2001年7月に経済産業研究所(RIETI)サイト内に筆者個人サイト「中国経済新論」を立ち上げ、その2ヵ月後の9月には、本コラム「実事求是」の連載を開始した。早いもので、今年25周年という節目を迎えることができた。
「実事求是」とは、鄧小平が好んで用いた言葉であり、事実に基づき真理を求める姿勢を意味する。コラム開設当時、中国は改革開放の進展を背景に高成長を続けていたが、日本では「中国脅威論」と「中国崩壊論」が交錯し、感情的な議論が目立っていた。こうした中で、主観や印象に左右されることなく、中国経済の実像を伝える場が必要であると考え、この言葉をコラムのタイトルに掲げ、理論と実証に基づいて冷静に読み解くことを試みてきた。
この四半世紀において、中国経済は劇的な変貌を遂げた。2001年のWTO加盟を契機に「世界の工場」として急成長し、2010年にはGDPで日本を上回り、世界第2位の経済大国となった。その後、労働力の減少や国有企業改革の停滞などを背景に成長率は低下し、さらに2021年以降の住宅バブル崩壊がその傾向に拍車をかけた。米中対立の激化という地政学的圧力も加わり、中国経済は「内憂外患」に直面するようになった。これに対応するために、中国は内需拡大とともに、「新質生産力」の推進を通じて「イノベーション大国」への転換を模索している。本コラムは、この歴史的過程を「現在進行形」で描いてきた。
同時に、日中関係も大きく変化した。中国のGDPと一人当たりGDPは、2001年から2025年にかけて、それぞれ日本の3割から4.4倍へ、3%程度から4割弱へと増えてきた。こうした急速なキャッチアップを背景に、両国の産業構造は補完関係から競合関係へと移行した。これを象徴するように、中国は日本を抜いて世界最大の自動車輸出国となっている。日中関係を展望する上でも、両国の経済力の相対的な関係に生じたこのような変化を十分に認識することが、ますます重要になっている。
本コラムでは、一貫した分析枠組みを採用してきた。すなわち、短期の景気分析には需要要因、中期の潜在成長率分析には供給要因、長期の経済発展分析には制度要因を重視する三層構造である。
短期の景気分析においては、需要の変動に焦点を当ててきた。リーマンショック後の景気対策の有効性を検証することに加え、2021年以降の住宅バブル崩壊を受けて、企業・家計・金融機関・政府の各部門がバランスシート調整を余儀なくされ、その結果として景気低迷が長期化する可能性を指摘してきた。
中期の潜在成長率分析では、労働力、資本投入、全要素生産性(TFP)といった供給要因に着目してきた。とりわけ、2010年代前半における中国経済の減速を、単なる景気循環の一局面ではなく潜在成長率の低下として早期に捉え、要素投入型から生産性向上型への成長モデル転換の必要性を提起してきた。
長期の経済発展分析では、法の支配、財産権の保護、所有制改革、市場化改革といった制度要因に注目してきた。イデオロギーや既得権益の抵抗がこれらの改革の制約となり、中国が「体制移行の罠」に陥る可能性についても継続的に論じてきた。
加えて、これら三つの時間軸に共通する視点として、政治的要因と地政学的文脈を重視してきた。例えば、中国において、国有企業の民営化は、「生産手段の公有制」という社会主義体制の根幹に関わる問題であるため、容易ではないと見てきた。また、近年の米中関係については、イデオロギーや体制の違いに根ざした対立であると同時に、先端半導体の輸出規制に象徴される安全保障上の競合としても捉えてきた。
さらに、分析におけるもう一つの重要な視点は、日本の歴史的経験から教訓を引き出すことである。とりわけ、1980年代の日米貿易摩擦の展開と、その後のバブル崩壊を契機とする長期停滞、さらにそれぞれに対する政策対応は、中国経済を分析する上で重要な示唆を与えている。
こうした分析枠組みを軸に、本コラムでは経済予測と政策提言も行ってきた。リスクの回避と問題の解決に役立つ情報を発信することこそが、エコノミストとしての本来の使命だと考えるからである。
経済予測の面では、中国のGDPが日本を追い越す時期を早い段階から見通したほか、農村部の余剰労働力の枯渇、すなわちルイス転換点の到来による潜在成長率の趨勢的低下を、2010年代初頭から指摘してきた。また、不動産セクターへの過度な依存と債務膨張のリスクを継続的に警告し、2021年以降の住宅バブル崩壊とその後の後遺症を展望してきた。米中対立についても長期化を見込み、デカップリングのリスクを早期から論じてきた。
政策提言の面では、市場メカニズムの深化と国有企業改革の加速を訴え続けてきた。特に近年では、民営企業の活力発揮こそが「新質生産力」推進の前提であるとの観点から、「国進民退」の流れへの懸念も表明している。また、人民元改革については、固定相場制から管理変動相場制への移行と資本勘定の段階的開放を提唱し、国際通貨としての役割拡大に向けた条件整備を論じてきた。さらに、家計消費の底上げを、輸出・投資依存型の成長モデルから内需主導型の成長モデルへの転換の鍵と位置づけ、そのための財政・社会保障政策の改革を提起してきた。
本コラムはRIETIの日本語サイトにとどまらず、中国語・英語にも翻訳され、国内外で幅広く読まれてきた。また、その内容を発展させた研究成果として、『日本人のための中国経済再入門』『共存共栄の日中経済』『チャイナ・アズ・ナンバーワン』『中国 二つの罠』『中国 新常態の経済』『未完の人民元改革』など、多くの書籍を刊行することができた。
筆者にとって、刻々と変化する経済情勢をリアルタイムで分析し、限られた情報の中で見通しを立て、対応策を考えることは、挑戦であると同時に大きなやりがいでもあった。こうした研究と発信を継続できたのは、四半世紀にわたり本コラムを読み、支えてくださった読者の皆様のおかげにほかならない。ここに改めて深く感謝申し上げる。
「実事求是」という初心は、今も変わっていない。これまで中国経済が大きく変化する時代に立ち会い、多様な情報環境と人的ネットワークに恵まれながら、事実に基づき真理を求める探究を積み重ねてきた。今後も可能な限り、この歩みを続けていきたい。