中国経済新論:実事求是

エネルギー安保を再考

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

(『あらたにす』新聞案内人 2011年4月5日掲載)

これまで世界各国は、エネルギー安全保障のために、原子力発電や国内外での油田開発など、エネルギー供給を増やすことに力を入れてきた。しかし、福島原発危機と石油埋蔵量が豊富である中近東の政情不安をきっかけに、それに伴うリスクが露呈し、エネルギー戦略の全面的見直しを迫られている。ここでは、世界最大のエネルギー消費国となった中国の現状を踏まえて、エネルギー安全保障のあり方について考えてみる。

原発安全神話の崩壊

中国は、持続可能なエネルギー体系の建設や、環境保護・クリーンエネルギーの発展という点から、原子力発電に強い期待を寄せている。現在、中国で稼働している原発は13基で、発電設備容量は1,080万キロワットと全発電設備容量の1%程度にとどまっているが、2007年10月に発表された「原子力発電中長期開発計画」では、2020年の発電設備容量の目標は4,000万キロワットに設定され、2011年1月に開催された全国エネルギー工作会議において、8,600万キロワットに引き上げられた。それに向けて、第12次五ヵ年計画(2011年~2015年)では、4,000万キロワット分の原発設備建設に着工するという目標が定められている。

しかし、原発に伴うリスクは大きい。一旦、重大な事故が起きてしまうと、広範囲にわたって経済活動が滞るだけでなく、環境が汚染され、多くの国民の生命と健康も危険にさらされることになる。このような事態を回避し、万全を期すべく、今回の福島原発の事故を受けて、中国は、3月16日に温家宝首相が主宰する国務院常務会議において、新たな原発建設計画の承認を一時的に停止すると決定した(新華社、3月17日電)。また、第12次五ヵ年計画に盛り込まれた原子力発電に関する計画と引き上げられたばかりの中長期目標は見直される可能性が出てきた。さらに、原子力発電事業に関する方針は「積極的に発展させる」から「安全を最優先させる」に変更されている(新華社、3月18日電)。

リスクの高い海外でのエネルギー開発

エネルギー安全保障を強化するために、原発推進に加え、中国は直接投資などを通じて、海外で石油を中心とするエネルギー供給源の確保に力を入れてきた。このような投資の多くは、政情不安を抱える発展途上の国々で行われており、高いカントリーリスクに直面している。現に、今年の2月以来、内戦状態に陥っているリビアにおいて、中国石油天然ガス集団の一部の石油施設が襲撃を受け、駐在員を帰国させざるを得なくなった。戦闘が激化すれば、損失が更に拡大することが懸念されている。中国はグローバルに展開できる強大な軍事力を持っていないため、海外投資に伴う権益を守ることも、資源を確実に自国に持ち帰ることもできない。これを考えれば、中国にとって、石油などの分野における海外直接投資は、必ずしもエネルギー安全保障の強化にはつながらないのである。

確かに、台頭する大国が石油をはじめとするエネルギーなどの資源を確保するためには、戦争を通じて領土を拡大する以外に手段がなかった時代もあった。しかし、グローバル化が進んだ現代では、経済制裁や海岸封鎖の対象になるなど、国際社会から孤立することがなければ、資源を簡単に市場で調達できる。そうだとすれば、エネルギーの安定供給を保つためには、軍事力の強化よりも、諸外国と良好な関係を維持することがカギとなる。

節約こそ最大のエネルギー源

エネルギー不足を解消するために、供給を増やすことが困難であれば、需要を減らすしかない。それに向けて、中国の第12次五ヵ年計画では、2015年までに単位GDP当たりエネルギー消費量を16%削減することが目標として示されている。

政府だけでなく、石油大手の中国海洋石油総公司の傅成玉社長の次の指摘のように、企業も省エネの必要性を十分認識している。

「中国はエネルギーが不足しているのではない。不足しているのは従来型エネルギーを有効かつクリーンに利用する戦略と省エネを奨励する制度と政策である。中国ではエネルギーの利用効率は非常に低く、このことはエネルギー資源の浪費と深刻な環境汚染をもたらしてきた。中国の単位GDP当たりエネルギー消費量はアメリカの3倍、EUの4倍、日本の5倍になっている。こうした観点から見れば、中国はエネルギーが足りていないのではない。中国にとって、節約こそ最大のエネルギー源である。」(2011年3月19日に国務院発展研究センターが北京で主催した「中国発展高層論壇」での発言)。

これはまさに正論である。原発の安全神話が崩壊し、中近東情勢が混迷の度合いを増している今、「エネルギーの供給を増やすことよりもその需要を抑えることを優先すべきだ」という発想は、ますます重要になってきている。

2011年4月8日掲載

2011年4月8日掲載