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no.8: 学際研究の陥穽

林 紘一郎
慶應義塾大学教授

私は著作権も研究対象にしているが、その視角は他の正統派の方々とは全く異なっている。私の問題関心はメディアの方にあり、メディアを流れるメッセージを考察の対象に加えていったら、自然に著作権に行き着いたという訳である。そこで方法論も、伝統的な「法解釈学」に依拠するのではなく、「法と経済学」の流れを汲んでいる。これが成功したかどうかは、1年後に刊行予定の『著作権の法と経済学』を見ていただくとして、ここではその過程で意識するようになった、学際研究の陥穽について述べよう。

私は「法と経済学」を「法学+経済学」と捉えており、これまた伝統的な「法の経済分析」すなわち「経済学の方法論による法制度の分析」という考えを採っていない。ここでは細部に立ち入る余裕はないので、まずは私の理解を受け容れてもらおう。法と経済学が、法学と経済学にまたがるインター・ディシプリナリ(学際的)な研究であるとして、次の問題は学際研究の際気をつけなければならない点は何か、という事になる。

このような大問題に答えるには、答える人自身が相当に学際的でなければなるまい。しかし幸い私は、一応の外形的標準(課税の話ではなく)をクリアしているのではないかと思う。なぜなら、長いビジネス経験の後に学界に転じたし、法学部を出て経済学で博士号をいただき、大学での講義も学部横断的なものが多いからである。

そこで、恥ずかしながら私は、一時次のように自惚れていたことがある。すなわち、私が法学と経済学にまたがるテーマに取り組んだとする。法学も100点満点の60点(多数の大学における合格の最低水準)、経済学も60点を取ることができれば、両者が複合する領域では、

60点+60点=120点 (Conceited、略してC式と呼ぼう)

取れるはずである。ところが実際には、

0.6×0.6=0.36 (Shrank、略してS式)

と縮んでしまうことを実感せざるを得なかった。以後私は自戒の意味を込めて、S式を「学際研究における縮みの法則」と呼んでいる。

「なぜこうなるのか」は、ディシプリンと大いに関係がある。昨年私は経済学者の池田信夫氏と共著で「通信政策:ネットワークにおける所有権とコモンズ」という小論を書いた(奥野正寛・竹村彰通・新宅純二郎(編著)『電子社会と市場経済』新世社、所収)。その際「所有権」というごくありきたりの用語について、経済学と法学の間で(そしておそらくは、アメリカの学者と日本の学者の間で)著しい概念の差があることが、相互理解の障害になった。

これを救ってくれたのは学際研究の学者ではなく、純粋経済学者や純粋法学者であった。彼らは、自分の専門領域以外に敢えて口出ししようとしなかったが、逆に専門領域ではどのような発想になるかを示して、混乱を解きほぐしてくれた。そこで私が発見した知見は次のとおりである。

前出のS式を、2分野について一般化すると、

P=Pi×Pj (S式の一般型)

ここで

P : インター・ディシプリナリな研究全体のパフォーマンス
Pi, j: 専門分野i,jでの、夫々の研究のパフォーマンス である。

2分野にまたがる研究でP≧1を実現するためにはPi≧1またはPj≧1が必要になる(十分条件ではない)。換言すれば

法則1:2分野の学際研究で成功するには、いずれかの専門分野で飛び抜けた(100点満点以上の)業績を持っていなければならない。

が発見される。
仮にこの条件を充たしていない人々が学際研究に走ると、

法則2:飛び抜けた専門業績を有しない者だけが集まって、学際的な研究を行なうと、メンバー中最下位の者の成果よりも劣るものしか生まれない。

という惨憺たる結果になる。

しかし以上の法則は、学際研究は止めた方が良い、ということを意味しない。事実は全く逆で、時代の進展と加速化に伴って生じている問題は、過去の事例を中心に研究を蓄積してきたディシプリンでは解けない場合が多い。そのようなテーマに、異なったディシプリンの人々が協力して取り組むことこそ求められている。ただし、その場合には各人が「私はこのディシプリンで取り組みます」ということを宣言し、お互いが了解し合っていることが必要だろう。これを山登りにたとえると、(1)山に登ることには大いに意義がある、(2)しかしどのルートで登るかは予め計画し、公表しなければならない、(3)他のルートから登る人と、良好な競争と協調関係を保つべきである、ということになるだろうか。

2003年4月16日

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2003年4月16日掲載

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