中国経済新論:実事求是

「新興国効果」それとも「中国効果」

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

(『あらたにす』新聞案内人 2011年2月16日掲載)

日本の実質経済成長率は2009年にリーマン・ショックの影響でマイナス6.3%に落ち込んだが、2010年には3.9%に回復しており、企業収益も大幅に改善してきている。これをけん引しているのは、「新興国効果」と呼ばれるようになった、BRICs諸国(中国、インド、ブラジル、ロシア)をはじめとする新興国における旺盛な需要である(2月5日付日本経済新聞1面「上場企業 経常益24%増 10~12月本社集計 新興国・北米けん引 増益5期連続」、5日付読売新聞2面「上場企業 経常益84%増 4~12月 新興国向け輸出好調」)。中でも、「中国効果」が顕著である。

主役は中国

BRICs諸国は、世界経済における存在感が増しており、その主役となっているのは中国である。

2000年から2009年にかけて、世界GDPに占めるBRICsのシェアは8.0%から15.4%へと拡大している。これは、主に中国のシェアが大幅に拡大していることを反映している。2010年に中国のGDP規模はついに日本を抜いて米国に次ぐ世界第2位となったが、その一方で、他のBRICs3ヵ国のGDPは合計しても中国には及ばない。

BRICs諸国はGDP規模だけでなく、貿易規模も急拡大している。2000年から2009年にかけて、世界輸出と輸入に占めるBRICsのシェアはそれぞれ7.1%から14.6%へ、5.7%から12.5%へと拡大している。中でも、中国はすでに世界第1位の輸出国と第2位の輸入国となっており、その対外貿易額は、他のBRICs3ヵ国の合計の約倍に当たる。

BRICs諸国の躍進を背景に、日本とこれらの国々との経済関係も深まっている。2010年の日本の輸出入に占めるBRICsのシェアは24.4%に達しており、そのうち20.7%は中国によるものであり、日本にとって中国は最大の輸出先と輸入先となっている。これに対して、他のBRICs3カ国の日本の輸出入に占めるシェアは拡大しているとはいえ、その水準はまだ低い。

マスコミにおける「中国」と「新興国」の非対称的扱い

このように、日本経済の回復をけん引するエンジンとして注目されている「新興国効果」の大半は「中国効果」だと理解すべきである。しかし、日本のマスコミは、このようなとらえ方をしていないようである。たとえば、2010年8月1日付の日本経済新聞の1面トップ記事では「上場企業4~6月、新興国効果 経常益5倍 危機前の9割に」という見出しがつけられているが、その内容を読むと、もっぱらパナソニック、日産、コマツといった中国で好業績を上げている企業しか取り上げられていないにもかかわらず、「中国効果」ではなく、「新興国効果」という表現が使われている。

また、同新聞の2010年8月11日付の3面の記事においても、インドの国内外で特許を出願した件数が中国のわずか2%程度で、他の新興国の出願件数に至っては全く触れていないにもかかわらず、「研究開発 新興国が存在感 中印の特許出願急増」という見出しが付けられている。

良いニュースは「新興国」、悪いニュースは「中国」?

一般論として、日本のマスコミでは、不良債権問題や、環境問題など、中国に関するバッドニュースについては、大体そのまま「中国」と名指しで報道されるが、グッドニュースになると、他の国とまとめて「新興国」として報道されるケースが多いという傾向が見られる。

これを確認するために、ポジティブな意味の言葉として「好調」、「堅調」、「改善」、「けん引」を、ネガティブな意味の言葉として「懸念」、「減速」、「悪化」を選び、これらの言葉と中国または新興国との組み合わせがどれくらいあるのかを2010年1月から2011年1月の主要新聞(日経朝刊、毎日、朝日、読売、産経)の見出しを対象に検索してみた。その結果、「中国」(「中国地方」を除く)と前者(ポジティブな言葉)のいずれかという組み合わせは193件にとどまるのに対して、後者(ネガティブな言葉)のいずれかとの組み合わせはその1.54倍に当たる298件に上る。これに対して、「新興国」と前者(ポジティブな言葉)のいずれかとの組み合わせは73件に上り、後者(ネガティブな言葉)のいずれかとの組み合わせはその19.2%に当たる14件しかない。

日本のマスコミで、中国がこのような非対称的な扱いをされているのは、中国をビジネスチャンスというよりも、リスク要因または脅威としてとらえる世論が依然として強く、マスコミの報道は、このような「空気」を汲み取っているからであろう。実際、一部の日本企業は、リスク分散という観点から対外直接投資を中国から他の新興国にシフトしようとしている。その現れとして、2008年以降の日本のインド、ブラジル、ロシアの3ヵ国への年間直接投資の合計金額は対中を上回るようになった。

得策でない「中国離れ」

しかし、中国と比べて、インドや、ブラジル、ロシアといった国々は、日本と地理的に離れているだけでなく、文化的背景も異なるため、日本企業はこれらの国々に進出する際、より大きなハンディを負うことになる。その上、これからも中国市場が他の国々を上回るペースで拡大し続けると見込まれることから、「中国離れ」という戦略は必ずしも得策ではない。

2011年3月15日掲載

2011年3月15日掲載