中国経済新論:実事求是

中国の台頭の世界経済への影響
― 回顧と展望 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー
野村資本市場研究所 シニアフェロー

中国は1978年末に改革開放に転換し、それを受けて翌年から2012年まで、年平均9.8%という高成長を遂げていた。人民元の切り上げも加わり、中国のGDP規模は2002年の1.5兆ドルから2012年には米国の5割強に当たる8.2兆ドルに上昇した。その結果、中国は2010年に日本を抜いて、米国に次ぐ世界第二位の経済大国となった。また、2001年以降、中国による世界経済成長率への寄与度はすでに米国を上回っており、2012年には全体(3.2%)の約3分の1に当たる1.1%に上る(図1)。このように、中国は、世界経済における存在感を増している。

図1 主要国・地域の世界経済成長への寄与度
図1 主要国・地域の世界経済成長への寄与度
(注)寄与度 = 経済成長率 × 世界GDPに占める割合(購買力平価ベース)
2012年中国の寄与度(1.1%) = (7.7%) × (14.1%)
2012年米国の寄与度(0.5%) = (2.8%) × (19.6%)
(出所)IMF, World Economic Outlook Database, October 2013より作成

中国の台頭は、主に貿易と直接投資を通じて世界経済に影響を与えている。それを分析する際、需要の拡大による「所得効果」だけでなく、繊維などの労働集約型製品、機械などの技術集約型製品、そして石油などの一次産品の間の相対価格の変化を通じて、グローバル規模の実質所得の移転と産業再編をもたらしているという「価格効果」にも注目すべきである。

「所得効果」:上昇する各国の中国への貿易依存度

2000年から2012年にかけて、中国の世界輸出に占める割合は、3.9%から11.1%へ、輸入に占める割合は、3.4%から9.8%へと大幅に上昇している。中国はすでに世界第一位の輸出国と米国に次ぐ世界第二位の輸入国となっており、日本との差が開いている。

これを背景に、ほとんどの国は、輸出と輸入の双方において中国への依存度が高まっている(図2)。特に、日本、韓国、台湾、マレーシア、ベトナムなど、多くのアジアの国・地域にとって、中国はすでに最大の貿易相手国となっている。今後、中国の経済成長率は低下しながらも、世界の平均を大きく上回ると予想されることから、各国の中国への依存度は上昇し続けるだろう。

図2 高まる各国の中国への貿易依存度
図2 高まる各国の中国への貿易依存度
(出所)United Nations Conference on Trade and Development, UNCTADSTATより作成

「価格効果」:明暗を分ける中国との競合・補完性

中国は、改革開放に転換してから、外資導入と農村部の余剰労働力の動員を通じて、労働集約型製品に特化し、輸出を伸ばしてきた。その結果、国際市場において、労働集約型製品の供給が増大する一方、技術集約型製品と一次産品に対する需要も増えた。この需給関係の変化は労働集約型製品の技術集約型製品ならびに一次産品に対する相対価格の低下、ひいては中国の交易条件(輸出の輸入に対する相対価格)の悪化と、中国を除く世界の交易条件の改善をもたらした。これに伴う実質所得の移転を通じて、他の国々も中国の経済発展に伴う利益を享受できた。

しかし、このような「価格効果」を受ける諸外国は、勝ち組と負け組に分かれることになる。中国と補完関係にある国(すなわち、中国とは逆に労働集約型製品を輸入し、技術集約型製品または一次産品を輸出する国)にとって、中国の交易条件の悪化は自国の交易条件の改善を意味する。その典型は、先進工業国や資源国である。これに対して、中国と競合関係にある国(すなわち、中国と同じように、労働集約型製品を輸出し、技術集約型製品または一次産品を輸入する国)では、中国と同じように交易条件がむしろ悪化する。その典型例は、ASEANをはじめとする新興工業国である。もっとも、先進工業国における交易条件の改善は一次産品価格の上昇によって、また資源国における交易条件の改善は技術集約型製品価格の上昇によって部分的に相殺される。

実際、2000年から2012年にかけての各国の交易条件を見ると、中国が28.2%低下しているのに対して、資源国であるロシアが148.9%、オーストラリアが84.8%、インドネシアが29.2%、ブラジルが28.9%と、大幅に上昇している(図3)。一方、労働集約型製品を輸出するバングラデシュ、フィリピンなどの交易条件は、大幅に低下している。米国やドイツ、イギリスなど、先進工業国の交易条件は対中では改善するが、対資源国では悪化することを反映して、おおむね横ばいで推移している。もっとも、日本の交易条件は対中では改善しているが、対資源国では大幅に悪化しているため、全体的にむしろ悪化している。

図3 各国の交易条件の推移
図3 各国の交易条件の推移
(出所)United Nations Conference on Trade and Development, UNCTADSTATより作成

しかし、ここに来て、この「価格効果」に微妙な変化が起こっている。中国では、生産年齢人口の低下と農村部における余剰労働力の枯渇を背景に、労働力不足が顕在化している。これを反映して、経済成長率が低下している上、比較優位は労働集約型製品から技術集約型製品にシフトしつつある。その結果、労働集約型製品の価格は、技術集約型製品と一次産品に対して上昇すると予想される。従来とは逆に、このような相対価格の変化は、労働集約型製品を輸出する新興工業国にとって有利である一方で、技術集約型製品を輸出する先進工業国と一次産品を輸出する資源国にとって不利である。

各国の産業構造への影響

中国の台頭に伴う相対価格、ひいては各国の交易条件の変化は、実質所得の国際間の移転をもたらすだけでなく、資源の配分を誘導することを通じて、各国の産業構造を変える要因にもなっている。

まず、先進工業国において、多くの労働集約型製品の生産が直接投資などを通じて中国に移された。それに代わる新しい産業が成長しなければ、産業の空洞化が起きてしまう。

一方、資源国においては、一次産品価格の高騰を受けて、輸出に占める一次産品の割合が高まる一方で、工業製品の割合は逆に低下する。実際、2000年から2012年にかけて、輸出に占める工業製品の割合は、オーストラリアが23.2%から12.2%へ、カナダが63.3%から46.2%へ、ブラジルが57.4%から33.8%へ、インドネシアが56.7%から35.6%へと低下している(図4)。これは、新たに天然資源を発見した国では、その輸出により貿易黒字が拡大し、自国の通貨が高騰する結果、製造業など、資源以外の分野が国際競争力を失うという「オランダ病」の兆候と類似している。

図4 一部の資源国における輸出に占める工業製品の割合の推移
図4 一部の資源国における輸出に占める工業製品の割合の推移
(出所)United Nations Conference on Trade and Development, UNCTADSTATより作成

しかし、中国の台頭が一部の国に「オランダ病」をもたらすという現象は、中国が労働力不足に対処するために、産業の高度化を図りながら、労働集約型産業を中心とする衰退産業を海外に移転し始めたことをきっかけに、転機を迎えている。戦後、アジア地域において、多くの産業が段階的に日本からNIEsへ、ASEANへ、中国へ移転されてきた。こうした現象は雁行形態と呼ばれているが、今回の中国発の国境を越えた産業再編も、それに沿ったものである。多くの資源国や新興工業国にとって、ポスト中国の投資先並びに輸出基地としてこの雁の列に加わることは、工業化を加速させ、「オランダ病」を克服する絶好のチャンスとなろう。

2013年11月6日掲載

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