中国経済新論:実事求是

ソフトランディングに向かう中国経済
― 安定成長に寄与するマクロ政策と構造変化 ―

関志雄
経済産業研究所 コンサルティングフェロー

中国経済は、世界的金融危機からV型回復を遂げたが、その一方でインフレが上昇し、不動産バブルが再燃した。高成長を持続していくために、短期的には景気の過熱を抑制し、長期的には経済構造を改善しなければならない。政府の適切な対応により、すでに、不動産価格が低下しはじめており、インフレも沈静化の兆しを見せている。また、サービス業や中西部、農村の発展が加速しており、中国経済に新たな活力をもたらしている。

景気回復で強まった過熱色

当初、景気回復はインフラを中心とする投資と、民間消費といった内需によって牽引されたが、今年に入ってから、輸出も持ち直してきている。2010年上半期のGDP成長率は11.1%(第1四半期には11.9%、第2四半期には10.3%)に達しており、需要項目別の寄与度に分解すると、資本形成(投資)が6.6%、消費が3.9%といずれも昨年の高水準に比べやや低下したものの、外需は大幅なマイナスからプラス0.6%に転じており、景気回復に貢献している(図1)。

図1 需要項目別のGDP成長率(実質)への寄与度の推移
図1 需要項目別のGDP成長率(実質)への寄与度の推移
(注)2010年は上半期のみ。資本形成には在庫の増加(在庫投資)が含まれている。
(出所)中国国家統計局『中国統計摘要』2009、中国国家統計局サイト、中国国家統計局記者発表(2010年7月15日)より作成

景気回復とともに、インフレ圧力が高まり、不動産価格も高騰した。2010年第2四半期のインフレ率は2.9%と、2008年第3四半期以来の高水準となった。インフレ率が経済成長率より3四半期ほど遅れて動くという従来のパターンから判断すると、2010第1四半期が今回の景気循環のピークだと見られることから、インフレのピークは第4四半期になるだろう(図2)。また、70の大中都市の住宅価格は、今年の2月以来、前年比二桁の上昇を示しており、不動産市場はバブルの様相を呈している。

図2 GDP成長率に遅行するインフレ率
図2 GDP成長率に遅行するインフレ率
(注)CPIの予測値は回帰分析に基づく次の推計結果による
 推計期間 1998年第1四半期(Q1)~2010年第2四半期(Q2)
(出所)中国国家統計局データに基づき作成・推計

安定成長のための政策調整

安定成長に向けて、当局は、金融引き締めや、不動産バブル対策、人民元の切り上げに乗り出している。

まず、金融政策については、リーマンショックの後に大幅に緩められた銀行融資に対する総量規制が2009年の春に再び厳しくなった。これを受けて、貸出の伸び(前年比)は2009年6月の34.4%をピークに鈍化しはじめ、今年に入ってから銀行を対象とする預金準備率が3回にわたって1.5ポイント引き上げられたことも加わり、6月には18.2%にとどまっている。金融当局の素早い対応を考慮すれば、インフレ率は、成長率との関係に基づいた上述の予想よりも早くピークアウトする可能性がある。

また、不動産市場のバブル対策として、今年の4月中旬に、住宅ローンへの制限を中心とする対策が打ち出された。これを受けて、成約件数が大幅に低下し、価格も下落し始めるなど、不動産市場は調整局面に入っている。

さらに、為替政策については、6月中旬に人民元が約2年ぶりに実質上の「ドルペッグ制」から「管理変動制」に戻り、その後、人民元の対ドルレートは上下を繰り返しながらも緩やかな上昇傾向を辿っている。今後の一年間で、人民元は年率5~6%程度ドルに対して上昇すると予想される。これにより、米国との貿易摩擦とともに、国内のインフレ圧力も幾分緩和されるだろう。

注目すべき三つの構造変化

中国における経済成長の持続性を考える際、マクロ政策の動向に加え、次のような構造変化も注目に値する。

まず、政府が目指している発展パターンの転換に沿った形で、産業の中心は、第二次産業(工業)から第三次産業(サービス)にシフトしている。2010年上半期のGDPに占める主要産業の割合は、第三次産業が前年同期より1.3ポイント上昇し42.6%に達している一方で、第二次産業が同0.4ポイント減り49.7%になっている。

また、中西部は東部を上回るペースで発展しており、地域格差が縮小しはじめている。2010年上半期の工業生産(付加価値ベース、一定の規模以上の企業のみを対象)の伸びは、中部が20.7%、西部が17.6%と、いずれも東部の16.7%を上回っている。固定資産投資の伸びも、中部が28.0%、西部が27.3%と、東部の22.4%を大幅に上回っている。2007年から始まった経済成長における「西高東低」という現象は、沿海地域から内陸部への産業移転が加速することを反映して、今後も続くと予想される。

さらに、これまで拡大し続けた都市部と農村部における所得と消費の格差も歯止めがかかっている。2010年の上半期の一人当たり所得(実質)の伸びは、農村住民が前年比9.5%に達し、都市住民の7.5%を上回っている。これを反映して、一人当たり消費支出(実質)の伸びも、農村住民が8.5%と、都市住民の7.2%を上回っている。

中国において、サービス業や中西部、農村部は、これまで他の部門・地域と比べて発展が遅れてきたが、その分だけ潜在的成長性が高く、今後、中国経済を牽引する新しいエンジンとして期待される。

2010年7月30日掲載

2010年7月30日掲載