中国は金融政策の独立性の向上と米国との通商摩擦の緩和を目指して、人民元改革に取り組んできた。その一環として、中国人民銀行(中央銀行)は2010年6月19日に、人民元レートの弾力性を一段と高めると表明し、週明けの21日に2008年9月のリーマン・ショック以来続いた事実上のドルペッグ制を終了し、人民元の切り上げを再開した(図1)。これにより、中国は、2005年7月に行われた「人民元改革」で導入され、約3年間にわたって実施された「管理変動相場制」に復帰した。それから3ヵ月経ち、その運営の実態が明らかになってきた。
BBC方式に基づいた「管理変動相場制」
2005年7月に実施された「管理変動相場制」について、中国人民銀行の貨幣政策委員会委員(当時)である余永定氏は、国際金融の教科書にも登場するBBC(変動幅[Band]、通貨バスケット[Basket]、クローリング[Crawling、ある方向性を持って為替レートを微調整していくこと])方式に当たると解説した(「人民元為替制度改革という歴史的決定」、『金融時報』、2005年7月23日)。毎日の変動幅は、当初、当局が発表する基準レートの±0.3%に制限されたが、その後、±0.5%に拡大された。また、通貨バスケットについては、構成通貨のウェイトが発表されていなかったが、人民元の主要通貨との連動性から判断して、ドルがウェイトの大半を占めていたと見られる。さらに、クローリングのスピードについては、政府が経済情勢に鑑みながら裁量的に決めていたが、管理変動相場制の導入からリーマン・ショックまでの3年間で、累計して21%(年率約6%)ほど人民元がドルに対して上昇した。
2010年6月に再開された人民元改革においても、BBC方式が受け継がれている。
まず、毎日の変動幅制限はこれまで通り基準レートの±0.5%と変わらないが、実際の変動幅は従来と比べて大きくなった(図2)。イントラディだけでなく、当局が毎日決める基準値の前日比の変動も大きくなってきている(図3)。人民元レートのボラティリティを示す基準値の前日比変化率の標準偏差は、2010年6月21日からの3ヵ月で0.12%に達しており、これは、実質上ドルペッグ下にあった2008年9 月からの約2年間はもとより、管理変動相場制が実施された2005年7月からの約3年間(0.09%)をも上回っている。
―切り上げ再開前後の比較―
―基準値の前日比変化率―
また、前回と比べ、人民元レートとドル以外の主要通貨、中でもユーロとの連動性が強まってきている(図4)。このことは、参考となる通貨バスケットに占めるドルの割合が相対的に低下する代わりに、ユーロをはじめとするドル以外の主要通貨のウェイトが上がっていることを反映していると見られる。
さらに、クローリングの部分に対応して、人民元の対ドルレート(基準レート)は上昇しているが、切り上げが再開してからの3ヵ月の間で1.9%と小幅にとどまっている。このことは、市場の需給を反映したものではなく、当局による市場介入の結果である。
依然として「変動」よりも「管理」に重点を置いた政策運営
人民元改革の目的は、国内では金融政策の独立性を向上させ、また対外的には米国との通商摩擦を緩和させることである。しかし、人民元レートは一定の変動が見られるようになったとはいえ、為替政策の運営に当たっては、依然として「変動」よりも「管理」に重点が置かれているため、期待された改革の効果はまだ現れていない。特に、今年11月の米国の中間選挙を前に、オバマ大統領やガイトナー財務長官、議会などが相次いで人民元レートの上昇が不十分であると不満を表明しており、米中間の通商摩擦は沈静化に向かうどころか、むしろエスカレートしている。
これらの問題を解決するために、当局はできるだけ介入を減らす形で「管理」を緩め、為替レートの決定を市場に委ねなければならない。しかし、このような気配はまだ現れておらず、当面、人民元の大幅な上昇も見込めない。
2010年9月29日掲載