2007年11月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比6.9%上昇し、11年ぶりの高水準となった。インフレの見通しを巡って、楽観論と警戒論が交錯しているが、当局は、後者の認識に傾きつつあり、金融引き締めのスタンスを強めている。
インフレが短期に収束すると見る楽観論
楽観派は、次の理由から、インフレが一時的な現象であり、今後加速することはないだろうと見ている。
まず、インフレの主因は食料品の価格の上昇にあり、それを除けば、インフレ率は低水準にとどまっている(図1)。食料品の価格は、天候などに左右されやすいため、変動が激しいが、持続的に上昇する可能性が低い。実際、先進国においては、金融政策の運営に当たり、消費者物価全体よりも、食料品とエネルギーを除いたコアインフレ率が重視されている。
第二に、人民元の切り上げのペースが加速しており、それによる輸入価格への抑制効果が期待される。中国では石油をはじめとする原材料の輸入依存度が高く、ドルで見た国際商品市況の上昇は、人民元の上昇によって、ある程度相殺できる。
第三に、景気循環の観点から、中国経済は過熱の状態から「ソフトランディング」に向かいつつある。中でも、世界経済の成長が減速しつつある中で、海外における中国製品への需要、ひいては中国の輸出が鈍化すると予想される。
最後に、一部の業種において、生産能力の過剰が顕在化しており、製品の供給が依然として需要を上回っている。賃金や原材料価格といった投入のコストが上昇しても、産出価格への転嫁が困難である。
インフレの加速を懸念する警戒論
これに対して、慎重派は、次の理由から、物価の上昇は食料品にとどまらずに、全面的インフレに発展するリスクを重く見ている。
まず、食料品価格の急騰は、天候要因よりも、主に中国経済の工業化と都市化が進展するにつれて、耕地が急速に減っていることを反映している。また国際市場では、石油価格が上昇している中で、代替エネルギーとしてトウモロコシからできるエタノールが注目され、そのための耕地の転用も、食糧価格の高騰につながっている。このような傾向は、中長期にわたって持続されると見られる。
第二に、インフレと賃金上昇の悪循環が懸念される。中国はまだエンゲル係数の高い発展途上国である。実際、CPIに占める食料品のウェイトは33.6%と、米国の13.9%、ユーロランドの19.6%と日本の24.5%を大きく上回っている。食料価格の上昇は、直ちに実質所得の低下を意味し、社会不安につながりかねない。これを防ぐために、名目賃金の上昇を容認せざるを得ないが、このことは、生産コストを押し上げることを通じて、インフレに拍車をかけることになる。
第三に、サプライチェーンの川上に当たる石油をはじめとする資源価格の上昇は、タイムラグを持ちながらも、川下の消費財に波及すると見られる。実際、生産者物価指数(PPI)で見ると、こうした傾向が顕著になってきた(図2)。それに加え、要素価格にコストを反映させる市場化改革の一環として、水や電気などの料金が段階的に引き上げられる予定である。
最後に、インフレは、常に貨幣的現象である。人民元の切り上げのペースを抑えるために行われている当局の外為市場への(ドル買い、人民元売り)介入は、マネーサプライの急増、ひいては強いインフレ圧力をもたらしている。当局が介入を止めない限り、言い換えれば、人民元の大幅な切り上げを意味する完全変動制に移行しない限り、このような状況は変わらないだろう。
「穏健」から「引き締め」に転じる金融政策
当初、当局は、インフレの見通しについて楽観的で、2007年の消費者物価の上昇の目標を3%以内と設定した(温家宝総理、「政府活動報告」、第10期全国人民代表大会第5回会議、2007年3月5日)。しかし、その後、インフレが加速し、長期化の傾向を見せるにつれて、中央銀行もインフレへの警戒を強めている。11月8日に発表された中央銀行の『第3四半期貨幣(金融)政策執行報告』において、(1)食料品価格の上昇は物価全般の上昇につながりかねない、(2)エネルギー価格の上昇圧力が解消されていない、(3)労働力の需給関係が逼迫化する中で、賃金コストの上昇はインフレに拍車をかけている、ことが強調されている。
これを受けて、2008年の経済政策の基本方針を定める中央経済工作会議(2007年12月3~5日)においても、「経済成長がかなり速い状態から過熱に転じることを防止し、物価が部分的な上昇から全面的なインフレに変化することを防止することを、当面のマクロ・コントロールの最重要課題」としている。そのために、「マクロ・コントロールにおける金融政策の重要な役割を更に発揮させ」、具体的には、「貸出の総量とテンポを厳格に抑制し、社会の総需要と国際収支均衡の改善を更に調節し、金融の安定・安全を維持する」として、金融政策のスタンスを従来の「穏健」から「引き締め」に転換させている。
2007年12月26日掲載