中国経済新論:実事求是

中国の新たな発展戦略となる「双循環」
― 「国内循環」と「国際循環」の相互促進を目指して ―

関志雄
経済産業研究所

中国は1970年代末に改革開放に転換してから、豊富な労働力と低賃金という優位性を生かして、技術・部品と市場を共に海外に大きく依存する加工貿易をテコに発展してきた。しかし、近年、労働力が過剰から不足に転じたことに加えて、海外における保護主義の台頭と米国における対中デカップリング政策の実施を受けて、加工貿易を中心とする「国際循環」に頼った発展戦略の限界が露呈されている。これに対して、政府は、「『国内循環』を主体とし、国内・国際の2つの循環が相互に促進する」という「双循環」戦略を打ち出している。2020年10月26~29日に開かれる中国共産党第19期中央委員会第5回全体会議(五中全会)では、第14次五ヵ年計画(2021-2025年)及び2035年までの長期目標の策定に関する重要な問題が検討される予定で、双循環戦略の推進はその軸になると予想される。

双循環戦略とは

双循環という概念は、2020年5月14日に中国共産党中央政治局常務委員会において初めて提起された。その内容は、後に行われた一連の重要な会議において次第に明らかになり、7月21日の企業家座談会と8月24日の経済社会分野専門家座談会における習近平総書記の演説をベースに次のようにまとめられる。

双循環とは、国内循環を主体とし、国内と国際の2つの循環が相互に促進する新たな発展戦略のことである。これは、中国の発展段階・環境の変化に基づいて提起されたものであり、中国の国際協力と競争の新たな優位性を再構築するための戦略的選択である。これまで、経済のグローバル化が進んだ外部環境の下では、市場と資源を外に求めることは、中国の急速な発展に重要な役割を果たした。しかし、現在のような、保護主義が台頭し、世界経済が低迷し、グローバル市場が萎縮した外部環境の下では、中国は国内の巨大な市場という優位性を十分に生かさなければならない。

双循環戦略を実施するに当たり、生産・分配・流通・消費に重点を置きながら、供給側の構造改革と内需拡大という方針を堅持し、需要と供給の拡大均衡を目指さなければならない。その上、サプライチェーンのレベルアップを図り、技術革新(イノベーション)を大いに推進し、コアとなる技術の開発に力を入れ、未来の発展のための新たな優位性を作り上げなければならない。

むろん、国内循環を主体とすることは、決して門を閉ざして鎖国的な運営を行うことではなく、むしろ内需の潜在力を発揮させることを通じて、国内市場と国際市場をうまく連結し、国際・国内の2つの市場、2種類の資源を最大限に生かし、更に強靭で持続可能な発展を実現することであるという。

このように、双循環戦略の本質は、対外開放を堅持しながらも、需要と供給の両面において、貿易を中心とする国際循環への依存を減らし、生産・分配・流通・消費からなる国内循環を強化することである。消費を中心とする内需拡大と、イノベーションを通じた生産性の向上と産業の高度化を目指す供給側改革が、その主な内容となる。

双循環戦略が提起された背景

双循環戦略が提起された背景には、内外環境の変化を受けて、従来の加工貿易を中心とする国際循環の限界が露呈される一方で、国内循環を支える大国の優位性が顕著になったことがある。

1)露呈された加工貿易を中心とする国際循環の限界

中国では、改革開放に転換してから、長年にわたって、国際循環の中心は、「加工貿易」であった。輸出企業は、技術や資金を海外に大きく依存する上、原材料や部品などの中間財を大量に輸入し、中国で加工した完成品を海外へ輸出するというビジネスモデルを採用している。

サプライチェーンにおける各工程の付加価値を表すスマイルカーブに沿って言えば、中国が「競争力」を持つ分野は、その「アゴ」に当たる加工や組み立てといった労働集約型工程に限られていた(図表1)。先進国が優位に立つサプライチェーンにおける川上(研究開発、主要部品の生産)と川下(販売、アフターサービス)の付加価値が高いのとは対照的に、中国が得意とする川中に当たる組み立ての付加価値は低い。

図表1 スマイルカーブから見た加工貿易による国際分業
図表1 スマイルカーブから見た加工貿易による国際分業
(出所)筆者作成

当初は、中国の人件費が安かったため、加工貿易は栄え、輸出企業に大きな利益をもたらした。中国製品の海外におけるマーケットシェアが大きくなり、中国は「世界の工場」としての地位を確立した。しかし、近年、内外環境の変化を背景に、加工貿易は困難な局面を迎えるようになった。

まず、中国では、少子高齢化と農村部における余剰労働力の枯渇を背景に、労働力が過剰から不足へ変わっており、賃金も上昇している。その結果、組み立てなどの労働集約型工程において、国際競争力が落ちている。

また、米中間の貿易摩擦が激化する中で、米国が実施する制裁や追加関税を避けるために、一部の企業は生産を中国から海外に移している。

さらに、新型コロナウイルスの世界的流行を受けて、中国は需要側と供給側からの二重のプレッシャーに晒されている。海外市場が低迷する一方で、一部の部品の供給が不足している。

これを背景に、中国の貿易依存度(輸出入の対GDP比)は、2006年の64.2%をピークに2019年には31.8%に低下している(図表2)。また、輸入においても、輸出においても、加工貿易のシェアが低下している(図表3)。特に輸出よりも輸入における加工貿易のシェアの低下が目立っており、これを反映して、加工貿易の付加価値比率が高まってきている。

図表2 中国における輸出入の対GDP比の推移
図表2 中国における輸出入の対GDP比の推移
(出所)中国国家統計局、中国税関より筆者作成
図表3 加工貿易の変化から見た貿易構造の高度化
図表3 加工貿易の変化から見た貿易構造の高度化
(注)加工貿易の付加価値比率=(加工貿易輸出―加工貿易輸入)/加工貿易輸出
(出所)中国国家統計局および中国税関より筆者作成

2)顕著になった中国の大国としての優位性

一方、中国は、人口数では世界第一位の14億人、GDP規模でも米国の67.0%に当たる世界第二位(いずれも2019年現在)となっており、国内循環の推進に有利な条件を備えている。

まず、近代経済学の父とされるアダム・スミスが『国富論』で指摘したように、「分業は市場の規模によって制限される」。巨大な国内市場が大規模な生産を可能にし、生産規模の拡大は分業の深化をもたらし、生産の専門化を促進し、更に労働熟練度と生産効率を高める。中国は、市場拡大と工業化の好循環とグローバル化の波に乗り、付加価値で見た製造業の規模が、2010年に米国を抜き、世界一となった。

次に、国内市場の規模が大きいことは、大企業の成長に有利である。大企業は、規模の経済と範囲の経済をより効果的に活用し、コスト削減と効率性の向上を通じて競争力を強化できる。米『フォーチュン』誌が発表する「フォーチュン・グローバル500」にランクインする中国企業が年々増え、2020年には120社(香港と台湾を除く)に達しており、米国の121社に迫っている。注目すべきは、国有企業が依然として多数を占めているが、2007年まで一社もなかった民営企業が、2020年に28社に増えたことである(図表4)。

図表4 「フォーチュン・グローバル500」における中国企業の推移
―国有企業Vs.民営企業―
図表4 「フォーチュン・グローバル500」における中国企業の推移
(注)本土のみ、香港と台湾の企業を含まない。
(出所)"Fortune Global 500"(各年版), Fortuneより筆者作成

そして、国内市場の規模が大きいことは、イノベーションに有利である。イノベーションは、生産性の向上のカギとなるが、巨額に上る研究開発投資が必要である上、リスクも高いため、小さな市場では、十分な収益が見込めない。中国は、市場が急速に拡大していることに加え、高等教育の普及を背景に理工系を中心に研究開発を支える人材も増えており、このような優位性を生かして、イノベーションの面において力をつけてきた。米コーネル大学、仏INSEAD、世界知的所有権機関(WIPO)が共同で発表している、各国経済のイノベーション能力とその成果を順位付けした「グローバル・イノベーション・インデックス2020」によると、中国は、対象となる131ヵ国・地域の中で、日本(第16位)を抜いて、第14位となっている(図表5)。同調査における科学と技術の集積地の世界ランキングでも、深圳―香港―広州は第2位、北京は第4位、上海は第9位と、上位を占めている。Nature誌がまとめた主要な科学の専門誌に掲載される論文数(Nature Index)においても、国別では、2019年に中国は米国に次ぐ世界第2位となっており、両者の間の距離が年々縮まっている。

図表5 グローバル・イノベーション・インデックス(2020年)
図表5 グローバル・イノベーション・インデックス(2020年)
(出所)米コーネル大学、仏INSEAD、WIPO, "Global Innovation Index 2020"(2020年9月2日)より筆者作成

双循環を促進するための方策

双循環戦略においては、国内循環が主体となるが、それを促進するために、消費を中心に内需拡大を図るとともに、供給側の改革を急がなければならない。

内需拡大に関しては、2008年のリーマン・ショックを受けて、中国は、鉄道、道路、空港、港、水利施設といったインフラ投資を中心に、4兆元に上る経済刺激策を実施したが、中国政府が目指す今回の国内循環の促進においては、消費が内需拡大の主役となる。中国における民間消費の対GDP比は2010年の34.6%を底に上昇に転じたとはいえ、2019年には38.8%にとどまっている。この水準は、主要国の中で最も低く、政策次第では上昇する余地が大きい。

中国における消費不振の最大の原因は、都市部と農村部の間の所得格差が大きいことである。実際、中国では、長期にわたって、民間消費の対GDP比は、農村の都市に対する一人当たり所得の比率に連動する傾向を示している(図表6)。その上、社会保障制度がまだ十分に整備されていないことや、住宅価格の高騰により家計の債務返済負担が重くなっていることなども消費を抑制する要因になっていると見られる。消費拡大のために、このような状況を改めなければならない。

図表6 農村の都市に対する一人当たり所得比率vs.民間消費の対GDP比
図表6 農村の都市に対する一人当たり所得比率vs.民間消費の対GDP比
(注)*都市は一人当たり可処分所得、農村は一人当たり純所得
   **都市・農村ともに一人当たり可処分所得
(出所)中国国家統計局『中国統計摘要2015』、『中国統計摘要2018』、『中国統計摘要2020』より筆者作成

供給側改革に関しては、中国政府は次の方針を示している。

まず、市場化改革を加速させなければならない。国有経済の配置の最適化と構造調整(より多くの国有資本を国民生活の重要分野と国家経済の命脈・科学技術・国防・安全等の分野に投下すること)、民間資本を国有企業に取り入れる混合所有制改革の推進、自然独占業種の改革の推進、民営企業をはじめとする非公有制経済の発展を支援する制度環境の整備を通じて、企業の活力を引き出すことに加え、民営経済と農村土地を含む各種の財産権の保護の強化、市場参入のネガティブリスト制度の全面実施、反独占・反不当競争法の執行の強化・改善など、市場の公平な競争を保障することが、その主な内容となる(注1)。

その上、イノベーションを通じた生産性の向上に注力しなければならない。具体的に、コアとなる技術の開発に力を入れ、科学技術の成果の生産力への転換を加速し、サプライチェーンを強化しなければならない。また、企業の技術革新における力を発揮させ、科学技術、教育、産業、金融が深く融合したイノベーション・システムを構築しなければならない。さらに、一流の人材と研究チームを育成し、科学技術における国際的交流と協力を強化しなければならない(注2)。

中国は、国内循環に重点を置きながらも、引き続き対外開放を積極的に進めることを通じて、国際循環の活力を維持しようとしている。習近平総書記は、2020年8月24日に行われた経済社会分野専門家座談会において、高い水準の対外開放によって国際的協力・競争の新たな優位を築く必要性があると次のように訴えている。

目下、国際社会には経済グローバル化の将来について少なからぬ懸念がある。われわれは、国際経済の連携と往来は、依然として世界経済発展の客親的要請であると考えている。わが国経済の持続的で急速な発展の一つの重要な原動力は対外開放にほかならない。対外開放は基本国策であり、われわれは対外開放の水準を全面的に引き上げ、より高い水準の開放型経済の新しい体制を建設し、国際的協力・競争の新たな優位を作り上げなければならない。グローバル経済ガバナンスシステムの改革に積極的に参加し、一層公平で合理的な国際経済ガバナンスシステムの整備を後押ししなければならない。

国際循環と国内循環の間の調整

国際循環と国内循環のそれぞれの促進に加え、従来の加工貿易からの脱却を中心とする、国際循環と国内循環の間の調整が、双循環戦略のもう一本の柱となる。サプライチェーンに着目すると、これは、主に川上における部品・中間財の調達先と川下における商品の販売先を海外から国内に転換することによって実現される。

商品の生産の各工程は、サプライチェーンを通じて緊密に結ばれており、その中の一部の部品の供給が途絶えただけで生産全体が止まってしまうことになる。今回の新型コロナウイルス感染症の影響による供給中断や米国による一部の中国企業を対象とする輸出制限で浮き彫りになったように、サプライチェーンを強化するためには、重要な部品の輸入への依存度を減らし、国内でも調達できるように自給率を高めなければならない。

中国では、サプライチェーンの弱点の一つは半導体である。2019年に中国における集積回路の生産量は195億ドルと、1,250億ドルという同市場規模の15.7%にとどまっている。そのうち、中国に本社を置く企業は76億ドルしか生産しておらず、残りは台湾積体電路製造(TSMC)、SK Hynix、サムスン、インテルといった外資系企業による生産である(注3)。進行中の米中ハイテク戦争において、米国はファーウェイをはじめとする中国企業への半導体の供給制限を、有力な武器として使っている。中国にとって、国内における半導体生産体制の拡充は、産業政策の最優先課題となる。

重要な部品の国産化を実現するためには、国内の資源を最大限に生かすことに加え、技術や設備の導入などにおいて、海外との協力も欠かせない。中国企業のみならず、多くの多国籍企業も中国での現地販売を増やすために、サプライチェーンの構築を含めて、中国での生産体制を強化している。

一方、商品の販売先を海外から国内に切り替えることは、生産者と消費者の双方のニーズに応えることができる。保護主義の台頭と世界経済の長期低迷に直面している中国の輸出企業は、これを通じて、新しい顧客を獲得し、活路を開くことができる。近年、急速に普及してきたインターネット通販は、彼らに便利な販売ルートを与えている。その一方で、国内の消費者は、より優れた商品が入手できるなど、選択肢が増える。企業間の競争が激しくなる結果、商品の価格が低下し、品質が向上することも、消費者に利益をもたらす。このように、商品の販売先を海外から国内に切り替えることは、消費の拡大のみならず、消費構造の高度化にもつながる。

サプライチェーンに沿ったこのような調整は、世界経済にも影響を与えると見られる。川上の部品などの中間財の輸入が中国における国内生産に代替されることにより、日本や韓国、台湾といった先進国・地域の対中輸出が抑えられるだろう。その一方で、川下における最終製品の輸出が国内販売に代替されることは、ASEAN諸国をはじめとする新興工業国にとって、世界市場における労働集約型製品のシェア拡大のチャンスになるだろう。

国内循環と国際循環の相互促進

双循環戦略を推進するに当たり、国内循環と国際循環の間の相互促進の効果が期待される。まず、国内循環が強化されれば、消費を中心に内需が拡大し、産業の高度化も進み、その結果、中国市場の魅力が一層増し、多くの外資系企業は、輸出や現地生産・現地販売を通じて、中国市場で業務拡大を目指すだろう。一方、対外開放の推進によって国際循環を強化することは、国内循環の強化につながる。特に対内・対外直接投資などを通じた海外技術の導入は、産業の高度化のカギとなる。中国にとって、米国からの技術導入が困難になった今、日本やヨーロッパ諸国など、他の先進国との協力がますます重要になってくる。

脚注
  1. ^ 「中共中央・国務院の新時代の社会主義市場経済体制整備加速に関する意見」、2020年5月11日。
  2. ^ 習近平総書記の経済社会分野専門家座談会における演説、2020年8月24日。
  3. ^ IC Insights "China to Fall Far Short of its "Made-in-China 2025" Goal for IC Devices," May 21, 2020.
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2020年10月14日掲載