I. 戦略変更
「デジ真理(DIGIMARI)」(注1) はドイツ連邦教育研究省の国際研究マーケティングキャンペーン「仕事の未来(The Future of Work)」(注2)傘下のプロジェクトである。同省の助成を受け、2019年6月から2021年5月までの2年間実施される。プロジェクトの目的は、中小規模製造業のDX推進のための日独プラットフォーム構築である。ヘッセン州中部の3つの団体が産学連携パートナーとして参加している。
実行を主導するのはミッテルヘッセン工科大学(Technische Hochschule Mittelhessen、以下THMと略す)だ。ニルス・マデーヤ教授がゲリット・ザーメス教授の協力のもと当プロジェクトを立ち上げ、両教授の所属するTHM経営学部にはプロジェクトマネジメントオフィス(以下PMOと略す)が設置された。筆者はそこで連携コーディネートを担当している。
「デジ真理」PMOはマデーヤ教授の策定したプロジェクト計画に基づき、オンライン、オフライン、オンサイトという3つの手法を用いてマーケティング戦略を展開する(注3)。ところが重要な第3の柱であるオンサイトマーケティング(現地での活動)が、新型コロナウィルス感染症の拡大により壊滅的打撃を受けてしまった。2020年4月に予定されていた第1次日本訪問は直前になってキャンセルを余儀なくされ、9月の第2次訪日計画も実行不可能となった。渡航の見通しは依然として立たない。
新しい状況に対応すべく、日本での実施を予定していたロードショーやシンポジウムをオンラインの形で実施することにした。まず手掛けたのは、4月に東京での開催を予定していた日本の専門家たちとの会議である。
II. カンファレンス概要
会議のテーマは日独における仕事の未来。日本の製造業とファイナンスに関する専門家3人にご参加いただき、非常に有意義な意見交換を行うことができた。
日本側の代表は岩本晃一氏が快く引き受けてくださった。岩本氏は日本の政策シンクタンクである経済産業研究所並びに日本生産性本部で研究に従事しておられる。幅広い研究領域の中でも特にドイツ経済についての造詣が深く、インダストリー4.0とIoTに関しては日本をリードする有識者である。
株式会社日立製作所研究開発グループ 生産イノベーションセンター 主管研究長である野中洋一博士は、ロボット革命イニシアチブ協議会(RRI)においても先導的な役割を担い、Plattform Industrie 4.0との日独IoT連携推進のため活躍しておられる。
金融部門からは日本屈指の銀行アナリスト高宮健氏にご参加いただいた。野村證券株式会社グローバル・リサーチ本部エクイティ・リサーチ部のパンアジア 銀行・金融 リサーチヘッドマネージング・ディレクターを務める氏は、2016年の日経ヴェリタスアナリストランキングにおいて銀行部門第1位に選ばれた経歴の持ち主だ。
ミッテルヘッセン産学連携ネットワークからは各団体の代表が出席した。マリア=クリスティーナ・ビーネク(SEF スマート・エレクトロニック・ファクトリー)、クリスチャン・ピテレク(ミッテルヘッセン地域マネジメント公社)、エーファ=マリア・アウリヒ博士(リサーチキャンパス・ミッテルヘッセン)の3氏である。またプロジェクトの拠点であるTHM経営学部から、学部長スヴェン・ケラー教授、ニルス・マデーヤ教授、ゲリット・ザーメス教授、クリストフ・ガルス教授と花本美恵の5名が参加した。
東京でまる一日かけて執り行う予定であったカンファレンスを4つのセッションに分割し、ひと月に1セッションのペースで実施した。1回の所要時間は約2時間である。以下に各セッションの講演者と講演題目を示す。
III. 日本における中小製造業のデジタルトランスフォーメーション
2016年春、研究調査のためドイツを訪れた岩本晃一氏は、THMでゲリット・ザーメス教授とインダストリー4.0に関する意見交換を行った(注5)。それが縁となり、このたびのカンファレンス開催に至った。「デジ真理」PMOのコーディネートにより、2020年9月8日、二人の研究者による4年半ぶりの議論が実現した。
前回の対談で岩本氏は、日本の製造系中小企業がIoTやAIなどの新しい生産コンセプトの導入に極めて消極的であることを憂慮しておられた。その状況に変化はあったのだろうか。氏の今回のプレゼンテーションを以下に要約する。
2016年4月、岩本氏は東京で「IoT、AIによる中堅・中小企業競争力強化研究会」を立ち上げた。以来9社の参加による取り組みの結果、中小企業への円滑なIoT、AI導入を行い、飛躍的な効果を生み出すための各種のノウハウが蓄積されてきた。
2018年以降の新たな動向は、刮目に値する。同研究会のオブザーバーとして参加し、支援ノウハウを吸収してきた地方自治体において、同様の研究会が発足し始めたのである。それら先進的地方自治体に触発され、ほかの自治体にも同じような動きが広がっている。
個々の企業の取り組みとしてスタートした活動は着実に成果を上げ、地方自治体の取り組みという次の段階へと発展した。岩本氏が4年半の歳月をかけて心血を注いできた活動はこれから日本全国に波及していくことであろう。
岩本氏は言う。「日本は総企業数の99.7%が中小企業である『中小企業の国』である。その中小企業の生産性を上げなければ、日本全体の生産性は上げることはできない。技術が大きく進化したIoTやAIを用いた生産性の向上は、正に今でなければできない。」(注6)
IV. 成果と展望
10月16日、最終セッション。日独の代表による挨拶が終わり、いよいよ閉会である。しかしWEB会議室を去る参加者はいない。今後の日独研究協力について話し合うため、残ってくださったのだ。
全4回のシリーズは成功裏に終わった。お忙しい中スケジュールを調整して参加してくださった皆様に、この場をお借りして心よりお礼申し上げる。皆様のご協力なくして、この会議の成功はあり得なかった。
特に岩本氏には日本側代表として一方ならぬご尽力をいただいた。また、RIETIサイト内のご自身のコーナーで、「デジ真理」プロジェクトの概要とTHM教授の研究成果の一部をご紹介いただいた(注7)。本カンファレンス成功の証左として、私たちプロジェクトチーム一同、たいへんうれしく思っている。
次に皆様と意見交換の場を持てるのはいつになるだろうか。バーチャル会議室ではなく、日本あるいはドイツで直に皆様にお会いできる日が一日も早く訪れることを願ってやまない。