中国経済新論:実事求是

三年ぶりの低成長
― 景気減速とともに潜在成長率の低下も反映 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

2012年第2四半期の中国の実質GDP成長率は7.6%と、2009年第1四半期(同6.6%)以来の低水準となった。しかし、3年前のリーマン・ショック後の景気後退期とは対照的に、現在、深刻な雇用問題は発生していない。これは、成長率の低下が需要の低迷という短期的要因だけでなく、供給側の変化に伴う潜在成長率の低下という中長期的要因も反映していることを示唆している。

景気減速の背景

2012年第2四半期の実質GDP成長率は第1四半期の8.1%をさらに下回り、7.6%となった。これは、ピークだった2010年第1四半期の12.1%を大幅に下回っているだけでなく、リーマン・ショック以降の平均値である9.2%にも遠く及ばない。成長率低下の短期的要因として、国内と海外の需要の低迷が挙げられる。

中でも、2010年以降相次いで打ち出された不動産バブル抑制策を受けて、住宅価格が低下傾向に転じており、不動産投資の伸びも去年の27.9%から大幅に鈍化し、今年の1-6月には16.6%となった。

また、世界経済の減速を受けて、中国の輸出の伸びが鈍化している。特に、債務危機が深刻化しているヨーロッパへの輸出は今年に入ってから前年の水準を下回っている(図1)。もっとも、リーマン・ショックを受けてすべての主要市場に対して輸出が大幅に下落した2009年前半の状況と比べると、今回の場合、ヨーロッパ以外への輸出が比較的堅調であることを反映して、影響はむしろ限定的であると言える。

図1 中国における地域別輸出の推移
図1 中国における地域別輸出の推移
(注)米ドルベース
(出所)CEICデータベースより作成

景気が冷え込む中で、インフレも沈静化してきている。CPIの上昇率(前年比)は昨年7月の6.5%をピークに今年の6月には2.2%まで低下している。インフレは、成長率の遅行指標であり、これまでの成長率の低下を反映して、当面下がり続けるだろう。

年後半にかけて予想される成長率の反転

インフレ率が経済成長率の遅行指標であることを考慮すれば、景気は、成長率とインフレ率がそれぞれの基準値と比べて高いか低いかによって、①「低成長・低インフレ」の「後退期」、②「高成長・低インフレ」の「回復期」、③「高成長・高インフレ」の「過熱期」、④「低成長・高インフレ」の「スタグフレーション期」という四つの局面に分けることができる(図2)。

図2 リーマン・ショック以降の中国における景気の諸局面
-GDP成長率とインフレ率の推移-

図2 リーマン・ショック以降の中国における景気の諸局面
(注)①は低成長・低インフレ、②は高成長・低インフレ、③は高成長・高インフレ、④は低成長・高インフレ。
(出所)CEICデータベースより作成

リーマン・ショック以降(2008年第4四半期~2012年2四半期)における成長率の平均値(9.2%)とインフレ率の平均値(2.8%)をそれぞれの基準値とすると、中国経済は、①「後退期」(2008年第4四半期~2009年第2四半期)、②「回復期」(2009年第3四半期~2010年第1四半期)、③「過熱期」(2010年第2四半期~2011年第2四半期)を経て、2011年第3四半期以降④「スタグフレーション期」に入った。2012年第2四半期の成長率7.6%、インフレ率2.9%をベースに判断すると、「スタグフレーション期」が続いているが、月次の数字で見た場合、6月のインフレ率(2.2%)がすでに基準値である2.8%を下回るようになったことを考えれば、中国経済は、実質上、すでに「低成長・低インフレ」の「後退期」に入ったと言えよう。

このような景気循環は、横軸を成長率、縦軸をインフレ率とする座標平面において、成長率が先行し、インフレ率がついてくることを反映して、反時計回りの円を描いており、この円は、リーマン・ショック以降、ちょうど一周回ったことになる(図3)。

図3 リーマン・ショック以降の中国のGDP成長率とインフレ率の循環的変動
図3 リーマン・ショック以降の中国のGDP成長率とインフレ率の循環的変動
(注)①は低成長・低インフレ、②は高成長・低インフレ、③は高成長・高インフレ、④は低成長・高インフレ。
景気は反時計回りで①→②→③→④→①という順で循環する。
(出所)CEICデータベースより作成

景気減速とインフレの沈静化を受けて、中国政府はマクロ経済政策のスタンスを引き締め基調から緩和基調に転換させた。まず、金融政策では、昨年12月以降、預金準備率が3回にわたって計1.5%ポイント引き下げられたのに続き、今年の6月と7月の二ヶ月連続で利下げが実施された。また、財政支出の伸び(前年比)は4月の8.0%から6月の17.7%に上昇しているように、財政政策も拡張的になってきた。これをきっかけに、成長率は第2四半期を底に年後半にかけて上向くだろう。しかし、第3四半期には、成長率がまだ基準値の9.2%には届かず、中国経済は、「低成長・低インフレ」の「後退期」にとどまり、「高成長・低インフレ」の「回復期」に入るのはその先になるだろう。

低成長にもかかわらず好調な雇用情勢

需要の低迷という短期的要因に加え、中長期の要因として潜在成長率の低下も成長率を押し下げていると思われる。その根拠として、リーマン・ショック後の状況とは対照的に、今回の景気減速の局面において、成長率が大幅に低下しているにもかかわらず、雇用問題が深刻化していないことが挙げられる。当時、一時的に労働に対する需要が大幅に落ち込み、都市部では、多くの出稼ぎ労働者が職を失い、田舎に帰らなければならなかった。これを反映して、都市部の求人倍率(日本の有効求人倍率に近い概念)やPMI(購買担当者指数)の雇用指数は、2008年第4四半期に大幅に落ち込んだ(図4)。これらの雇用関連指標は、その後、景気回復とともに急回復し、2010年以降景気が再び減速に転じてからも高い水準を維持してきた。

一般的に、GDP成長率が潜在成長率を大きく上回る(下回る)ほど、労働の需給関係が逼迫し(緩和され)、求人倍率とPMIの雇用指数も高くなる(低くなる)。潜在成長率が一定であれば、成長率の低下を受けて、労働の需給関係が緩和され、求人倍率とPMIの雇用指数も下がるはずであるが、現在、成長率が大幅に下がっているにもかかわらず、これらの指標が高水準を維持している。これは、(発展過程における完全雇用の達成を意味する)ルイス転換点の到来に伴う労働力の供給不足などに制約されて、中国の潜在成長率が従来の水準から大幅に低下していることを示唆している。そうだとすれば、今後、景気が回復に向かっても、従来のように成長率が二桁台になることはもはや期待できない。政府が高成長を維持するために無理して拡張的政策を採ろうとすると、インフレとバブルが再燃しかねない。

図4 成長率と乖離する雇用指標
図4 成長率と乖離する雇用指標
(注1)中国の都市部の求人倍率は、約100都市の公共就業サービス機構に登録されている求人数/求職者数によって計算される。
(注2)PMI(購買担当者指数)の雇用指数はPMIの中で雇用状況を反映する指数である。
(出所)中国国家統計局、人力資源・社会保障部「部分城市公共就業服務機構市場供求状況分析」各期版、中国物流購買連合会より作成

2012年7月30日掲載

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2012年7月30日掲載