中国経済新論:実事求是

「為替操作国」に認定された中国
― 注目される人民元の行方 ―

関志雄
経済産業研究所

2018年3月以降に米中の間で繰り広げられている貿易戦争は、紆余曲折を経て、2019年6月29日のG20大阪サミットに合わせて開催された米中首脳会談において、「休戦合意」が一旦成立した。しかし、8月1日にトランプ米大統領が新たに3,000億ドルに上る中国製品を対象に10%の追加関税を9月1日に実施すると発表したことを受けて、中国が米農産品の購入を一時停止するという対抗措置を取り、貿易戦争は再燃した。こうした中で、外為市場では、人民元の対ドルレートは8月5日に1ドル=7元の大台に乗り、2008年5月以来の安値となった。これに対して、米国が同日に中国を「為替操作国」と認定し、米中貿易戦争は為替戦争の様相を呈している。

米国の狙い

2019年8月5日に、米財務省は、『1988年包括通商競争力法』の第3004条に基づき、各国が国際収支の効果的な調整を阻んだり、国際貿易における不公平な競争上の優位を得たりすることを目的に、自国通貨とドルとの為替レートを操作しているかどうかを検討し、トランプ米大統領の後押しの下で、ムニューシン財務長官が中国を「為替操作国」として認定すると発表した(U.S. Treasury Department, "China Designated as a Currency Manipulator" Press Release, August 5, 2019、以下では「米財務省の声明」)。米財務省による「為替操作国」の認定は、1994年に中国が認定されて以来のことで、25年ぶりとなる。

「為替操作国」の認定は、一般的に年2回議会に提出する「為替政策報告書」で示されることになっており、今回のように、それ以外のタイミングで行われるのは異例といえる。もっとも、トランプ米大統領は、2016年の大統領選挙の際に、当選すれば中国を為替操作国に認定すると表明していた。今回の認定により、この約束が果たされたことになる。

米国が中国を「為替操作国」に認定することは、激化する米中貿易摩擦を巡る駆け引きの一環である。今回の貿易戦争における米国の最大の武器は、対中輸入に対して追加関税をかけることである。米国は、中国が人民元の切り下げを通じて追加関税による対米輸出への悪影響を相殺しないように、「為替操作国」の認定を使って、中国をけん制しようとしていると見られる。

また、米国はドル高による貿易収支と経常収支の赤字の更なる拡大を警戒しており、ドル安を望んでいる。そのため、人民元の対ドル下落を容認できない。2019年5月の「為替政策報告書」で指摘されているように、ドルの実質実効為替レートが2018年末には前年比4.5%上昇し、過去20年の平均値と比べても8%高くなっており、人民元の対ドル下落がその一因であると米当局は認識している(U.S. Department of the Treasury, Office of International Affairs, "Report to Congress, Macroeconomic and Foreign Exchange Policies of Major Trading Partners of the United States," May 2019)。トランプ米大統領も8月8日に投稿したツイッターで、連邦準備制度理事会(FRB)がほかの国と比べて高い金利水準を維持することがドル高を招き、その結果、米国企業が国際競争において、不利な立場に追い込まれていると主張し、FRBに対して利下げを通じたドル安誘導を求めた。

中国は本当に為替操作国に該当するか

米国における「為替操作国」認定の法的根拠は、「1988年包括通商競争力法」の第3004条と「2015年貿易円滑化及び権利行使に関する法律」の二つである。前者には、認定基準が明示されていないが、後者には、
①巨額の対米貿易黒字、
②大幅な経常収支黒字、
③外国為替市場での持続的かつ一方的な介入、
という三項目からなる認定基準が定められている。

米財務省は、2016年4月の「為替政策報告書」において、初めてこの三項目を、
①対米貿易黒字(財のみ、サービスを含まない)が200億ドル以上、
②経常収支黒字の対GDP比が3%以上、
③過去12ヶ月間の間に8ヶ月以上為替介入が実施され、介入総額がGDPの2%以上、
と定量化した。

そして、2019年5月の「為替政策報告書」において、②の経常収支黒字の対GDP比が、「3%以上」から「2%以上」に、③の「8ヶ月以上」は「6ヶ月以上」に修正された。

米財務省は、この三項目すべてに該当する国を「為替操作国」として認定する。また、三項目中の二項目に該当する国は、「監視リスト」に入り、監視を強化する対象となる。

しかし、中国は、この三項目の中で、①にしか該当せず、本来であれば、「為替操作国」はもとより、「監視リスト」への掲載対象ですらない。2019年5月の「為替政策報告書」で述べられているように、①については、2018年に、中国の対米貿易黒字は4,190億ドルで、200億ドルという基準を遙かに上回っているが、②については、2018年度の中国の経常収支黒字の対GDP比は0.4%と、2%という基準を下回っており、また、③については、2017年以降、中国の外貨準備高が安定していることから、当局が為替介入を控えていると見られる(図表1)。

図表1 人民元の対ドルレートと中国の外貨準備の推移
図表1 人民元の対ドルレートと中国の外貨準備の推移
(出所)CEICデータベース(原データは中国国家外為管理局および中国人民銀行)より筆者作成

それにもかかわらず、2019年5月の「為替政策報告書」では、中国は、日本、韓国、ドイツ、イタリア、アイルランド、シンガポール、マレーシアとベトナムとともに監視対象に指定されている(図表2)。中国が「監視リスト」入りする根拠は、2017年4月の「為替政策報告書」で新たに設けられた、「米国の貿易赤字に占める巨大かつ不相応のシェアを有する国であれば、上述の認定基準となる三項目の中の二項目に該当しなくても、監視の対象となる」という「4つ目の項目」である。これは明らかに、中国をターゲットとするものである。それでも、中国はその後の「為替政策報告書」において、「為替操作国」に認定されることはなかった。

図表2 「為替操作国」の認定基準
-「監視リスト」入りした対象国・地域の該当状況(2019年上半期)-
図表2 「為替操作国」の認定基準
(注)計数は直近の4四半期を対象とし、網掛け部分は基準を超えた項目を示す。
(出所)U.S. Department of the Treasury, Office of International Affairs, "Macroeconomic and Foreign Exchange Policies of Major Trading Partners of the United States," May, 2019より筆者作成

中国が為替操作国に認定された根拠

このように、「2015年貿易円滑化及び権利行使に関する法律」とその関連基準に従えば、中国は「為替操作国」に該当しない。そこで、米財務省は、今回の認定に当たり、明確な基準が定められておらず、財務長官の裁量の余地が大きい「1988年包括通商競争力法」の第3004条に法的根拠を求め、次の認定理由を挙げている(「米財務省の声明」)。

まず、中国はかねてより外為市場において、長期にわたる大規模な介入を通じて人民元を割安誘導してきた。中国は多額の外貨準備高を維持しながら、2019年8月の初めに、自国通貨切り下げの具体的な措置を講じた。こうした措置が取られた状況や、市場の安定性を巡る中国側の論拠が信頼性を欠くことを踏まえると、国際貿易において不公平な競争上の優位を得るのが中国の為替切り下げの目的である点が確認される。

また、中国当局は人民元の為替レートについて十分な支配力を有することを認めている。中国人民銀行は8月5日の声明で、「豊富な経験と政策手段を蓄積し、引き続き管理のための諸手段の革新・充実を進め、外為市場で生じる可能性のあるポジティブなフィードバック反応に対し必要かつ的を絞った措置を取る」と表明した(「人民元レートは完全に合理的な均衡水準での基本的安定を維持できる―中国人民銀行スポークスマンが人民元為替レート問題について記者の質問に答える」中国人民銀行ウェブサイト、2019年8月5日)。これは、為替操作の豊富な経験を積んで、今後も引き続き為替市場に介入する用意があることを中国人民銀行として公に認めるものだ。

このような行動様式は通貨の競争的な切り下げを回避するとしたG20における中国の公約に反するものでもある、という。

中国側の反論

米財務省が中国を「為替操作国」に認定したことに対し、中国人民銀行は声明を発表し、「このレッテルは米財務省自身が定めた『為替操作国』の量的基準にも該当せず、恣意的な一国主義と保護主義の振る舞いで国際ルールを著しく損ない、世界経済と金融に重大な影響を及ぼす」と深い遺憾の意を示した(「米財務省による中国の『為替操作国』認定に関する中国人民銀行の声明」、2019年8月6日)。中国人民銀行は、同声明において、さらに次のような主張を述べている。

まず、中国が実施しているのは、市場の需給に基づき、通貨バスケットを参考に調節を行う管理変動相場制である。人民元レートは需給を反映した市場メカニズムによって決められるもので、「為替操作」の問題は存在しない。今年8月に入ってから、人民元レートがやや下落しているが、それは世界経済情勢の変化と貿易摩擦の激化を背景に、市場の需給と外為市場の変動を反映し、市場の力によって決定されたものである。

また、中国人民銀行は、人民元レートを合理的かつバランスの取れた水準で安定を維持するよう取り組んできた。国際決済銀行のデータによると、2005年初めから2019年6月まで、人民元は名目実効ベースで38%、実質実効ベースで47%も上昇しており、G20の中で最も強い通貨であり、世界においても上昇幅が最も大きい通貨の一つである。国際通貨基金(IMF)は先ほど終了した対中4条協議において、人民元レートがほぼファンダメンタルズに合致すると認めている。1997年のアジア通貨危機、2008年の世界金融危機において、中国は人民元レートの安定維持を約束し、国際金融市場の安定と世界経済の回復に大きく寄与した。米国が2018年から貿易紛争をエスカレートさせているが、中国は通貨安競争を決して行わず、また為替レートを貿易摩擦を巡る駆け引きの手段として使っていないし、使うつもりもない。

さらに、米国側が事実を無視し、中国に為替操作国のレッテルを理由もなく貼り付けることは自他ともに害する行為であり、中国は断固反対する。これは国際金融秩序を破壊し、金融市場の動揺を引き起こすだけではなく、国際貿易及び世界経済の回復の大きな妨げになり、結局自らそのツケを払わなければならないだろう。米国のこの一国主義的行為は世界の為替問題に関する多国間のコンセンサスに反しており、国際金融システムの安定運営に深刻な悪影響を及ぼす。中国は米国に、ただちに過ちを正し、理性と客観という正しい軌道に戻るよう忠告する、という。

「為替操作国」認定の影響

今回の「為替操作国」認定の法的根拠となった「1988年包括通商競争力法」の第3004条には、当該国に対する具体的制裁策が示されていない。「米財務省の声明」においても、中国の「為替操作国」認定を受けた米国の対応として、
①ムニューシン財務長官は、国際通貨基金(IMF)と連携しながら、中国の直近の措置が作り出した不公平な競争上の優位を是正する、
②通貨の競争的切り下げを回避し、競争力向上を目指した為替操作をしないとしたG20での公約を中国が順守することに、財務省は重点を置いている、
③財務省は中国に対し、為替レートや外貨準備高の管理運用と目的について透明性を高めるよう、引き続き促す、
ことにとどまり、所期の効果を上げない場合の制裁策など、更なる対応については触れていない。

これに対して、「2015年貿易円滑化及び権利行使に関する法律」では、米財務省が「為替操作国」に認定された国と協議を行い、改善を促し、一年後に、もし当該国が適切な政策を効果的に行うことなく、通貨の過小評価と貿易黒字問題を解決していない場合、米大統領は、①海外民間投資公社(OPIC)に対し、当該国に対しいかなる融資(保険、再保険、担保も含む)も提供することを禁止する、②米連邦政府に対し、当該国からの商品やサービスの調達を一切禁止するよう指示する、といった措置を取ることができると定められている。

もっとも、中国がOPICの主要投資先でもなければ、米国政府の主要調達対象国でもないことを考えれば、これらの是正措置が発動されても、直接的影響は小さいと見られる。しかし、米国が「為替操作国」認定を通じて元安阻止の強い決意を示したことは、今後の中国の為替政策に一定の制約を加えることとなろう。

中国における為替政策の選択肢

人民元が市場と米国から反対方向の圧力を同時に受けている中で、中国当局は、為替政策の変更を迫られている。その際、次の三つが有力な選択肢となる。

①ドルペッグ制への回帰
中国は現行の「管理変動相場制」から、2005年7月までの事実上の対ドル固定相場制に戻り、当局が、為替安定への強いコミットメントを示すために、毎日、同じ人民元の対ドルの中間レートを発表する。実際、中国は2008年9月のリーマンショック頃から2010年2月にかけて、このような政策を取り、危機を乗り越えた。ドルペッグ制の下では、固定レートを維持するために、当局は日々為替市場に介入しなければならない。元安圧力が生じる場合、ドル売り・元買いという形の介入が必要となり、その結果、外貨準備は減ることになる。中国が3兆ドルに上る外貨準備を持っていることはドルペッグ制への回帰に有利な条件を与えている。

②人民元の切り下げ
人民元がドルに対して緩やかに低下することを容認する、または一回限りの比較的大幅な切り下げを実施する。これは、米国による追加関税の実施による中国製品の国際競争力の低下を相殺することには一定の効果がある。しかし、これに対する米国の反発が予想されるだけでなく、世界的切り下げ競争を招く恐れがある。

③「完全変動相場制」への移行
当局が原則として為替介入を行わず、為替レートの決定を市場における需給に委ねる「完全変動相場制」に移行する。その場合、為替レートが変動する代わりに、外貨準備が一定の水準に維持される。貨幣供給量が為替介入に伴うベースマネーの変動を受けなくなる分、金融政策の独立性は高くなる。しかし、市場の期待が極めて不安定になっている中で、完全変動相場制への移行に伴って、人民元は急落する恐れがある。

この中で、①のドルペッグへの回帰は、緊急避難的措置として最も現実的選択となるだろう。②の人民元の切り下げは、それに伴う不確実性が最も高い。③の完全変動相場制への移行は、目指すべき中長期の目標となる。

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2019年8月22日掲載