった。
    また、テストデータの収集と公開が、ユーザーが部品を乗り換える際の不安を減らす安心材料として機能。ユーザーのニーズを起点に考えるマーケットインの姿勢で情報を公開するという取り組みが、他社に比べて導入のハードルを下げ、結果として成長につながった。
  2. フランク・ブラーゼの営業力
    フランク・ブラーゼは職人気質の父とは対照的に、社交的で営業に優れた才能を持つ人。マーケティングやセールスに力を入れイグスの事業拡大に大きく貢献した。日本の営業担当がフランクと顧客訪問をしたときの話。フランクは当時、お医者さんが持つような大きなカバンに分厚いバインダーを持ってきていた。お客さんの前に座ってバインダーを開くとなんと紙芝居のようになっている。今でいうPowerPointのプレゼンテーションをしていた。フランクの日本担当時代はもちろん、CEOになってからも積極的に日本でメイン顧客を直接訪問していた。良い意味で腰が低く、日本人のようだった。
    フランクは市場の声を聴くことを大切にしていた。優れた製品であっても、それだけでは事業を大きく成長させることはできず、市場に広く認知されることが重要であると考えていた。そのため、営業活動にも積極的に関与していた。営業を「セールステインメント(セールス+エンターテインメント)」と称し、セールスはお客様を楽しませるものという考えを持っていた。ダイレクトにお客さんから話を聞くということは今も大切にされており、現在もドイツから日本へ毎年何人も来日して日本人の営業担当に同行してお客様を訪問している。

(2)公的支援機関の果たした役割の評価

公的支援機関との主なコラボレーション例は以下の通り。

  • Fraunhoferが試験・認証・工程再設計を後押し。Fraunhofer IPAは2020年、イグス専用のクリーンルーム試験ラボ(ISO Class 1準拠)を設計・開発。イグスは実際の条件に近い形で開発・試験ができるようになった。最近ではエナジーチェーンがドライクリーンルーム環境での使用に適しているかについて、Fraunhofer IPAと長期試験を実施、クリーンルーム適合性を示す新たな証明書を発行。
  • ケルン商工会議所(IHK)と共同で成人教育プログラムを提供。このプログラムでは、プラスチック射出成形などの専門技術者を、ケルン本社で給与を全額支給しながら育てている。2016年以降、250人がIHK公認の資格を取得し、射出成形、機械加工、押出、物流、組立などの専門職としてイグスで働いている。また、ケルン本社の新卒社員は、ケルンおよび周辺地域の大学から直接採用している。
  • アーヘン工科大と高性能プラスチックベアリングの経済・環境効果の共同評価を実施。この結果、従来の金属ベアリングと比較し、年間最大1,400万ユーロのコスト削減やCO2削減が実証されている。
  • 技術的な観点から合理性があり、互いの能力が明確に補完し合う場合には、的を絞った協力関係も存在する。一例として、クリーンルーム向けソリューションの分野で、フラウンホーファーIPA(Fraunhofer IPA)などの研究機関と共同開発を行うケースがある。
    ここでは、潤滑不要で低摩耗なモーションプラスチック部品や実用的な工業化に関するイグスの知見と、研究所が持つ方法論的な専門性、測定・試験インフラ、クリーンルームの知識が組み合わさる。

(3)日本の中小企業へのアドバイス

  1. 明確なフォーカスが非常に大きな助けとなる
    イグス社は、本当に付加価値を提供できる分野に一貫して集中し、その価値を実践の中で繰り返し検証することで、大きく前進してきた。ポートフォリオの複雑さを減らすことで意思決定が速くなり、市場への影響も大きくなることが多い。
  2. テストとデータは直感に勝る
    特に新しい材料や新しいソリューションにおいては、「測定できること」が信頼につながるということを学んだ。早期にテストし、体系的にデータを収集し、そこからシンプルな設計ルールを導き、お客様のリスクを減らす。これが開発と市場投入のスピードを加速させる。
  3. 使いやすさは重要な競争要因
    「最も扱いやすい会社である」という私たちの主張は、すべてを完璧に行うという意味ではない。それよりも、お客様にとって物事を常に簡単にする努力を続けるということ。明確な製品ロジック、迅速な供給、デジタルツール、実践的なアドバイス——これらがそのための要素である。
  4. 可能な限り自ら問題に取り組むこと
    私たちは、問題解決において制度的な枠組みや支援プログラムに過度に依存しない。それが本質的に悪いからではなく、ダイナミックな環境ではしばしば遅く、官僚的すぎることがある。そのため、技能人材やエネルギーといった課題には、研修、オートメーション、自社の効率化ソリューションなどで積極的に取り組んでいる。
  5. 標準化とモジュール原則
    最後に、標準化とモジュール原則はスピードのための良い基盤であると考えている。モジュール、プロセス、インターフェースが明確であれば、新しいアプリケーションはより迅速に実装できる。それは社内でも顧客先でも同様。この文脈で、私たちは日本発祥の手法である「カンバン」を意図的に活用している。これはまた、日本企業にとって、継続的改善、効率的な物流、実践的な標準化といった日本独自の強みにフォーカスすることが成功への非常に良い道となり得るという示唆でもある。
  6. ドイツ人は日本人にはない時間的な合理性を持っている。日本人なら1時間の会議をすれば1時間かけるが、ドイツ人は10分で終われば解散する。会社で無駄話をしないで仕事に集中して17時になればさっさと帰る。

以上は秘密のレシピではなく、私たちを助けてきたツールにすぎない。日本企業には、多くの強みがすでにある。それらにスピード、テストデータ、顧客にとってのシンプルさが加われば、非常に強力な総合力を生み出すと私たちは信じている。

(4)イグス社の将来目標

イグスがしばしばミッションステートメントとして掲げる主要な目標の一つは「潤滑剤のない世界」、つまり、可能な限り多くの用途で、機械や設備が潤滑剤なしで動作できる世界を目指すということ。もちろん、すべての用途でこれを完全に実現できるわけではないことは認識している。それでも、私たちはこの高い目標を追求することに大きな価値があると考えている。なぜなら、それが「メンテナンスの削減」「故障の減少」「環境負荷の低減」「技術のシンプル化」といった革新を推進するから。

このミッションは、モーションプラスチックの拡大、寿命を予測できるスマートプラスチックの普及、低コスト自動化のスケール化、そして潤滑剤削減・消費削減・プロセス効率化によるサステナビリティ向上といったその他の目標にも直接貢献している。もちろん、イグスは今後も成長を追求し続ける。それは、経済的な余裕や技術革新のための条件を生み出すだけでなく、「お客様の成功を通じて人々の成功を実現する」ことにつながるからである。

2026年6月15日掲載