中国経済新論:実事求是

新型肺炎の感染拡大で試練を迎えた中国経済

関志雄
経済産業研究所

中国では、2020年に入ってから、新型コロナウイルスによる肺炎(新型肺炎)が猛威を振るっている。その経済への影響は2003年のSARSの時より深刻である。すでに景気が急速に落ち込んでおり、年末にかけて回復に向かったとしても、年間の経済成長率は5%を割る可能性が高い。これに対して、中国は、経済政策の焦点を、副作用の大きい大型景気対策よりも、ダメージを受けた企業への財政・金融面からの支援に置くべきである。

需要と供給の縮小による経済成長率の低下

新型肺炎の感染拡大による経済への影響は、需要面と供給面に分けて考えることができる。また、感染拡大そのものよりも、人の移動制限など、感染拡大を阻止するために取られた政策による影響の方が大きい。

まず、需要面では、多くの人が自発的、または政府による規制を受けて、外出を控えている。それによる、小売り、飲食、旅行、娯楽などのサービス業への影響は極めて大きい。

一方、供給面では、政府は、春節(旧正月)休暇を延長するという措置を取った。その上、人の移動が大きく制限されている中で、一部の従業員は出勤できず、休暇が明けてからも、業務の正常化が遅れている企業も多い。さらに、一部の産業では、部品や生産財の供給が細くなっており、その結果、サプライチェーンにおける川下部門において、業務の縮小や停止に追い込まれている企業も多い。その中には、中国企業だけでなく、中国に生産拠点を持つ、または部品の供給を中国に大きく依存している多国籍企業も含まれている。米中貿易摩擦を受けて中国における投資環境はすでに悪化しており、今回の新型肺炎の感染拡大をきっかけに、チャイナリスクが一層高くなったと判断されれば、企業による生産拠点の海外移転は加速するだろう。

需要側要因によるか、供給側要因によるかを問わず、新型肺炎の感染拡大による(GDPで表される)生産への影響はいずれもマイナスであるが、それぞれの物価への影響は、対照的である。需要減(需要曲線の左側へのシフト)による生産の縮小は、物価の下落要因になるのに対して、供給減(供給曲線の左側へのシフト)による生産の縮小は、物価の上昇をもたらす(図表1)。両者が相殺し合って、新型肺炎の感染拡大による物価への影響は概ね中立的であると見られる。

図表1 新型肺炎の感染拡大による中国経済への影響
図表1 新型肺炎の感染拡大による中国経済への影響
(出所)筆者作成

中国経済への影響は2003年のSARSより深刻

中国では、2003年にもコロナウイルスによるSARS(重症急性呼吸器症候群、severe acute respiratory syndrome)が流行し、海外にも広がった。今回の新型肺炎では、死亡者数はすでにSARSの時を大幅に上回っており、中国経済への影響もより深刻になっている。

SARSの時と同様に、今回も、政府による初動の対応が遅れたという批判があるが、2020年1月20日に習近平主席が新型肺炎の発生を重視しなければならないとし、全力を挙げての阻止と制御に関する明確な指示を出したことを受けて、次のような厳しい対策が相次いで打ち出された。

①新型肺炎の発生源である湖北省武漢市における移動制限措置(1月23日)に続き、湖北省内の他の都市においても、人の市外への移動を原則として禁止するだけでなく、市内での移動も厳しく制限する。
②春節休暇を「2020年1月30日まで」から「2月2日まで」に延長する(一部の地域ではさらに延長)。
③各地域では感染拡大地域からの人の流入を制限する。

これを反映して、春節に伴う交通機関の特別輸送体制(1月10日-2月18日)の延べ旅客数が前年比50.3%減の14億8,000万人となった(中国交通運輸部、2020年2月19日発表)。

政府の対策が功を奏し、中国本土で新たに確認された感染者数は、湖北省以外では2月上旬、湖北省でも2月中旬にピークを過ぎており、新型肺炎の早期終息が期待される(図表2)。

図表2 中国本土で新たに確認された感染者数
図表2 中国本土で新たに確認された感染者数
(注)核酸増幅検査で陽性反応が出た者。ただし、湖北省の2月12日から18日までの分には、CTスキャン検査で感染が確認された者も含まれる。
(出所)中国国家衛生健康委員会、湖北省衛生健康委員会より筆者作成

2003年当時、中国はWTOに加盟したばかりで、高度成長の真最中だった。経済成長率(前年比、以下同)は、SARSの影響が集中した第2四半期には、第1四半期より2%ポイント低い9.1%に低下したが、その後、順調に回復し、年間では10.0%に達した。

これに対して、今回の新型肺炎の感染拡大の影響は2020年の第1四半期(中でも2月)に集中すると見られ、同四半期の経済成長率は2019年の第4四半期の6.0%より大幅に低下すると予想され、マイナスになる可能性さえある。実際、2月の購買担当者景気指数(PMI)は製造業が35.7、非製造業(主にサービス業)が29.6と、2008年のリーマン・ショック時を下回る過去最低の水準に落ち込んでおり、特に、非製造業の低下幅が大きい(図表3)。第2四半期になって新型肺炎が終息し景気が年後半にかけて回復に向かったとしても、年間の経済成長率は5%に届かないだろう。

図表3 中国における購買担当者景気指数(PMI)の推移
図表3 中国における購買担当者景気指数(PMI)の推移
(出所)中国国家統計局より筆者作成

景気対策よりも企業支援

多くの企業は、業務の停止と再開の遅れを受けて、収入が大幅に減る一方で、賃金、金利、家賃などの固定費用を負担しなければならず、資金繰りが悪化している。その結果、企業の倒産が増えれば、失業と不良債権の問題が深刻化しかねない。このような事態を回避するために、政府はダメージを受けた企業を対象に、財政面では時限減税、金融面では政策融資の拡大を中心とする支援策を打ち出している。その一環として、李克強首相が主宰する2020年2月25日の国務院常務会議は、小規模事業者を対象に増値税(付加価値税、日本の消費税に相当)の減免措置を実施することを決めた。期間は3~5月の3ヵ月間で、湖北省内の小規模事業者については増値税を免除、それ以外の地域では税率を3%から1%に引き下げる。また、中国人民銀行は、これまで、3,000億元の感染症抑制にかかわる重点企業を対象とする専用再融資枠に加え、中小型銀行を対象とする5,000億元に上る農業支援・零細企業支援の再融資・再割引専用資金枠を設けると発表している。

景気後退色が鮮明になるにつれて、2008年のリーマン・ショック後のように、インフラ投資と金融緩和を中心とする大型景気対策の実施を求める声が高まっている。しかし、それに伴う副作用が大きいと予想されるため、政府は慎重に進めるべきである。

まず、中国の非金融部門(企業、家計、政府)の債務の対GDP比は257.3%(2019年第3四半期実績)と危険水位に達している(図表4)。大型景気対策の実施は、債務問題の深刻化、ひいては金融危機を招きかねない。特に、景気対策の名の下で進められるインフラ投資の多くは、採算性が低い。建設費用に加え、資金の返済やメンテナンス費用などは、将来的に重い負担になる。

図表4 中国における非金融部門の債務の推移
図表4 中国における非金融部門の債務の推移
(注)期末値。2019年はQ3。
(出所)BISより筆者作成

次に、インフレ懸念が高まっている。主に豚コレラの影響による豚肉価格の上昇を反映して、消費者物価指数(CPI)で見たインフレ率は、2020年1月には前年比5.4%と2011年10月以来の高水準に達している(図表5)。金融緩和や財政拡大はインフレの上昇傾向に拍車をかけかねない。

図表5 中国におけるインフレ率(CPI)の推移
図表5 中国におけるインフレ率(CPI)の推移
(出所)中国国家統計局より筆者作成

そして、金利の引き下げなどの金融緩和は、米中貿易摩擦と新型肺炎の感染拡大を受けて、すでに弱含んでいる人民元レートの更なる下落、ひいては対米貿易摩擦の激化を招きかねない。

これらの制約の下で、景気対策が実施されたとしても、規模は限定的であろう。

懸念される海外からのブーメラン効果

中国から始まった新型肺炎は、その後、海外へと広がっている。これによる世界経済への影響が懸念される中で、2月下旬以降、主要市場において株価は急落している。予想される海外市場の低迷は、すでに米中貿易摩擦を受けて鮮明になっている中国における輸出の減速に拍車をかけるだろう。このような内外環境の悪化を受けて、中国経済は、大きな試練を迎えている。

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2020年3月12日掲載